ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

小笠原諸島の世界遺産登録を祝う

東京都・小笠原村が、岩手県・平泉と共にユネスコより
世界遺産登録の勧告を受けた、というニュースが飛び込んできた。
私が小笠原に行ったのは1990年のゴールデン・ウィークを挟んだ
10日間、それもたった一度の事。
だからあまり大きなことは言えないが、それでも我が人生における最高の
休日として、今でも宝物のように記憶に鮮明に残っている。

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私はあれから、小笠原に出かけた経験のある人と出会った経験が無い。
何せ本土からの交通手段は船のみ、それも東京・芝浦桟橋から片道25時間
もかかるのである。
文字通り「秘境」と呼ぶにふさわしいロケーションと言えるだろう。

到着した日の夕方、民宿の目の前の小さな港を散歩していると、
大きな段ボール箱を潰したような赤茶けた物体が海に浮かんでいる。
「こんなきれいな海に段ボールなんか捨てやがって」と私が舌打ちし
視線をそらすと、いきなりその段ボールから「プファッ!」という音がした。
良く見るとそれは段ボールではなく大きな赤ウミガメで、呼吸をする為に
浮上したのだ。その「プファッ!」という音はその呼吸音。度肝を抜かれた。

その後防波堤で釣りをしている人を見かけたので、釣果を覗くと大きな
甲イカが何杯もバケツに入っている。
見ると防波堤の足下には甲イカの大群が押し寄せていて、彼らの吐き出す
水流やスミで水面が泡立っている。
私が「イカ釣りですか?」と聞くと、その釣り人は「いや、これは外道。
ヒラアジを狙っているんだよ」との答え。
見ると、イカの大群を狙って見た事もないような大きなヒラアジが数匹、
防波堤の下でものすごいスピードで泳ぎまくっていたものだ。

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私の旅行の目的は、毎日午前と午後の計2回、スクーバダイビング三昧で
過ごす事。
小笠原の海は流れがきつく、深度も深いし水温もあまり高くない。
だからダイビングの合間は疲れきってしまい、食事を摂るか仮眠をとるか
の毎日だった。

大自然の中で10日も過ごすと、普段は表に出てこない、人間が本来
持っている野生・感性のようなものが表れてくる。
風の音や方角、雨雲の匂い、潮流の強さや方角などが感じられ、読みとれる
ようになるから不思議だ。

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さてそんな小笠原だが、その頃私が勤務し今は特別清算(つまり潰れた)
セゾングループの(株)西洋環境開発が小笠原に航空路を開発しようと
積極的に推進した経緯がる。
諸島の北部、無人島で平坦な土地のある「兄島」に空港を建設し、
リゾート施設を開発、本土からの観光客を誘致しようと計画したのだ。

世はまさにバブル絶頂期で、日本中の景勝地が「リゾート開発」の美名
の下で侵食され、貴重な自然が次々と破壊されていた頃である。

滞在数日後、親しくなったダイビングショップの計らいでの我々をもてなす
バーベキューパーティーで、15、6名の参加者がお互いの自己紹介を
した際、私の勤務先を聞いて何人かが「え!?」と色めきたった。
皆一応にセゾン資本による小笠原の観光開発計画は知っていたし、賛成、
反対の意見が交差していた背景もあった。

ただ私の仕事はホテル・チェーンのオペレーション本部で、リゾート開発
とは直接関係なかった・
また上記のとおり毎日ダイビング三昧で、とても開発の為の調査に来た
人物とは思われなかったようだ。
夜は夜で忙しかったし・・・。

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それはともかく、バーベキューの席で様々の立場による、小笠原観光開発の
様々な意見を聞く事が出来た。
国内の大抵の田舎と違い、小笠原には本土からの移住者が多い。
だから過疎対策で観光事業を推進する必要がない。
もちろん本土からの移住者は手つかずの自然が好きで住みついたのだから、
観光開発など全く望んでいない。

おまけに太平洋戦争中は住民は全て本土に強制疎開させられており、戦禍で
亡くなった人は全て日本軍の兵隊及び関係者だった。
つまり戦争の心理的爪痕が沖縄のように深刻に残っておらず、従って本土に
対する特別な(屈折した)感情が無い。
つまりリゾート開発の機運が全く盛り上がっていなかった。

「これはよっぽどの事がないと、小笠原の開発は実現しないな」というのが
私の印象だった。

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あれから20年が過ぎたが、小笠原には未だに飛行場が無い。
バブル期の行き過ぎたリゾート開発への反省と、20年間ずっと不況だった
事が寄与し、小笠原の自然は健在だ。

いつの日か私はもう一度小笠原を訪れ、ダイビング三昧の日々を送りたい
という願望を持っている。
それまで、いや永遠に秘境・小笠原の姿のままでいて欲しいものだ。

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写真は上から 小笠原諸島 父島遠景 京都新聞メールマガジンより

アカウミガメ(イメージ)「omotehama network」
www.outdesigh.net/omotehama より

婿島(ケータ)のイソマグロ 「Kikuの海日記」
kikuya-m-uminikki.cocolog.nifty.com より

宇宙の他の惑星のような島、南島

夕焼け 小笠原島の風景写真
ogasawarajigger.blog.ocn.ne.jp より

西島沖のザトウクジラのホバリング 「ただ今、小笠原」
karioka.exblog.jp より
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by Mikio_Motegi | 2011-05-08 17:26 | 京都・紀行