ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

9.11は我が家の記念日

アメリカ政府は今年から9月11日を「愛国の日、奉仕と追悼の日」
"Patriot Day and National Day of Service and Remembrance”
として指定したという。

c0094556_22161891.jpg


この日は私たち家族にとっても特別な日である。
昨年8月のブログ「ニューヨークの旅 1 グランド・ゼロ」にも記したが、2001年
の同時多発テロがきっかけで、当時私たちが幸せに暮らしていたシンガポール
経済が急速に悪化。
その影響で私はホテル・インターコンチネンタル・シンガポールを解雇
されたのだ。

日系企業の駐在員ではない日本人である私が海外で解雇されるとどうなるか?
経験が無いとなかなかイメージが沸かないだろうが、まず在住ビザが
失効する。
インターコンチが私のビザのスポンサー=身分保証人だったので、
それを失うと国外退去を余儀なくされる。
私の場合、解雇を言い渡された後の在留猶予期間は1ヵ月と10日だった。

今までの生活のまま暮らせるベストの選択は、シンガポール内で
再就職することだが、そんなタイミング良く次の勤務先が狭いシンガポール
で見つかるわけが無い。
1ヶ月の間多くの友人・知人に励まされサポートを受け、必死の転職活動
の結果、なんとか隣国マレーシアのペナン島にあるシャングリ・ラ・リゾート
に職を得て移り住むことになった。

幸いシャングリ・ラではインターコンチ時代より好条件で迎えられたのだが、
家内や既に地元のカトリック系幼稚園に通っていた娘達には、いきなり
それまで交友関係を断ち切らせる結果になってしまい、迷惑をかけたと
思っている。

が、何処に行っても「住めば都」と直ぐに順応できる家族なので、実際
シリアスさは全く無かった。
実を言うと私はインターコンチ在籍中もキャリア・アップを計りニューヨークや
ドバイの名だたるホテルに友人やヘッドハンターを通してアプライしており、
それを知っている家内はいつでも移住できるよう、心の準備はできて
いたのである。

また家内の友人達もご主人が外国企業に勤めており、やはりヘッドハント
されて世界中を転戦して来た強者(つわもの)が多かったので、家内は私の
キャリア・アップ・プランに理解してくれていた。

c0094556_22165883.jpg


・・・ところで昨夜はテレビ朝日系列で放映された映画「ワールド・トレード・
センター」を家族で鑑賞。

放映後、家内がポツリと「9.11が無かったら、私たち家族は今頃何処で
暮らしていたんやろな・・・」と呟いた。

数秒間の間、答えを探そうと頭の中で様々な思い駆け巡ったが、結論が
出せない自分に驚き、そして自問した。
大きな事件は人生を狂わすきっかけになる、とは良く言われる。
が、人生は、その事件がなかったらそれまでの生活がいつまでも続いて
いた、と断定できるような単純なものではない。

9・11があろうと無かろうと、人生が狂おうと狂うまいと、今こうして私たちが
京都に暮らしているのは、運命の必然だったと考えるべきなのでは
ないのか、と考えるに至った。

c0094556_22173074.jpg


2800人の犠牲者を出し、今尚数万人が後遺症に悩む9.11アメリカ同時
多発テロ。
あの事件に間接的ながら翻弄された経験を持つ者として、この日が
来る度に幕末の詩僧・釈月性(しゃくげっしょう)の漢詩を思いだす。

「骨を埋むること何ぞ墳墓(ふんぼ)の地を期せん、人間(じんかん)到る処
青山有り」(骨を埋める場所などにこだわるな。世の中、骨を埋めるくらいの
土などどこにでもある)。

写真は上が http://jp.ibtimes.com
中、下は各種メディアより。
[PR]
by Mikio_Motegi | 2009-09-12 22:34 | ブレイク