ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

実現できなかった事への猛烈な憧れ-グレン・グールド

カナダが生んだピアノの鬼才、グレン・グールド。
1932年トロント生まれ。1982年脳梗塞の為急逝。享年50才。

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「グールドさん、あなたの《ゴールドベルク変奏曲》のレコードは私の人生を
変えました」

これはディビット・ヤングの戯曲「グレン・グールド最後の旅」(1992年初演)
のなかで、ファンがグールドに呼びかけるシーン。
このセリフに共感を覚えるグールド・ファンは多いだろう。

グールドが1955年、22才の時にNYで録音したバッハの
「ゴールドベルク変奏曲」をもって、クラシック・ピアノ演奏史上最高傑作と
称える人は多い。
翌年発売されるや大変な話題を呼び、グールドはその天才的・独創的演奏
スタイルとアイドル的な容貌でたちまちクラシック界のスターになる。
欧米諸国で催された演奏会は常に超満員。
バーンスタインとはブラームスのピアノ協奏曲の解釈について対立し、
コンサート前に「私は彼の解釈に賛同しません。が、皆さんご安心を。
ミスター・グールドはちゃんとここにいます」とスピーチまでさせた事もあった。

ところが絶頂期の1964年、彼は突然一切のコンサート活動を止めてしまう。
様々な理由が取りざたされているが、彼の完璧主義が当時既に「帝王」
という名を欲しいままにしていたカラヤンに代表される「あざとさ」を求める
ファンの心理と相容れなかった、レコード録音の時間が欲しかった、
或いは単に飛行機が嫌いなだけだった等、喧伝された。

その後数々の意欲的な作品に挑み、作曲やラジオ・ドキュメンタリー作成にも
手を染めていたが、1981年、「ゴールドベルク変奏曲」に再挑戦する。
27年前は若さとほとばしる才能のまま、ドライブ感溢れる「ゴールドベルク」
を弾いたグールドだった。が49才になった彼の再録音は嘗てとは比べ物に
ならないほど精緻で崇高ささえ漂う力強いものである。

「・・・デジタル録音による新盤は賢者の深慮に基づく確固たる造型と技巧の
勝利であり、あらゆる音に奏者の意識が働いている、演奏の極地ともいえる」
(1982年 諸井誠 CDのライナー・ノーツより)
・・・ここまで褒められれば芸術家として嬉しくないわけはないだろうが、残念
なことにレコード発売の1ヵ月後に彼は急逝してしまう。

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今回のブログのタイトルの「実現できなかった事への猛烈な憧れ」とは、
音楽評論家の吉田秀和氏が、グールドが再録音に踏みきった際の心境
について語ったものだ。
私はこの言葉を聞き、自分には「実現できなかった事への猛烈な憧れ」を
原点とした行動があるのか、考えてしまった。
自分の今までの行動を省みると、失敗したり何かを無し得なかったりした事へ
の執念のようなもの、が随分と希薄になってきているような気がする。

グールドがそれを実現し、そして直後に急逝したのが彼が50才の時。
私も彼の年齢に刻々と近づいているのに。

明日6月8日は私たち家族が8年過ごした外国から帰国した記念日である。
早いもので帰国してもう丸5年になるが、天才グレン・グールドに少しでも
あやかりたくて、今回はこんな事をつらつらと書いた。

追記: 先日友人のオフィスにある大変高価なオーディオセットで聞いた
「ゴールドベルク」は、演奏の際のグールドの「鼻歌」や「ハミング」がクリアに
聞き取れる。我が家のミニコンポでは望むべくも無いので、ちょっと悔しい。
もっともピアノの音よりグールドの鼻歌の方が気になってしまい、音に
集中できないという負け惜しみも、少しだが成り立つ。
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by Mikio_Motegi | 2008-06-06 22:26 | ブレイク