暑い夏はジャカルタで
2007年 08月 24日
悲しいところ。猛暑である。
京都の炎天下を歩く度、何故かジャカルタのグロドック(Glodok)地区
を思い出す。
グロドックはジャカルタ北部の旧市街地あり、30-40年前の秋葉原の
ような雰囲気のある電気街だ。
なかなかこの街の雰囲気を的確に捉えた映像が見つからないのだが、
要するに街中が乾いていて埃っぽく、私の滞在していた1996-97年
は且つ好景気による喧騒に溢れていた。
私は競合ホテルで既に決定していた大型インセンティブグループを
我がホテルにひっくり返そうと、この街の中心にある日本のシャープの
現地法人「Sharp- Roxy」に通い詰めていた。
私が交渉をする幹部連は皆華僑(中国人)だ。毎日午後から始まる彼ら
とのタフな条件交渉を終えホテルに帰館する頃になると、
ジャカルタ市内の絶望的な帰宅ラッシュに巻き込まれる。
それを避けるためにグロドックの街中をウロウロして時間を潰すのだが、
この街の様相はジャカルタのどこよりも興味深かった。
ここは中国人が多く住むチャイナタウンなのだが、インドネシアでは
屋外にインドネシア語以外の表記(広告、サイン等)を表示することは
禁じられている。だから世界中の何処のチャイナタウンでも普遍的に
観られる漢字のサインがない。
しかし中身はやはり華人の街で、中華料理屋はどぎつい色の電飾看板を
灯し、餃子やシュウマイを食べさせる屋台、怪しげな漢方薬売りが
ひしめく中に、「ヘビ料理」や「カエル料理」の屋台が夕刻になると現れる。
そしてそれらの背後には常に車やオートバイの大渋滞の音。
のんびりよそ見をして歩いていると、背後から強烈なクラクションと運転手の
罵声が飛んでくる。
裏通りに逃げ込むと、揚げ物を売る屋台のココナッツ・オイルと、屋台が
捨てる酸っぱい生ゴミの匂いが混じった風が漂ってきて、嘔吐しそうになる。
高まった動悸を鎮めようと歩道に佇むと、今度は男娼が声をかけてくる。
真っ暗な夜道で、整った顔立ちの、しかし夜に吸い込まれるような漆黒の
肌の男娼に腕をつかまれる。背筋が凍るような瞬間だ。
左様にこの街を歩くと確かに気温は高いのだが、「暑い」などという感覚より
先に「怖い」、「気持ち悪い」、「でも面白い」という感覚が勝ってしまう。
急速に経済発展を遂げるジャカルタのパワーというか、「カオス」を実感できる
街だった。
私は半ば真面目にこういった夜のジャカルタを紹介しようと、日本の旅行会社
の企画担当者に「ジャカルタ納涼ツアー」を提案したが、ことごとく却下された。
かつて私が通いつめたグロドックだが、1998年の大暴動で町中が灰燼に
帰した。最近ようやく復興したようだが、昔の面影は残っているのだろうか。
上の写真はグロドック風景。