ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

カテゴリ:京都・紀行( 86 )

若者よ、旅に出よう

若い世代の「旅行離れ」が進んでいるようだ。リクルートの調査では
2009年度に国内で宿泊旅行をした20-34才の男女は前年比7.3%減の
述べ3750万人。6年連続で下落し、2004年と比べると17%以上
落ち込んでいるという。

また海外旅行も、2007年度の25-29才男女の海外出国率は21.6%と
2000年に比べ4.1ポイント減、なのだそうだ。

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せっかく政府が観光事業をこれからの成長産業として強力にサポート
しているのに、シルバー世代やインバウンドばかりに頼っていたのでは
情けない。
国内マーケットの成長には、若い世代がもっと積極的に旅行に行く事が
欠かせないのは言うまでもない。

若い世代が旅行に行かなくなった理由として、「携帯やインターネット
にお金がかかる」「長引く不況で子供の頃に家族旅行に行った楽しい
思い出が無く、旅行に興味が湧かない」等が挙げられる。
これは「車離れ」にも共通する理由だが、彼らは総じて行動半径が
狭くなって来たのだろうか。

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その後の大ブームが来る直前の、今から30年前の大学生の時に習得した
スクーバダイビングに熱中し、私は20代の夏休みは殆ど沖縄か小笠原に
出かけていた。
東京のホテルに勤務していたのにもかかわらず、沖縄で泊まる所は
常に民宿。
スクーバに出るにはその方が便利で安く、且つ食事がホテルとは
比べ物にならないくらい新鮮で美味しいから、という理由からだ。

また色々な人々との触れ合いも刺戟的だった。
民宿の御主人に太平洋線戦争の沖縄上陸戦の話を聞いたり、東京から
ハーレーダビッドソンに乗って久米島まで辿り着き、地元の
ダイビングショップで居候(いそうろう)兼手伝いをしている粋人の
武勇伝を聞いたり、ひと夏の経験を経て
「夏に燃えた恋は、秋が来ると飽きが来る」というダジャレ格言を
噛みしめたり、いい人生経験をしたと思っている。

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また危険な目にも数多く遭遇した。
三宅島でのボートダイビングでは、海中から浮上し船に乗り込む際に、
急な気圧の変化で発生した大波に持ち上げられた船体に押し潰され
そうになった事があった。
持ち上げられた船体がすぐ真下に入ってしまった私めがけて落ちてくる
寸前、偶然にも次の大波が打ち寄せた為に船体がバランスを保ち、
その瞬間に私は海中に潜り込み事なきを得たのだ。
あの第2の波が来なかったら、私の頭がい骨は30トンの船体に打ち砕かれ
海の藻屑になっていただろう。

沖縄の伊江島ではカツオの群れに遭遇する僥倖にも恵まれたドリフト・
ダイビングのさ中、すぐ脇を流れていたジェット・ストリームに
私だけ巻き込まれ、深度45メートルまで一気に持って行かれた事もあった。
どうあがいても流れには逆らえない事は分かっていたので、その深度で
ものは試しに手にはめていたグローブを外してみると、水圧で
私の手の筋肉は押しつぶされ、骨が浮き出て皮を突き破りそうに
なっていたのを、案外と冷静に観察していたが(この症状は深度が
浅くなれば元に戻る)。

むしろ大変だったのは浮上の時で、減圧症を避けるため、あの時ほど
時計と残圧計を真剣に見やった経験は無い。

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スクーバに限らない。全てのアウトドア・アクティビティに通じる
危険と隣り合わせの魅力、バーチャルな世界では絶対に体現できない
あの自然の圧倒的な存在感を、若い世代にはもっともっと味わってほしい。

こういう経験が人生をより豊かにし、活力源になるのだと思う。
また私たち年長者は、アウトドアの楽しみを何度でも、口を酸っぱくして
若い世代に伝え、体験できるようサポートしなければならないだろう。

リクルート調査の数値は本年9月21日の読売朝刊より。
写真は全てイメージ。一番上は flight 2005 より拝借。
2番目は沖縄・離島の民宿。

3番目は小笠原諸島南島。国内はもちろん、世界にも稀な位相の島だ。
この浜にたどり着くには、沖合に停泊した船から岩の割れ目を泳いで
渡るしかない。
ちなみにこの浅い海の底には「ドチザメ」がうようよといる。

4番目は沖縄・本部沖の伊江島。島の3分の1が米軍基地で、垂直離発着機
「ハリアー」の発着訓練に使用されており、この空港の周囲の海には
訓練が休みになる週末しか潜れない。
よって海が荒れておらず、カツオの大群にも遭遇できたのである。
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by Mikio_Motegi | 2010-10-09 21:14 | 京都・紀行
イージス艦の“AEGIS"とは、ギリシャ神話に出てくる最高神ゼウスが、
愛する娘アテナイへ与えたる盾(たて)の名称が語源だ。
AEGISはあらゆる邪悪な敵を退けるという。

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まさに日本を他国からの侵略から守る盾の役をしてくれるイージス艦
「あたご」の艦内を見学する機会が訪れた。
京都商工会議所観光部会の日帰りツアーでの事である。

日本海に面する京都府舞鶴市には海上自衛隊舞鶴地方隊があり、「あたご」
と「みょうこう」の2艘のイージス型駆逐艦の他、5艘の通常型駆逐艦、
2艘のミサイル搭載艦、その他護衛艦、補給艦、掃海艇等16艘の艦艇が
配備されている。
地政学上、日本海を挟んで対峙する中国や北朝鮮等の脅威に対しての
防衛を意図しているのは明白だ。

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日本国海軍舞鶴鎮守府としての歴史は1901年にさかのぼり、初代司令長官
は、後に日露戦争でバルチック艦隊を撃破したあの東郷平八郎元帥である。

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イージス・システムはアメリカが開発した、レーダーを使ったセンサー、
CPUを使った情報処理システム、ミサイルや魚雷を使った攻撃システムを
有する。
このシステムは敵からの数々の脅威(ミサイル、爆撃機、潜水艦、戦闘機等)
に対し128の攻撃を同時捕捉し、脅威のプライオリティを即座にはじき出し、
10ヶ所以上を同時に迎撃対応する事ができる

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そのような大変高度なシステムゆえ、アメリカ以外に輸出、ライセンス生産
が許されているのはアメリカと強固な関係にある同盟国だけだ。
日本は計6艘を有しアメリカ以外の諸外国では最大、他にスペインと
ノルウェー、韓国が4艘を保有、オーストラリアと台湾、ギリシャが
現在建造中だ。

「あたご」をはじめとする舞鶴地方隊は、尖閣諸島の明白な領海侵犯等、
相変わらず強引な中国をけん制する重要な役目を担っている。

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「あたご」後部甲板より、ミサイル搭載艦「はやぶさ」をバックに。
日章旗がはためき、プチ国粋主義者になった気分。

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「あたご」の管制塔。左右のダイヤモンド型の覆いの中にイージス・
システムが設置されている。

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VLS/Vertical Lunching System。MK41ミサイル垂直発射装置。
3枚上の写真はアメリカでの発射演習。

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管制塔内部。

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精悍な水雷長と。

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まだ若い運行士官と。

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艦内を案内してくれた士官たち。日本国海軍の伝統を受け継ぎ、
皆スマートだ。

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対潜水艦魚雷。

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対潜水艦魚雷の発射演習。

「戦争反対」「世界を平和に」を旗頭にし、現実に起きている外国からの
脅威に目をそむけ、こうした防衛の最前線を知らないで日本の軍備に
反対している人々に言いたい。

日本が他国に攻められたら、あなたはどうするのか?と。
彼らが盾になっているからこそ、日本の平和は保たれている。

私の世代の男子なら、子供の頃に軍隊や戦争への憧れを抱いた経験の
ある者は多い。
1960年代には戦記物のマンガ「紫電改のタカ」「あかつき戦闘隊」
「ゼロ戦はやと」やアニメ・ドキュメンタリー「決断」を毎週楽しみ
にしていたものだ。
昔を思い出し、興奮して写真を撮りまくってしまった。

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最後のショットは、午前中に訪れた日本三景のひとつ、おなじみの
「天橋立」。
この平和な光景がいつまでも続きますようにと願う気持ちは、
誰も同じ。
だが他国からの無理難題の言いがかりに対し、
唯々諾々(ゆいゆいだくだく)と従っていたのでは、平和は得られない。

ところで「あたご」は2年前に海難事故を起こしている。「その件については
『武士の情け』、なるべく触れないであげてください」とは、我々を案内
してくれた陸上自衛隊広報官の言葉。
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by Mikio_Motegi | 2010-09-24 23:16 | 京都・紀行

シ・ミ・ツの京都

5月に私が半ば思いつきで提案し、以来あーでもないこーでもないと
頭を捻って立てた企画がやっと実現した。

去る8月21日(土)に京都ブライトンホテルで開催された、
ACCJ(在日米国商工会議所)関西支部夏の納涼企画
"Kyoto Summer Outing by ACCJ Kansai"である。

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5月にメンバーになったばかりで、初めてACCJの公式イベントの
会場となる京都ブライトンホテルの絶大なるサポートのおかげで、
魅力的なコンテンツに仕上げる事ができた。

今回の特徴は祇園界隈のオプショナルツアーと、京都ブライトンでの
パーティの二部制になっている点。
メンバーであるアメリカ人建築家のEdwinの発案で、ただの飲み会では
面白くない、折角なら関西に住んでいても京都を良く知らない外国人
メンバーの為に、京都らしい寺社や街並みを探訪するツアー企画し
パーティーと組み合わせることにした。

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猛暑の中、10名が集まって祇園界隈を散策、バイリンガルのガイドさんの
説明に聞き入った。

パーティーのハイライトは、ブライトンがネットワークを駆使して
京都五花街(ごかがい)の一つ、宮川町の杉きみさんに特別にお願いし、
アレンジした現役バリバリの芸妓・舞妓による本格的な京踊り。
これが受けた。当日はアメリカの駐大阪総領事代理のご一家も
見えたが、大変なご満悦。
ACCJ関西の代表であるJiriも興奮気味で、「素晴らしいパーティーだ。
是非この企画を定例化しよう」などとLip Serviceでも私を誉めてくれた。

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立食ビュッフェスタイルの食事は、「さすがブライトン!」と唸りたくなる
ような逸品の数々。
サフランライスの握り鮨、魚介類のカクテル、京都地野菜のサラダ、
子羊のロースト、牛肉のパイ包み、ハモンセラーノ(生ハム)、
どれをとっても一級品だった。

お楽しみの抽せん会では、ブライトンの宿泊券の他、宮川町の
特性「団扇(うちわ)」が10名に当たる大盤振る舞い。
また大阪・北浜のブライトンホテルの宿泊券も提供された。

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ACCJ関西の京都でのイベントは、私が記憶する限り2004年の
グランヴィア京都で行われた京都商工会議所との合同パーティー
以来6年振りだ。よって期待度も高く失敗は絶対に許されない。
ACCJ関西事務局も力を入れてくれて、大いに盛り上がった。
手前みそだが親密で温かく、そして教養溢れる企画だったと言えよう。

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写真は1枚目が宮川町の芸妓「小桃(こもも)」さんと、
舞妓「千賀幸(ちかゆき)」さんの踊り。
2枚目はイメージ 京花の一期一会 http://himawari6.blog14.f2.com

3-5枚目がパーティー会場光景。
4枚目の司会はスイスホテル南海大阪のRaymond。
商品を手渡すのが宮川町「杉きみ」の女将、杉本幸子さん。
彼女のトークも機智に溢れて抜群だった。
左がブライトンのチーフ・コンシェルジュ、小山明美嬢。
日本に15人しかいないル・クレドールの正会員だ。彼女の献身と
政治力(?)無しに今回の企画は成立しなかった。
5枚目は団扇をもらってご満悦のフィンランドからの留学生Maarit。
きっと良い思い出になったことだろう。
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by Mikio_Motegi | 2010-08-27 00:12 | 京都・紀行
「フォレスト・アドベンチャー」という施設をご存じだろうか?
元々はフランスで開発された、木登りをもっとソフィストケイトし、
フィールドアスレチックをもっと高度にした森林冒険体験型の
アクティビティ施設だ。
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箱根を後にして軽井沢に向かった私たちは、今回泊まった「軽井沢倶楽部
ホテル1130」の碇井君に勧められ、そこから車で約15分の
「フォレスト・アドベンチャーあさま」にてこのアクティビティに
挑戦して来た。

参加者はまず「プラットフォーム」と名付けられた樹木の踊り場に
縄梯子で登る。そして隣の木に設けられた次のプラットフォームまで、
様々な方法で渡って行く。
その方法とは足場がただのワイヤーロープ一本だったり、不安定な金属の
輪だったり、ゆらゆら揺れる幾つかの木片だったり。

そしていくつかのプラットフォームを渡ると、最後は「ジップライド」
というターザンロープで一気に滑り降りる。
そのターザンロープは木々の間を縫い、本物の谷や川を渡るという、
高さ12メートルのプラットフォームから100メートル以上滑空する
コースもある。
最高速度は時速30キロ。自転車よりも早く、満点のスリルと爽快感を
味わえる。これを繰り返して、様々なランクのコースに挑戦するのだ。

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もちろんコース設計も安全規格もフランス本国の基準をクリアしたもので、
危険は少ない。参加者はハーネスを身につけ、カラピナで身体の安全を
確保しロープと結ぶので、マニュアル通りにしていれば落下することは
無い。
また事前にスタッフによる簡単な講習があり、それをクリアすれば
まず安全は確保される。
2006年に開設以来、日本での事故例は皆無だそうだ。

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とはいって地上10メートル以上の木にのぼり、安全ロープ一本に頼り
伝い渡る、その怖さと言ったら。
全コースを制覇するのにたっぷり2時間以上かかる、本格的な
アクティビティだ。
日本全国では北軽井沢の他、小田原、奈良等6か所に展開しているが、
ヨーロッパでは2000か所以上開設されている人気の施設だ。

ちなみにこのアクティビティを日本に導入したのは、有限会社
パシフィック・ネットワークの金丸一郎社長。
彼は元西洋環境開発のリゾートレジャー事業部の社員で、同社の
ホテル事業部の社員だった私とは何度か会議で一緒になった経験もあり、
先の軽井沢倶楽部の碇井君をはじめ、今でも共通の友人は多い。

当時から独特のを感性とネットワークを持つ男だった。
セゾングループの中核企業だった西洋環境開発が特別清算された後、
彼は単身フランスに渡りフォレスト・アドベンチャーに出会い、
開発会社であるアルス社と日本でのライセンス契約を結んで起業した
というアドベンチャー野郎だ。

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このアクティビティの素晴らしい点は、一緒に挑戦する仲間との
一体感を確かめられる事。挑戦し克服する行為の素晴らしさを
体感できる事。

不安定で、且つ逆戻りできない危険な高所で身の安全を確保し、前に進む。
危険な状態におかれると人は気を引き締める。日常にはありえない
緊張感。
困難な状況に際し、一緒に克服するという一体感を感じることができる
という点では、家族だけでなくカップルにも向いているアクティビティ
と言えよう。お互いの人生観の一端を確かめ合う事ができるからだ。

もう一つ、日本全国には放置された森林が多いが、フォレスト・
アドベンチャーは森林再生にも一役買っている。

閑話休題、箱根と軽井沢で途中4泊も寄り道したが、今年のお盆休暇の
最大の目的は、私が幼い頃からずうっと世話になり、後に結婚式の
仲人も務めてくれ、今年4月に亡くなった故板橋秀二の初盆を
栃木県足利市にて迎える為の物だった。
彼は私の義理の従兄にあたり、北関東一帯に展開する専門商社
「(株)板通」の前社長でもある。

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彼の自宅にて我が家の家族が初盆の焼香に行った際、彼が生前支援して
きた自民党の衆議院議員、元金融大臣の茂木敏充(もてぎ・としみつ)
氏と出くわした。

テレビのニュースや時事番組でもおなじみの茂木議員に直接会って、
有名人好きの我が家の娘たちは大喜び。
議員も気さくに娘たちに話しかけ、握手までしてくれた。
議員が東大-ハーバート大卒、マッキンゼーに勤務した秀才であり、
次代の日本の総理大臣になる人だという事を知ると、感極まった娘たちは
議員のように頭が良くなるようにと握手された手のひらを自分たちの頭に
こすりつけ、周囲の笑い(失笑)を買っていたのである。

彼は保守党の議員でありながら金融改革、行財政改革、外務省改革に
積極的に取り組むまさしく「アドベンチャー」。
今後の活躍を期待したい。

という事で、我が家にとってアドベンチャー尽くしの休暇だった、
とこの項を無理やりまとめる私をお許し頂きたい。

写真の上3枚は「そとっこ」のHPより。
4枚目、5枚目はアクティビティに挑戦する私。地上10メートルの
高さ、マジで怖かった。
6枚目は茂木議員。ちなみにおなじ茂木(もてぎ)でも残念ながら
血縁関係は無い。
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by Mikio_Motegi | 2010-08-22 10:49 | 京都・紀行
「戦争」とはこの平和なブログに相応しくないタイトルだが、今回私が
訪れた箱根では、かつて2つの巨大企業が戦争と呼ばれるほどの熾烈な
陣取り合戦を繰り広げた歴史がある。
「箱根山サルカニ合戦」と呼ばれる、箱根をめぐる一大陣取り合戦である。

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その企業とは西武と東急。1950年代の事だ。
西武の堤康二郎、東急の五島慶太。共に「ピストルの康」「強盗慶太」
と世間からあだ名を付けられるほどの強引な商法でのし上がった、当時の
新興財閥の旗手だ。
彼らには日本の鉄道、観光、不動産事業の覇権を目指ししのぎを削った
長年の抗争の歴史があった。

五島は倒産寸前のぼろ会社である「武蔵鉄道」を再建し、東急グループ
として育て上げ、以後小田急電鉄、京王電鉄、京浜急行と次々を私鉄を
乗っ取って支配権を拡大していった。

一方堤は、鉄道より土地に早く手をつけていた慧眼(けいがん)の
持ち主で、すでの箱根の芦ノ湖・駒ケ岳・早雲山などの主要観光地を
買い占めており、私財を投じて早雲山-小涌谷-芦ノ湖、及び
熱海-十国峠-箱根に専用道路を建設していた。

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五島が箱根進出を目指し、苦労し大金を投じて新宿から小田原へ向かう
小田急電鉄、小田原から箱根・強羅への箱根登山鉄道を買収したが、いわば
それは箱根で既に観光事業を展開する堤の為に、わざわざ利用客を
運んでやっているようなものだったのである。

巻き返しを図る五島が、運輸省を巻き込んで堤の専用道路に自社のバスを
乗り入れさせ、芦ノ湖に浮かべた巨大な遊覧船に送客する。
それに対抗して堤は専用道路にバリケードを張って、五島のバスの
運行を阻止するというまさに泥仕合を繰り広げ世間を大いに騒がせた。
「サルカニ合戦」と揶揄される由縁だ。

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現在の箱根には、往時の抗争の傷跡は全く見られない。両社ともに
代替わりが進み、経済状況も激変した。
今は双方の交通機関の共通利用券が発行され、プリンスホテルと
小田急ホテルズの共同プロモーションも実現している。

企業同士が抗争を繰り広げれば、企業が弱体化するだけでなく利用者も
結局は恩恵にあずかる事ができない。
よって地方の観光事業に必須のデスティネーション・マーケティングは
成り立たず、その地方の観光事業そのものが疲弊してしまう。
だから無意味な抗争などするべきではないのは当然の事だ。

が、一方で、男たちが知略を絞り、様々なステークホルダー、中央官庁
や行政も巻き込み、膨大なエネルギーを費やして
「日本の鉄道王・ホテル王」の称号を得るためにまい進する姿に、
ジェラシーを感じることを禁じ得ない自分がいる。

金や権力、名声、自己顕示欲に執着するのもまた人間の自然の営みであり、
その執着の強さが結果国家に活力をもたらし、繁栄を約束するものだと
言えるだろう。

今の日本にピストルや強盗のような「ホテル王」と呼べる男は、果たして
いるのだろうか?

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写真はイメージ。
下の2枚は今回宿泊した箱根仙石原の「小田急ハイランドホテル」の外観と
露天風呂のエントランス。
北里の塩谷名誉教授のご推薦によりここに2泊したが、大正解・大満足
だった。
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by Mikio_Motegi | 2010-08-21 10:04 | 京都・紀行
「あーたまを雲の、上に出ーしー」
我が家の13才と11才になる娘たちが未だ本物の富士山を観た事が無い
というので、お盆で群馬の実家に帰る途中に富士山の五合目まで行って来た。

富士山を日本象徴、日本人のアイデンティティーのよりどころとする意見は
多い。
つまり富士山を観て「ああ自分は日本人だ」と感じる人たちがこの国には
とても多いという事だ。

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若い頃は富士山の存在などどうでも良い、高尚な趣味人としては
むしろ俗っぽくて嫌悪していた私だ。
だが不思議なもので、海外で生活していて久しぶりに一時帰国する際、
アジア方面から成田に向かう機中で進行方向左側にある富士山の姿を
観ると、「ああ俺は帰って来た、日本人で良かった」と本気で
思うのだから、高尚趣味もいい加減なものである。

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もっと不思議な事に、今や日本中の観光地を闊歩する中国人観光客にも
富士山観光は絶大な人気を誇っているという。
高尾山でも浅間山でもない、富士山というコンテンツが彼らを引き付ける
理由は何なのだろう?

五合目の茶屋(と呼ぶにはあまりに巨大)には日本語と英語に並び、
マンダリンの観光案内が併記されているし、実際に中国人観光客の数は
非常に多かった。ちなみに富士サファリランドと箱根大涌谷、強羅にも
沢山来ていた。

彼らの殆どがガイドさん付きの団体パッケージ旅行だ。
日本人が「エコノミック・アニマル」と世界中で揶揄された時期に、欧米で
例の旗を持ったガイドさんの後をくっついて歩く団体旅行と全く同じ。
要するに歴史は繰り返し、40年前に日本人がやっていた事を今の中国人が
やっているのである。

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それはともかく、深刻なのが言葉の壁だ。
この日も団体行動から独り離れた中国人女性が、しきりに自動販売機の前で
係の日本人男性に中国語で何か問いかけている。
しかしその男性には中国語はまったく通じず、いい加減な答えを日本語で
繰り返している。
こういう場合は英語が通じれば騎士道精神を発揮する私の出番なのだが、
いかんせん中国語では如何ともし難い。
その内その女性は諦めたかのように団体に戻って行ってしまったが。

旅の醍醐味は地元の人々との触れ合いにある。
その昔ヨーロッパだのアメリカだのに団体パッケージ旅行で繰り出した
世代が、その種の旅行パターンで何を得て帰って来たのかは敢えて
問うまい。

ただ現代の中国人観光客が、束の間を過ごす日本で何かを得てくれる事を
望みたいものだ。


写真は上から五合目から仰ぎ見た富士山。台風の余波で終日霧が
かかっていたにも関わらず、この瞬間たった5分間だけ顔を出してくれた。

中、下は共にイメージ。 
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by Mikio_Motegi | 2010-08-17 05:53 | 京都・紀行

山鉾巡行に巻き込まれる

今日は祇園祭のクライマックス、「山鉾巡行(やまぼこじゅんこう)」。
祇園祭は例年暑いし混んでるし、数年前に家族と出かけたのを最後に
私は一度も行っていない。巡行もあまり興味が無く、生で見物を
しようと思った事もない。とにかくあの暑さと人ごみを想像すると、
とてもじゃないが出かける気になれなかった。

今日は朝から天気が良かったので、久しぶりに鴨川沿いのホームコースを
走る。

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通常は、北大路橋のたもとから三条大橋まで4キロ南下する。
そこからMKボウリングのある志久呂橋まで一気に8キロ北上、
そして北大路橋まで戻る約16キロのコースだ。

軽快に御池辺りまで下ると、なにやら橋の上で大勢の人が歩いている。
「あ、今日は山鉾巡行だ」と思い当たり、鴨川から御池通りに上がると、
案外観光客はまばらなのに気付く。

こんなに道がすいているのなら山鉾巡行をちょっと見物しようと思い、
河原町通りに出て南下する。
確かにいつもより人出は多いが見物できないほどではない。
むしろ四条に向かって進む人々の流れに沿ってしまえば、楽なものだ。
そう思っていたら三条通り辺りで先頭の「長刀鉾(なぎなたぼこ)」が
しずしずとやってきた。
動く美術館と称される豪華絢爛な山鉾だが、それと共にこの鉾に従って
ものすごい数の観光客が河原町通りを徒歩で北上してきた。

「やばい」と逃げる間もなく、4キロ近くを走って汗だらけのシャツを着た
このおっちゃんは、長刀鉾の御利益に授かろうという善男善女の大軍と、
逆に中心街四条に向かう人の流れが起こす渦に巻き込まれ、飲み込まれて
しまったのである。

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・・・やっと渦から逃れ、ちょっと落ち着いて眺められたのがこの
「孟宗山(もうそうやま)」。小ぶりなうえに瀟洒でセンスの良い飾りつけが
かかっていて、私好みだ。

「函谷鉾(かんこぼこ)」もやって来た。四条河原町交差点の名物
「辻回し」‐ 交差点では山鉾の車輪の構造上カーブを切れない為、
路面に敷き詰めた割り竹に水を打ち車輪を乗せて男たちの力で90度
方向転換する‐も遠目だがしっかり見物し、且つ大観衆のどよめきを
体感する事が出来た。

マラソンに出たおかげで思いがけず見物できた山鉾巡行。
なんだか得をした気分。

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しかし折からの猛暑と、人ごみに巻き込まれ体力を思いっきり消耗した為、
その後のマラソンは10キロしか走れずリタイヤ。なんだか損した気分。

写真は上が長刀鉾、真中が孟宗山。どちらも今日の京都新聞ニュースから。
下は「辻回し」の光景。(旅の写真館 両備バスフレンズパック)より。
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by Mikio_Motegi | 2010-07-17 21:03 | 京都・紀行

賀茂川氾濫

本日午後6時頃、賀茂川に架かる北大路橋から上流の北山方面を
撮る。
いつもの光景が一変。頼もしく、見事なまでの自然の迫力から
エネルギーをもらう。

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普段はこんなのどかな川なのに。

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堆積したゴミや腐った草を一掃するまさしく自然の自浄作用だ。
人間の大動脈に詰まったコレステロールや、はたまた長年の垢が
こびりついた組織もこの川のように一掃する自浄作用は無いものかとは、
ややありきたりの陳腐な表現か。

大雨災害の被災者の方にはくれぐれもご自愛を、そして危険地域周辺の
方は安全な方策を早くとって欲しい。

下の写真は http://nekopen.exblog.jp/10308357 より
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by Mikio_Motegi | 2010-07-14 21:22 | 京都・紀行
昨日、私の所属する京都商工会議所観光・運輸部会の役員改選・専任の
部会と、それに引き続き行われた表記シンポジウムに出席してきた。

会場はホテルグランヴィア京都。
部会の方は粛々と議事が進み、何の問題もなく無事終了。
その後同じ会場で行われたシンポジウムのドアが開くと「どっと」聴衆が
押し寄せ、300席の会場はたちまち満員の大盛況に。
パネリストがいずれも老舗の旅館やお茶屋の若女将という事もあり、
物見高い人たちが集まったのだろう。

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そのパネリストは以下の女性たち(敬称略):

鈴鹿加奈子 聖護院八つ橋取締役
西村舞    先斗町お茶屋 「舛之矢」 若女将
村田紫帆  料亭「菊乃井」 若女将
山内理江  旅館 祇をん新門荘 若女将
山本千里  JTB京都観光開発室室長代理(高尾の料亭旅館もみぢ家三女)

コーディネーターは関西メディアでお馴染みの村田晃嗣 同志社大学教授。

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いずれも20-30代の才媛だが、彼女たちの発言内容に特に目新しい
ものは無かった。
それはそうだ。真剣に何かを提言をするとしたら行政に文句をつけ、個人の
マナー向上を訴えなければならない。
それは彼女たち「京女」の行動特性とは相反するものだ。

「京女」の行動特性とは、良く言えば、公(おおやけ)の場で声高に何かを
訴えるのではなく、自らの行動を持って範を垂れ、他の指針となる事。
悪く言えば、本音を語らず陰で悪口を言う・・・いわゆる「いけず」どすな。

とにかく彼女たちの態度は立派に京女を具現するものだった。断っておくが
決してnegative な意味ではない事を繰り返しておく。

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ところでパネリストの皆さんは揃って美人ばかり。
多分、其々の実家・勤務先では相当キツイ若女将たちなんだろうな、と容易に
想像がつく面構えだ。
つまり彼女たちは、親の庇護の下、立場の揺るがない跡取りで、賢く、
そして美しいという、最強のファクターを併せ持っている。
発言内容がしおらしく、且つ上品な京都弁のオブラートで包まれているのが、
また怖い。
特にこの中の一人は、私は間接的に見知っているのだが、噂通り相当に
「腹の据わった」大人物の片鱗を漂わせていた。

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私は当日、知り合いのヨーロッパ人留学生を伴って出席したのだが、
その内の一人によると京都の魅力とは、「高いビルが無い」「自然が豊富」
「治安が(抜群に)良い」の3点だそうだ。
言葉の問題や風習の違いは異邦人であるツーリストが事前に知っておくべき
ものであって、言葉が通じないからと言ってツーリストが怒るのはおかしい。
いや、言葉も風習が違うなんて世界中当たり前の事で、ツーリストはそれも
含めた「異文化体験」を楽しみに旅行する。

アメリカの口コミ旅行情報サイト「トリップアドバイザー"TripAdviser"」でも、
京都で多く取り上げられているのは10室以下の旅館。
布団も敷くし、朝食は和食、バス・トイレは共同、パジャマはなく浴衣という
施設だが、充分京都の魅力を堪能できるという。www.tripadvisor.com

固有の文化を守る事、これが観光振興の基本で、且つ最も大事なことでは
という思いを新たにした。
商工会議所も村田教授も、次回は受け入れ側だけでなく、泊まる側の求める
ものについて議論する視点があっても良いのでは?という思いを強くした。


写真は上がシンポジウム案内のポスター。
会場風景。4枚目のみ読売新聞京都版より。

尚、新門荘の山内さんの 「京都の建築、自然、文化にばかりスポットライトを
あてるのではなく、京都人の生活をもっと見て、体験してもらえる方法は
ないだろうか」という言葉に彼女の先見性を見た。

それこそが異文化体験で、まさに旅行の醍醐味なのだから。
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by Mikio_Motegi | 2010-06-10 17:41 | 京都・紀行

日本一のすき焼き

日本で最もポピュラーな牛肉料理の一つ、「すき焼き」。
この調理方法に「関東風」と「関西風」の違いがあるのを、ご存じだろうか?

関東風は、みりんやお酒で作った「割りした」というダシを鍋に入れる。
熱して沸騰した後、肉や野菜、豆腐類を入れ煮込み、火が通ったら頂く。
「焼く」、というより「煮る」ので、すき焼きではなく牛鍋と表現した方が
適切なのではないか?

そんな関東風に馴染んだ私が、京都 寺町三条の「三嶋亭」で
味わったすき焼きに衝撃を受けたのは言うまでもない。

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こちらではまず熱した鉄鍋にザラメ風の砂糖を適当にのせ、その上でいきなり
肉を焼きはじめる。ピンクの肉に焼き色が付く寸前に濃い口のしょうゆをかけ、
出来上がり。溶き卵とからめて頂く。そしてこの最初の一枚が、絶品なのだ。

次に再び鉄鍋に砂糖を敷き、野菜、ねぎ、キノコ、麩を乗せ、頃合いを
見計らって次のお肉を焼く。これの繰り返し。

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三嶋亭は明治6年創業、130年も続いている老舗だ。
肉と言えば豚肉を連想する関東人と違い、京都では牛肉のことを言う。
例えば今日は「カツ」を食べようといえば、トンカツではなくビフカツを差すのだ。
それほど牛肉料理の浸透した京都で、数あるすき焼き料理店の中でも
三嶋亭はナンバー・ワンにランクされている。

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約20年前、当時私はヨコハマ・グランド・インターコンチネンタルホテルの
関西地区担当の営業マンだった。

京都の地場の旅行代理店とヨコハマにシリーズで年間5000室の送客契約を
結んだ私は、そこの専務と営業部長を招いて三嶋亭で接待をしたことがある。
接待に三嶋亭を勧めてくれたのは、知り合ったばかりの今の家内だ。
ヨコハマ側からは私と、大阪駐在営業のI君。
地元出身の専務も営業部長も三嶋亭は馴染みだったらしい。
一方私は2度目、I君は初めての利用だった。

食事がはじまっても、専務と営業部長は仕事の話ばかり。
もちろん年間5000室の送客となればこれは大仕事で、打ち合わせに
余念がなく食事どころではないのも当然だ。
大仕事であるのは私たちも一緒の筈だが、ところが私もI君も三嶋亭の
すき焼きの素晴らしさに感激し、専務たちの話もうわの空で夢中で極上の
牛肉をパクつく。
「はっ」と気が付いたら、専務と営業部長は殆ど箸もつけてないのに、
私たちの方で全て食べ尽くしてしまい鍋は空っぽという状態に気が付き、
大いに恥いった経験がある。

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宮崎の口蹄疫問題で、「種牛」の存在がクローズアップされた。
私たちが「松阪牛」「神戸牛」「近江牛」等と呼ぶブランド牛肉は、元は宮崎や
但馬の種牛を運んで来て、現地で育てたものだという事を初めて知った人も
多いのではないだろうか?

三嶋亭以外にも京都には老舗の牛肉料理店は多い。
この素晴らしい牛肉料理文化の継承の為にも口蹄疫問題が早く収斂し、
いつまでも安全で美味しい牛肉を頂けるようになってもらいたいものだ。

宮崎の皆さん、頑張ってください!

写真は2枚目と4枚目は「スイーツ番町オフィシャルブログ。男のスイーツ」より。
傑作・秀逸のブログなので是非訪れてください。

1枚目と3枚目は寺町三条角にある三嶋亭本店の佇まいと、玄関を入り
下足番さんに靴を預け上がるとすぐにある急な階段。
明治維新を成し遂げた英雄たちがこの風情ある本店に集い、すき焼きを
つつきながら語らいあったのかと想像すると、少々お値段が張るのも
致し方ないかと納得する。

三嶋亭のテーブルと鉄鍋は八角形をしている。「末広がり」の意味だそうだ。
尚、すき焼きを調理する一連のサービスは全て仲居さんが仕切ってくれる。
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by Mikio_Motegi | 2010-06-05 11:24 | 京都・紀行