ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

やすらい祭り-京都三大奇祭 

太秦(うずまさ)の牛祭り、鞍馬の火祭りと共に京都三大奇祭に一つに数え
られる紫野のやすらい祭りが今日執り行われた。
康保二年(965年)に当時京都で大流行した疫病を鎮める為、京都の北の
守りである玄武神社に勅命が下り始まったという歴史ある祭りだ。

祭りは毎年選ばれる数人のお稚児さんを先頭に、傘の下に入るとその年の
厄払いになるという直径約2メートル程の緋色の花笠、大鬼、間鼓(かんこ)
という囃(はやし)し方が列になり、三班に別れて紫野、鳳徳、柏野という
西陣地区の辻辻を練り歩く。
全工程約8キロを朝10時から夕方5時過ぎまで、途中「やすらい」という囃子
(はやし)言葉が入り、鉦や太鼓で賑やかな行列だ。

毎年この日、家内の実家は忙しい。家内の父親が数年前まで玄武神社の
氏子総代を務めていたこともあり、実家が「御旅所(おたびしょ)」として列の
休憩地になっているのだ。
家族が総出で茶菓やビール・日本酒をサービス、トイレも提供する。
設営と撤去に男手は欠かせないので、私の出番でもある。
我が義父ながら尊敬するのは、これらの茶菓やアルコール類を全てポケット・
マネーで賄っていることだ。神社からは御礼のお神酒が届くだけ。
京都という伝統文化を育む地の、町衆の心意気の表れだろう。

我が家の二人の娘達も昨年と3年前にお稚児さんを無事勤めた。
二人とも幼稚園の年長の時で、8キロの行程を文句も言わず歩き通した。

実はもっとも大変なのがお稚児さんの母親である。
基本的に母親は正装(=京都では着物のこと)で8キロを付き合うのだ。
そのPhysicalな疲れもさることながら、もっと大変なのは道中を見物する人々
の視線なのだそうだ。何せ日本文化の象徴・着物の一大生産地である西陣の
ど真ん中を着物姿で歩くのだ。着物や帯、草履や小物まで見物人の見立てを
一身に浴びなければならない。
実際おかしな着こなしをしているお母さんには西陣の見物人の冷ややかな
視線が浴びせられ、道中が通った後も「あの奥さんはどこどこの娘さんで、
着物は千綜(ちそう)さんのや」「あの奥さんの着物は龍村さんかいな。でも
着崩れしていて、台無しや」とか口々に品評をするらしい。
(千綜も龍村も京都の有名な呉服屋さん)。要するに気疲れするのである。
自然とお母さん達の着こなし、姿勢もしゃきっとし、行列が華やかなものになる。
ひいてはやすらい祭りの人気も高まる、というわけだ。

京都の町衆文化を支える心意気の源(みなもと)は、実は京都人の
「いけず(意地悪)」を意識してのものなのかもしれない。

写真は御旅所でのやすらい踊り。独特のリズム、節回しに合わせて4人の
小鬼(10歳から15歳くらいの男子)が踊る。これがカッコいいのである。
 

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by Mikio_Motegi | 2007-04-08 18:11 | 京都・紀行