「叙情と闘争」辻井喬/堤清二
2008年 11月 12日
の筆者辻井喬は、いわずと知れた元セゾン・グループの代表堤清二の
ペンネームだ。
「叙情と-」は、彼の作品の通暁したテーマである自身の苦悩、つまり
表現者(詩人・作家)としての辻井喬と、プラグマティックなビジネスマンで
ある堤清二という、卓越した能力を持つ人物の相反した内面を投影する
ものだ。
それに偉大な父親の影響と複雑な心情、一族の人間関係という独特の
辟易する「堤ワールド」が展開される。
ところで私が計11年間関与したインターコンチネンタルホテルズは、
堤清二の最も関心を持つ事業だった。
プリンスホテルという日本の一大ホテルグループに君臨する不仲の義弟を
一気に見返す、いわば特命事項のような事業だったから、彼の関心も
並々ならないものがあった。
巨大な企業グループの一社員に過ぎない私だったが、インターコンチという
事業にいて英語が少し使えたこと、後年はインターコンチの
アジア・パシフィックの拠点シンガポールにいたことで、彼の人間性の一端に
触れることもあった。もちろん大迷惑を蒙ったこともある。
が、それは追々紹介しようと思う。
そんな彼の関心高いインターコンチだったが、親族に対する怨念が
モチベーションの源泉になる事業計画に、経済原則に基づく冷徹な企業家の
視点が入り込む余地はない。
彼が執念を燃やした「ホテル王」の夢はたった10年で雲散霧消してしまう。
「アイデアは良かったんだけど、実情と合わないんだよねー」・・・
どれもこんな陳腐な言葉が一番似合いそうな堤清二の事業だったが、
世界最高の価値があるホテルチェーンを我が物にするという欲望、
日本の消費社会の発展を見据え、新機軸の業態を次々と世に問うた
業績は讃えられて良いのではないだろうか。
今の日本で彼を越えるスケールを持つ実業家は、私は残念ながら
挙げられない。
おかしな話だが、セゾンを去っていった多くの友人達に聞くと、彼らは
殆ど同じく今も辻井喬/堤清二の熱心な読者であるという。
辟易する「堤ワールド」を批判しつつ、何故か本が出版されると買って
読んでしまうのだそうだ。
堤清二が現在受け取っている著作料のいくばくかは、解雇された
元社員の財布から拠出されていることを彼はどう思っているのだろう?
もしかしたらこれが、彼が企画し今も継続している唯一のマーケティング
事例だったりして・・・。
写真下はカンヌのカールトン・インターコンチネンタル。
カンヌ映画祭のメイン会場にもなっている、インターコンチを代表する
プロパティの一つ。