ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

1979年、私の観た「生マラドーナ」

今から31年前の1979年の夏、日本各地で開催された
「ワールドユース世界大会」での大活躍で、ディエゴ・マラドーナは
世界にその名をとどろかせた。

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前年の1978年、母国アルゼンチンで開催されたワールドカップでも
「神童」と呼ばれ大いに期待されていたが、結局セサル・ルイス・メノッティ
監督はマラドーナを最終メンバーに選出しなかった。
なんとなれば「(代表に召集するには)若すぎるから」という理由からである。
時にマラドーナは17才。

実は私は決勝の「アルゼンチンVSソ連」を、国立競技場で観戦している。

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確かソ連にもタランというオールラウンダ―のセンター・フォワードがいたが、
マラドーナの存在は敵のエースや他を完全に圧倒していた。
何しろマラドーナはボールを持ったらまずドリブルを仕掛ける、それも必ず。
そして速く、重心が低い。切り裂くような猛スピードで一直線に相手陣内に
突進する。DFはファウルでしかそのドリブルを止められない。
マラドーナも自ら倒されて得たフリーキックを決めて見事な優勝を遂げ、
彼も大会のMVPに選ばれた。
チームメイトには後に横浜マリノスでプレーし、Jリーグ初年度の得点王
に輝いたラモン・ディアスがいた。

今回のアルゼンチン代表ではメッシが彼の後継者と目されていたが、
プレースタイルはむしろポルトガルのクリスティアーノ・ロナウドの方が
マラドーナに似ているように思えた。

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さて先日の準々決勝VSドイツ戦。ご存じのようにアルゼンチンは4-0で
完敗を喫した。
スコアほど実力差は無かったと思うが、これはアルゼンチンが得点を狙い
前掛かりに攻めた為に、カウンターを喰らった結果。
準々決勝でドイツと対戦したイングランドと同じ轍を踏んだのだ。
要するにマラドーナの監督としての采配が悪かった、という事。

しかし彼は充分にサッカーの楽しさを我々に伝え、魅了してくれた。
とにかく最後まで私たちを楽しませてくれた「マラドーナ劇場」は、幕を
閉じたのである。

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「サッカーというのは単純な競技さ。22人の男たちが、90分間ボールの後を
追いかけ回す。そして、最後にドイツ人が勝つのさ」・・・これはイングランドの
元エース、ギャリー・リネカーの言葉。
今大会は若いドイツの調子がウナギ昇りだ。リネカーの言葉通り、
このままドイツが優勝するのだろうか?
私としては決勝はスペインVSオランダという夢のカードの実現を期待したい。

 
写真は上2枚が私が実家でみつけたサッカーマガジンの表紙と
マラドーナの雄姿。
現在のマラドーナ。
アルゼンチンのサポーター。これは最近の写真だが、1978年W杯のテレビ
画像に映し出された彼女たちに出会う事を夢み、大学の第2外国語で
スペイン語を選択した数多くのおっちょこちょい学生がいたのは紛れもない
事実である。
なぜそう断言できるかというと・・・。













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by Mikio_Motegi | 2010-07-05 21:04 | サッカー、スポーツ