ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

時代祭りを歩く

去る10月22日(水)、京都三大祭のひとつである「時代祭り」が催された。
http://www.kyokanko.or.jp/3dai/jidai.html

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私の居住する北区・紫野地区は今年20年に一度廻ってくる当番地区に
あたり、地域の要請で私も行列に急遽参加する事になった。

時代祭りは明治維新から延暦時代へさかのぼって順次風俗、
文物の変遷を再現する20列、参加人数2000人に達し、長さは2キロに
及ぶ大行列。
我が紫野地区は第一社という、行列で最も古い年代である延暦年間
(782~805・桓武天皇の時代を担当する栄誉を授かった。
もちろん私は末列を汚す人数合わせの一人でしかなかったが、一応公卿
(くぎょう)という貴族の役。

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当日は生憎の雨だったが、私は「笠」を被っての行進なので殆ど濡れる
ことはなかった。「笠」の実用性に脱帽。

時代祭りの本番行列もそうだが、これを支える京都市の地域の
サポート体制は「さすが京都!」、と唸らせるものがある。
我が紫野地区だけで100名近くが参加したが、その為の準備作業が
数週間前から続き、前日の説明会、当日の参集・散会、そして翌日の
衣装のアイロンかけ、梱包まで全て地域の婦人会やPTAがこなす。
これに駆り出される女性達だけでも20名以上。
会場も地域の小学校の体育館を、都合3日間借り切る。つまり小学校
は体育館を3日間も使えないのだ。

20年に一度しか回ってこないイベントの為のマニュアルの伝承、地域
住民及び小学校の結束と理解は、さすが京都である。

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写真は上からカメラ目線の私。
近所の友人達と。華やか衣装の人が「三位」役。回りの二人は
「白丁(はくちょう)」という役。後ろの御神馬が首を垂れているのが見える。
家内の実家で義母に着付けをしてもらう私。義母は着付けのプロで、
おかげで半日以上拘束されていたが全く着崩れすることがなかった。
そして篠つく雨の中、行列の終点である平安神宮の内裏に到着した
ご神体。後方は東山。
そして翌日の衣装を整理する紫野小学校PTAと紫野婦人会、紫野
社会保険協議会の皆さん。

ひとつ時代祭りを司る平安講社に意見がある。
毎年数万人の観光客が集まるこの一大イベントにおいて、行進の
主要ポイントで時代背景や衣装、登場人物の説明がアナウンスで
流される。しかしこれが日本語しかない。
当日は雨にも拘らず、非常に多くの外国人観光客が熱心に見物を
してくれている。欧米系ばかりが目に付くが、アジア系を含めれば
1万人以上の人たちが海外から集まった筈だ。
彼らに対し、英語・中国語・韓国語・ロシア語等の簡単なアナウンスを
何故しないのだろう。
主催者には「ホスピタリティ」というものが無いのだろうか?

・・・実は私は行進を待つ間、多くの外国人観光客に時代祭りの由来を
英語で尋ねられた。
ところが私は時代祭りのなんたるかをさっぱり理解してなかったので、
「京都で1000年以上続く古い古い祭りである」とかいう全くのデタラメを
説明してしまったのである。

私の説明をまともに受けた外国人観光客の皆さん、ごめんなさい。
時代祭りは歴史がせいぜい110年ほどの新しいお祭りでした・・・。
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by Mikio_Motegi | 2008-10-25 22:18 | 京都・紀行