ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

比叡山延暦寺

先日京都に来た実家の母の希望を入れて、家族で比叡山延暦寺に
出かけた。
私は山頂付近にある「ロテル・ド・比叡」というオーベルジュには数回
足を運んだ経験があるが、延暦寺を参拝するのは初めてだ。

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京都生まれの家内は、子供の頃は祖母に連れられ正月に参拝するのが
年中行事だったという。

延暦寺は京都の北東(古来『鬼門』の方角とされてきた)に位置する
標高848メートルの比叡山一体を境内とする天台宗の総本山。
平安時代に「伝教大師」と呼ばれた最澄によって開山された・・・ここまでは
確か中学か高校の教科書に載っていた筈。

下界の市内では桜が満開だったが、つい2週間前の3月下旬まで夜間は
氷点下まで気温が下がったという比叡山。寒い。
参拝受付を過ぎると、中は非常に整備された道のりが続く。
本堂を経てお目当ての根本中堂(こんぽんちゅうどう)までは、80才を
過ぎた母の脚にも大した負担は無く辿り着ける。

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根本中堂は延暦寺発祥の地で、最澄が建立したもの。織田信長により
焼け落ちたが、後に徳川家光により再建され、現在は国宝に指定されている。
内部(内陣)は我々参拝者が入れる外陣より3メートル程低く、見下ろす構造。

内陣には3基の厨子が置かれ、中央には薬師如来立像が安置されている。
ちなみに我々の手の四番目の指を何故「薬指」と呼ぶかというと、薬師様が
薬を施す際に使用する指だからとか。

灯篭には最澄の時代から現在まで絶やすことなく灯り続ける「不滅の法灯」が
灯されている。この火は信長の焼き討ちで一時途絶えたとされていたが、
山形県の立石寺に分灯されてあることを発見し、それを移したので結局
絶えた事にはなっていない由。

内陣は薄暗く、法灯のかすかな明かりに照らされた部分しか見えない。
下界は春爛漫だというのに、ここでは吐く息が真っ白だ。
が、1200年以上絶えることなく灯される火に象徴される比叡山の僧侶達の
意思、「千日回峰(せんにちかいほう)」に代表される数々の難行、そして
時の権力と密接に関ってきた伝統を思うと、自然と襟元を正す姿勢になって
しまう自分に気付く。
何となればここは法然、親鸞、栄西、道元、日蓮といった仏教界の巨人が
修行した「日本仏教の母」とも称される大寺院なのだ。

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私も京都市内の寺院は随分訪れたが、ここほど「荘厳」「霊気」「神秘」といった
語句がピッタリの空間は無いと言える。
延べ数十万人の僧侶達が難行に耐え抜き、悟った何かがここには現存する。

かといって、敷居を狭めているわけではない。年寄りでも子供でも受け付ける
間口の広さも併せ持っている。
多分広大な墓地を所有し、’且つ各界から莫大なお布施が落ちるのだろう。
「観光寺院」のあざとさは微塵も感じられない。食堂、喫茶、お土産物屋の
店員さん達の応対も親切で嬉しい。
総合力で日本一、ニを争う寺院といえる。さすが比叡山延暦寺。

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写真は上からWikipediaの「比叡山」より拝借。
     根本中道の外観。
     JR東海「そうだ、京都、行こう」のキャンペーンにて撮影された
    根本中道の内陣。
     根本中道の渡り廊下。

     ↓ はおまけショット。五条辺りの高瀬川にかかる桜。花びらが散り、
     川の水面を彩っている。 

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by Mikio_Motegi | 2009-04-11 18:30 | 京都・紀行