ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

カテゴリ:京都・紀行( 86 )

琵琶湖 湖東を行く

GWの期間中は遠出をせず、いつも近場で過ごすのが我が家流。
今年は琵琶湖の東、近江八幡(おうみはちまん)や安土(あづち)といった
「湖東(ことう)」地区に行く。
京都市内から車で僅か一時間の距離だが、結構な観光コンテンツがあるのが
琵琶湖の魅力だ。

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水運が物流の主流だった頃を彷彿とさせる「水郷巡り」。
琵琶湖と言うと一つの大きな湖を連想するが、この辺りは戦前まで無数の
内海を従える一大湿地帯だった。
織田信長がこの地に安土城を築城したのも、ここが東西の交通の要所で
あったのと、ここから琵琶湖を船で堅田(かただ)に渡れば、京都まで
直ぐそこの距離にあったから、という理由からだ。

遊覧船でゆっくりと水郷を巡る。丁度船と並行して路上をジョギングする
年寄りとほぼ同じスピードだから、多分時速8-9キロだろう。

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ここらは「葦(あし)」の産地で、あちこちに群生している。
「オオヨシキリ」という葦原で巣作りをする野鳥がいて、船がそこを
分け入る時にたてる特徴的な甲高い鳴き声がにぎやかだ。


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本日の泊まりは「ホテルラフォーレ琵琶湖」。
インドアプール、体育館、プラネタリウム、テニスコートなどを併設する
大型のリゾートホテルだ。

予想通りロビーは多くの家族連れ、カップルが多かったが、施設が広いのと
スタッフが慣れているのか、殆ど混乱はない。
またリピーター率が高いのか、客層もかなり良い。混雑するリゾート地に
ありがちな、マナーもへったくれもない「とんでもない」お客を全く
見なかったのは特筆ものだ。

また夕食のビュッフェの内容が抜群に良かった。もちろんラインアップは
ファミリーからカップル、お年寄りまで対応する雑多な物ではあったが、
食材一つ一つの質が高い。揚げたてのワカサギの天ぷらは新鮮・ぷりぷりで、
豚バラ肉のイカスミソースや温野菜サラダは、素材の良さに加えソースの
質が実に高い。地元特産の近江牛のすき焼きも頬が落ちるほど。

また手を抜きがちなデザートも本格的だ。多分専門のパティシェが腕を
振るったのだろう。

噂によると、このビュッフェの原価率は30%を遥かに超えているという。
さすが名門リゾート「ラフォーレ」の面目躍如だ。

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琵琶湖の湖東地区は旧中山道(なかせんどう)も通る古来から交通の
要所であり、安土城の城下町でもあったため、歴史的な価値のある遺構も
多い。
もちろん湖西、湖北地区も多くの観光コンテンツに恵まれている。
もっともっと沢山の人が訪れても良い、懐の深いデスティネーション
と言えるだろう。

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実はこのホテルには私は特別な思い入れがある。1999年5月、当時
シンガポールのインターコンチネンタル・ホテルに勤務していた私は、
ドイツ人の総支配人であるエドワルドと共に日本に出張に来た折、
このホテルを訪れている。

詳細は2007年5月5日のエントリー「神戸ビーフに想う事」を参照に
してください。

写真は上から「水郷巡り」近江八幡物産観光協会のHPより。

葦原風景。

ホテルラフォーレ琵琶湖全景。www.mapple.net より。

客室からの眺め。琵琶湖を挟んだ対岸の山は「比良山」。
山頂付近には琵琶湖バレイというスキー場が広がる。

ホテルのツインベッドの客室に泊まると、必ず側転をしたがる我が家の猿、
違った、次女。
40㎡の広さがある快適な部屋だ。もっとも次女がベッドカバーをぐちゃぐちゃ
にしてしまい、写真を撮る事が出来なかったが。
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by Mikio_Motegi | 2010-05-05 20:36 | 京都・紀行
京都国立博物館で開催中の「長谷川等伯」展。
2年前に同じく開催された「狩野永徳」展で予告されていたときから
楽しみにしていた展覧会だ。

長谷川等伯は安土桃山時代の絵師。彼の代表作で、日本の墨絵の最高峰と
言われる国宝「松林図屏風」を是非一度観たいと、私は2年前から
心待ちにしていたのだ。

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狩野永徳展は連日80-90分の行列があたりまえの大盛況だったが、今回も
同等の混み具合だという事前情報をがあった。
列に並ぶという行為が生理的に嫌いな私だが、等伯を観るためなら
少々の行列はガマンしようと誓う。

折しも博物館近くに所要があった日は、朝からの大雨。
これも天の配剤、この天気なら参観客も少ないだろうとほくそ笑み、
地元の利、勝利の確信に満ちて受付へ向かう。
ところがそこには「現在140分待ち」との案内が誇らしそうに掲げ
られていた。140分!?

見ると、篠突く雨の中を善男善女が粛々と列をなし、拝観を待っている。
なんだか飢饉や敗戦後に配給を待つ被災者の姿を連想させられる。
或いは社会党や民主党の「牛歩戦術」も。
今の与党はああいう世にも下劣な国会対策を臆面もなく行える議員連中の
集まりなのだが、それはさておき、私は平日の午前中、雨の中を絵画展に
入るのに2時間以上待つ趣味も余裕もない。
2年越しの恋が一挙にしぼむ思いで、博物館を後にした。
 
京都の公営博物館はどこも狭い。ここに限らず近代美術館もとても狭いが、
これは京都という土地柄、仕方ないのだろう。これが京都府南部の、土地は
広いが交通その他の不便なところに移転されてももっと困ってしまう。

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だいたいどんなに貴重な国宝か何か知らないが、何十年に一度しか公開
しないからこんなに混むのであり、そんな文化庁の態度こそ非難されるべきだ。
貴重なお宝だからこそ常に展示し、日頃から一般市民が触れられるように
するべきなのに。

大徳寺の国宝を虫干しにする年に一度の「曝涼(ばくりょう)」の例を挙げる
までもなく、民間の方がよっぽど進んでいる。

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丁度お昼時なので、この辺りに来たら必ず立ち寄る洋食屋「本町亭」でランチを
取る。ここはメニューから好きなものを2品選べる「ダブル・セット」が有名で、
私のこの日は「ビフカツ」と「貝柱のフライ」。
これにご飯とたっぷりのサラダ、具沢山のみそ汁、漬物が付いて1200円。
いつも通り大満足。

等伯は観られなかったが、これで少しは癒された・・・1200円で癒されるの
だから、安上がりな私である。ちなみにこの値段は等伯展の前売り券と同じ
金額。


写真は上から「松林図屏風」Wikipediaより
中はグラフィック化した「松林図」をバックに、フェラーリのデザイナーで
あった奥山清行氏の作品である日本製スーパーカー"K.O8(ケーオーエイト)"。
日経アソシエ2007年7月7日号より。
下は「本町亭」の外観。この地に開業して30年経つという老舗で、昼時は
いつも店の外に行列ができる程の繁盛店だ。
こちらの行列に並ぶのならガマンできるかも。

尚、上記の「狩野永徳展」については2007年11月18日の、
「大徳寺曝涼(ばくりょう)」については同じく2007年10月14日のブログで
詳しく説明しています。
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by Mikio_Motegi | 2010-04-29 20:48 | 京都・紀行

やすらい祭り

京都の「三大奇祭」のひとつに挙げられている玄武神社の「やすらい祭り」。
文部大臣より「重要無形民俗文化財」に指定されている由緒あるものだ。
(やすらいさんの詳細は2007年4月のエントリーを参照してください)

今年は雨模様の為、お稚児さん行列は中止。それとどういう関連があるのかは
忘れたが、例年の倍近い、総勢50名近くが家内の実家にしつらえた御旅所に
やって来た。

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例年雨に祟られた事が殆ど無いお祭りで、昔から「やすらいさん」で雨が
降ったらその年の京都のお祭りは殆ど雨。「やすらいさん」が晴れていたら
逆に殆ど晴れ、と言われていたとの事。
では今年のように曇り空の場合はどうなのだろう?

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写真の上の2枚は
http://photphousekyoto.cocolog-nifty.com/blog/maturi04.html より

下の2枚は御旅所の風景。ご覧のとおりすごい人数。
実は私の母の実家も、故郷の「桐生祭り」の御旅所になっている。
つくづく揃って御旅所に縁が深い夫婦だ。
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by Mikio_Motegi | 2010-04-11 21:13 | 京都・紀行

伊勢・志摩の旅

毎年恒例になっている家内の実家の家族旅行。今年は近鉄特急に乗って
総勢14名で伊勢・志摩巡りに出かけた。

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私にとっては、清算した(株)西洋環境開発に勤務していた1992年の夏に、
オープンした「タラサ志摩」の社員モニター旅行で行って以来の伊勢・志摩だ。
が、その時はホテルで遊び呆け、近くのスポットでスクーバ・ダイビングを
やっただけで、周辺の観光など皆無だった。
よって実質は35年近く前の高校の修学旅行で行って以来のこの地である。

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本当は名門の鳥羽国際ホテルに宿泊したかったのだが、あいにく3月一杯は
リノベーションで休業中とのこと。代替案として近くの「戸田屋」という
温泉ホテルに投宿。
到着後のランチに、鳥羽国際ホテルで唯一営業中の別館「潮路亭」での
ランチ・ビュッフェにトライ。
ビュッフェ慣れしていて口が肥えている我が家の娘たちも大満足の
ラインアップ、そしてホスピタリティ。
本館が開業したら必ずもう一度出かけよう。

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湾内クルーズを経て、伊勢神宮の内宮に参拝する。
驚いたのが、五十鈴川(いすずがわ)の光景が私の記憶と全く違っている
こと。35年前の記憶では、五十鈴川は内宮の境内を横切る小さな川で、
箱庭のような川だった筈。が、実物は滔々と流れる本物の川だ。

また入口のすぐ脇にある「おはらい町」という古くからの商店街も
全く記憶にない。高校2年の当時、私は旅行のプランを立てる「旅行委員」
だったのに。人間の記憶の曖昧さに呆然とする。

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天照大御神(アマテラスオオミカミ)を祀り2000年の歴史を有する内宮は
さすがに荘厳な雰囲気。
参拝客には若い世代や外国人も非常に多い。日本を代表するパワースポット
の面目躍如だ。

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その後志摩スペイン村、志摩マリンランドと駆け足で巡る。
この一帯は、近鉄グループが1970年の大阪万博開催時に観光客を呼び
込もうと開発した土地だ。様々な形で「近鉄」の看板が目につく。

家族旅行はいつも車で出かける我が家なので、久々の電車旅行もいいものだ。
ビールを飲みながら車窓を眺めるなんて何年振りだろう。
ただ乗客のマナーの悪さには辟易した。特にタチが悪いのが母親と子供だけ
のグループ。母親たちはおしゃべりに夢中で、長旅に飽きたガキ供が電車内で
騒いでも全く意に介さない。本当に教育が必要なのは彼女たちか?
 
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豊富な自然、名古屋や大阪、京都といった都市圏から特急で2時間前後という
ロケーション、整備されたインフラと「観光立県」を標榜する三重県のサポート、
そして長い歴史に培われた「伊勢・志摩」というブランドと観光コンテンツ、
ホスピタリティ。

なかなか興味深い土地だと改めて感心した次第である。

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写真は1枚目が 鳥羽湾。入り江の為、波やうねりが小さく静かだ。
2枚目 伊勢神宮、内宮の鳥居。
3枚目 戸田屋の客室より見た鳥羽湾・左手は鳥羽国際ホテル。
4枚目 混雑する「おはらい町」商店街。「赤福」は相変わらずの大人気だ。
5枚目 内宮。伊勢神宮のHPより。
6枚目 近鉄特急。
7枚目 湾内巡りの途中立ち寄った「いるか島」の「ヒルトン食堂」。
    名前の由来は不明。
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by Mikio_Motegi | 2010-03-30 21:24 | 京都・紀行

ご近所のパワースポット

パワースポット訪問が流行しているそうだ。
東京・明治神宮の「清正井」などは拝観?する人で数珠つなぎで、
5時間以上も待つ事があるという。

京都のパワースポットで、我が家と縁があるのが北区の今宮神社と、
上京区の晴明(せいめい)神社である。

晴明さんは僅か数年前まではあまり整備されていない、かなり
しょぼくれた神社だった。が、ここで祀ってある安倍晴明(あべのせいめい)
を題材にした夢枕獏の奇譚小説「陰陽師(おんみょうじ)」が
映画化されるなど大ブレイクしたせいで、今は立派に整備された。
修学旅行生や行楽客でいつも大混雑である。

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晴明さんは音読みが(せいめい・姓名)と呼べる為、昔から赤ちゃんが
生まれるとここで名前を占ってもらうという「名付けの神様」としても
近隣で有名だ。

実は私の二人の娘もここで名前を授かった。
具体的な手続きは、まず親は自分達で候補にしたい名前を4つか5つ挙げて、
提案する。
晴明さんはそれを元に(何だかわからないが)ありがたい占いのご託宣で
字画を変えたり、音を多少訂正したりした名前をいくつか逆提案してくれる。
親はその中から好きなものを決めればよいのだ。
ちなみに名前1件につき5000円也の祈祷料がかかる。

長女の梨沙は、私たち夫婦が織物の盛んな街で生まれ育ったことから
「梨紗」としたかった。
次女の怜(れい)は、字の書きやすさから「玲」としたかったのだが、
どちらも晴明さんは訂正してきた。
私はかなり不満で、「金を払っているんだから好きな名前をつけさせろ」と
罰当たりな言葉を口にしたものだ。
が、二人とも今のところこの名前でつつがなく育っているので、まあ
良しとしよう。

ホームページも充実していて、申込書をPDFでダウンロードし送付すると、
わざわざ参拝しなくても祈祷を受け付けてくれる。
・・・もしかしたら「商売繁盛」もご利益のひとつにいつのまにか
加わったのかもしれない・・・。

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今宮さんには京都でも珍しい神社付属の幼稚園があり、私の家内、
家内の兄弟、従兄弟たちが皆通ったという縁がある。

2年前、シンガポール人の友人であるレイモンドが、そのまた友人の
タイ人の友人を伴って京都に遊びに来た時の事。
彼らの観光案内を務めた私は、そのタイ人がスピリチュアルな事象に
興味があるというので、今宮さんに連れて行った。

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彼は京都はおろか日本に来たのは初めて。
もちろん日本語も英語も解さない。
その彼が今宮さんに着くと、しばらく目を閉じて何かを聞きいる風に
していたが、おもむろに「ここは女性の神様を祀っているな」と呟いた
のには驚いた。
その時私たちが立っていたのは、今宮さんの中の織姫神社の傍らだったので
ある。

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ここの境内は、かつて私の友人の霊感の強い奥さんが訪れた際、夏の盛り
にもかかわらず「首の後ろが寒い」と言って気味悪がった場所でもある。
「何か」を持っている人には「何か」を感じさせるものが確かに
存在しているようだ。

もっともパワースポットに近づくだけで気味悪がっていたのでは、京都では
暮らしていけない。私の家から徒歩圏内に、上記に挙げた2社だけでなく、
下鴨神社、北野天満宮、平野神社、ちょっと足を延ばせば上賀茂神社という
名うてのパワースポットがひしめいているのである。

写真は上から晴明神社。
「晴明井」と呼ばれる井戸。千利休もこの水を汲んで茶を点てたという。
今宮神社。
今宮さんの門前に2軒、対面にある「あぶり餅」屋さん。かつてはすさまじい
ばかりの客引き合戦が繰り広げられていた。
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by Mikio_Motegi | 2010-03-06 21:25 | 京都・紀行
「がくさい病院」は、京都市北区の我が家から徒歩で3分のところにある。

大病院ではない。街中の小さな総合病院という佇まい。
患者の殆どは地元の人たち。狭い待合室にはいつも人であふれている、
どこにでもある光景だ。私の家内の親戚の何人かも、この病院を
かかりつけにしている。
この街の小さな総合病院が、現在カナダのバンクーバーで開催されている
冬季オリンピックの男子フィギュアで、見事銅メダルを獲得した
高橋大輔を支えた病院なのである。

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高橋は2008年の10月、練習中に右膝を負傷する。診断は「右膝前十字靱帯
断裂」。選手生命を脅かす重症だ。
バンクーバー出場を決める予選会までたった1年余りの時点で、高橋は膝に
メスを入れる事を決断する。
手術は無事成功。術後のリハビリの苦痛に耐え見事に復活した。
その3週間に及ぶリハビリを施したのが、この「がくさい病院」なのだ。

正式名称は「京都地域医療学際病院」。内科、スポーツ整形外科、
耳鼻咽喉科、皮膚科、神経内科、脳神経科、放射線科、そして
リハビリテーション科がある。
Jリーグの京都サンガの選手や、関西を拠点にするラグビーや
アメリカンフットボールの選手の来院も多い。

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私自身は花粉症の治療以外、普段は殆ど医者に行くことがないのだが、この
病院では3年前に生涯で初めての胃カメラを飲んだ経験がある。
胃カメラは苦しくてきつい。
が、私がむせたりせき込むと、傍らにいた看護婦さんが黙って背中をさすって
くれた。
大した事ではないかもしれないが、そのおかげで身体も気持ちもどんなに
楽になり、ありがたかった事か。
誰がつけた名称かは知らないが、「白衣の天使」とはよく言ったものだと
つくづく感心してしまった。

高橋大輔もきっとあの天使たちがいてくれたおかげで、辛いリハビリに
耐える事が出来たのだろう。

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ちなみに彼が膝の手術を受けた病院は「社会保険京都病院」、旧称「鞍馬口
(くらまぐち)病院」。膝関節手術では関西のトップレベルにあるという。
ここも我が家から徒歩で10分ほどの距離で、私の二人の娘はここの産婦人科
で生まれた。

高橋大輔の銅メダル獲得をサポートした人たちは数多くいるだろうが、
この二つの病院の役割は重要なものであった筈だ。
近所の慣れ親しんだ病院がこんな栄誉に属した事を、地域住民はもっと誇りに
思っていい。

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写真は上から「がくさい病院」の全景。3階に見える廊下部分で、高橋大輔が
リハビリの歩行訓練を行っていた。
3番目は、高橋大輔のショートプログラムの演技を病院の待合のテレビで
観戦する人たち。ここには映さなかったが、数名の医師や看護婦さんたちが
真剣な眼差しで見入っていたのが印象的だった。
4番目は鞍馬口病院全景。
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by Mikio_Motegi | 2010-02-22 22:49 | 京都・紀行

紅葉の大徳寺

大徳寺の塔頭(たっちゅう)黄梅院さんの本日の紅葉。
今週末には散ってしまうだろう。

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来年は奈良で平城京遷都1300年祭、再来年は京都で
「大遠忌(だいおんき)」という、浄土宗の開祖法然の没後800年、
浄土真宗の開祖親鸞の没後750年の節目に年間を通して門徒が集う
大イベントがある。
加えて来年はNHK大河ドラマが「坂本竜馬」なので、たくさんの、いや、
物凄い数の観光客で京都は賑わうだろう。

大河ドラマなんて、あんな時代考証の適当なドラマを誰が観るのか、と
思うが、先の源義経のときなど我が家の横まで観光バスがやってきたほど。
義経ゆかりの跡があるものだから。

ホテルデベロッパー、オペレーターの皆さん、京都にホテルを建てるの
なら今でっせー。
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by Mikio_Motegi | 2009-12-02 23:09 | 京都・紀行
「ミシェランガイド 京都・大阪2010」が刊行された。
今年4月の「週刊文春」で、「ミシュランガイド京都・大阪』独占スクープ!
京都老舗料亭『掲載拒否』の真相』 というコラムがあり、反響を呼んだことを
ご記憶の方も多いだろう。

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曰く、京都の誇り高き老舗料亭の主人はミシェランガイドに掲載されることを
潔(いさぎよ)しとせず取材を拒否したとか、数百年の歴史を誇る京料理を、
文化・風土の違うヨーロッパのガイドブックに何がわかる、とかいったもの。

これらの騒動に乗ってあーだこーだと騒ぎ立てること自体、日本のメディア
や評論家がいかに簡単見事にミシェランのプロモーション戦略にはまっている
かを如実に表しているのだが。

私はミシェランガイドを評価している。
まず第一に、ミシェランガイドは複数の覆面調査員による同一メソッド
による調査がなされ、その結果膨大な資料が共有化されている。
次に彼らの独立性、つまり掲載料・スポンサー収入を求めない姿勢。
最後に毎年評価を更新する制度。
これらの「公平さ」がガイドブックとしての安心感を揺るぎ無いものに
していると思う。

それに対し、多くの日本のレストランガイドはそれを書いた個人の好み、
思い入れが色濃く反映しすぎて、ガイドブックの体をなしていない。
また素人の意見を取り入れすぎていて、最大公約数的な評価しかしていない。
つまり呼んでいて面白くない。
大ベストセラー「恨みしぇらん」(西原理恵子、神足裕二著 朝日新聞社刊)
のような徹底的な偏見、自己満足本であれば読み物として大いに楽しめるが。

故開高健がサントリーのPR誌「洋酒天国」の編集に携わっていた頃、
味覚に関係する随筆を4年間で計240名の各界の知名人から集めたことが
あった。
が、「一人として酒や料理についてブリア・サバランの形而上学をめざす人が
いず、ただただ私小説風身辺雑記に終始している・・・」
「すべて日本人の書いた味覚に関する文章は実体感覚につきて抽象を
やらない・・・」
「精緻な文章はしょっちゅう出会わすが、ついにそれは感覚の報告の域を
出ない。真のエピキュリアンがいない」と述べている。
(「ピカソはほんまに天才か」 中公文庫刊)

ところでミシェランガイドによると、彼らの掲げるミシェランを出版する
目的として「より良いモビリティへのミシェランのコミットメントの一環として、
旅行や休暇、外食が喜びとなるように可能な限り尽力します」とある。

観光産業を日本のGDPの大きなドライバー(推進力)の一つに育てるという
「YOKOSO!JAPAN」の理念にも合致するではないか。

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さて上述の「京都の老舗料亭が掲載を拒否」とあるのは、どうもメディアの捏造
あるいは「やらせ」だというのが真相のようだ。
(日経トレンディメディア 2009.6.08)

もし本当にミシェランやそれに準ずるガイドブックの取材・掲載を拒否するような
店があるとしたら、いずれは滅びる運命にあるだろう。
日本人の人口が減少するという迫り来る少子化の波は、国際化に対応
できないこんな店など造作も無く呑み込んでしまう。

京都以上の美食の都であるパリ、ニューヨーク、香港を見れば分かる。
外国人客を差別せず、彼らの消費に期待しないことには日本の外食産業の
未来は無い、と考えたほうがいい。

写真は上が「ミシェラン京都・大阪2010」プレスリリースより(日経ネット)

下は、近々家内と出かける予定の「上賀茂秋山」。今回一つ星を獲得した。
私のマラソン練習コース上にあり、その佇まいとそこを訪れた知人達の評判
から、「きっと星を取る」と当たりつけて、1ヶ月以上前に予約を入れたもの。

・・・つまり9月上旬の時点で、1ヶ月半先の予約しか取れなかったのだ。
ミシェランで星を取ると予約が殺到して常連客が行けなくなる、という声も
挙がるが、星が無くとも予約が取れない店などいくらでもある。
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by Mikio_Motegi | 2009-10-18 20:00 | 京都・紀行

商店街の価値

京都で生まれ育った家内は、23才で私と結婚し横浜に移り住むまで
「スーパーマーケット」というところで買い物をしたことが無かった。
別に箱入り娘で育ったわけではない。
母親の手伝いで夕食の支度をする際、スーパーマーケットに行くより
徒歩5分の所にある近所の商店街で買い物をする方が、近くて便利
だったのである。

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家内の実家のある西陣界隈だけでなく、土地が狭い為か京都の市内には
大型の量販店というものが殆ど無い。
だから一般の人々が夕食のおかずを作るときの買い物も、魚は魚屋、
野菜は八百屋、肉は肉屋、鶏肉はかしわ屋、雑貨は雑貨屋に行く。
お米も酒も、電話で注文すれば米屋と酒屋が家まで届けてくれる。

京都の人々は、何も大型量販店の存在に反対なわけではない。
その方が便利だからという理由で、近所に買い物に行くのだ。
そして私はそういうライフスタイルは貴重だと思う。

このような商店街の対極にあるのが、イオンモールやダイヤモンドシティ
などのショッピング・モールだろう。
郊外の、お互いが車でたった10分の距離に巨大な建物が並立している。

そこの店舗構成は驚くほど似通っている。
キーテナントにスーパーマーケット。これは絶対条件のようだ。
サブ・テナントにユニクロ、ABCマート、スターバックス、京風ラーメン、
築地銀だこ。
日本中何処に行っても同じ服が買え、同じものが食べられる。
もちろん「地域性」「個性」は殆ど感じられない。

正直言って、私はこの種のショッピング・モールに何の魅力も感じない。

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だが、このトレンドも昨年の原油暴騰をきっかけに変わりつつある。
これらのショッピング・モールへのアクセスは車利用が基本理念。
だがガソリン価格上昇と金融危機の影響で、「脱・車社会」「地産地消」
「エコライフ」という考え方が顕在化してきた。

日本人の消費傾向も今後は「全体的に節約」「電車・バスを利用」
「自転車を利用」「ハイブリッド・カー購入」が上位にランクされる、
という統計もある。

商店街は、今が復興のチャンスなのではないだろうか。
人々が公共交通機関や自転車を利用し始めた今、郊外のショッピング・
モールに流れた地元の購買層を呼び戻すチャンス到来、と考えるべきだ。

もちろん商店街に求められる営業努力もある。

営業時間の見直し、駐輪場、無料休憩所、公共トイレの整備は必須だ。
雰囲気にそぐわない遊戯施設・風俗店の出店規制等・・・これは色々な意見
があるだろう。パチンコ店や風俗営業があるからこそ、「ごった煮」の雰囲気
こそが地方の商店街の魅力、という見方もできるのだから。

「清潔感」だけでない「生活感」こそが商店街の魅力なのだ。

商店主達の一体感も、より一層高めるべきだ。独自イベントの企画、
地元イベントへの協賛、他地区商店街との連携も必要だろう。
もちろんそれらに与せず、独りわが道を行く商店があっても、それはそれで
個性があっていい。
前回のブログに書いたような「頑固おやじ」の存在も、また商店街の
個性・魅力なのだから。
むしろ「統一性の無さ」「自分勝手」なところこそが、大資本が開発・経営
しているショッピング・モールではあり得ない商店街の懐の深さといえる。
政府系中小企業支援機構の助成金も、もっと増やしていい。

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いずれにせよ次世代の商店主には、これ以上「シャッター商店街」を
増やさない、日本の小売店業界の将来の屋台骨を支えるくらいの気概を
持って欲しい。

写真は上から北区旧大宮商店街。
http://hiroharaph.exblog.jpより

中は京都の「ダイアモンドシティ・ハナ」

下は旧大宮商店街振興会主催の夏祭り風景。
http://blog.mahirodental.com より

文中資料は「月刊プレジデント 2008年10月号」より
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by Mikio_Motegi | 2009-09-27 22:54 | 京都・紀行

京都の地蔵盆

「地蔵盆(じぞうぼん)」は、辻々に祀られているお地蔵様の縁日。
毎年旧暦の7月24日、グレゴリオ暦の8月24日前後の土日に
執り行われる。お地蔵様は子供の守り神とされており、地域の
子供たちの為の縁日-お祭りである。

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京都の市内を歩けばお気づきだろうが、ここはやたらとお地蔵様が
多い。一説5000体以上のお地蔵様が祀られているという程だ。

この日が近づくと、町内の住人はお地蔵様を洗い清め、お化粧を
施し、前垂れを新調する。
住人に子供が生まれると、名前を書いた提灯を新調し奉納する。

ロケーション、規模、風習等全てのお地蔵様は条件が違うので、
理論上5000通りの地蔵盆の祝い方があるという。
我が家の町内の地蔵盆は、当日は地蔵の前にテントを立て、
提灯を下げる。祭壇に灯明を上げ「曼荼羅(まんだら)」という幟(のぼり)
を立てる。
お地蔵様の前の通路が狭いので、一般車両の通行を遮断してしまう。

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子供達はテントの中や周囲で、大人が用意した福引やゲーム、
金魚すくい等に興じる。
また大人たちも自分の子供時代を思い出し、子供に昔話をしたり
昔のゲームを教えたりして楽しんでいる。
昼食も済ましてしまうので、日がな一日子供達は飽きることがない。

特に毎年8月24日前後は地蔵盆ラッシュなので、京都の市街地の
あちこちでこのような風景が見られる。
場所によってはテントは張らずガレージや民家の庭先、マンションの
集会場で執り行われることも多い。

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地蔵盆という風習は京都、大阪、滋賀及び若狭地方に多く見られると
いう。
関東には地蔵信仰は薄く、代わりに稲荷信仰が篤いという。
当然のことながら関東で生まれ育った私にとって、地蔵盆は全く
ちんぷんかんぷん。
子供達はともかく、大人までも何故こんなに真剣になって遊ぶのか
当初は全く理解できなかった。

中世の京都は、この時代のご多分に漏れず衛生観念が無かった。
具体的に言うと、疫病の流行や戦禍などで人が死んでも埋葬せずに
死体は野ざらし。
埋葬などをする余裕も無いほど人々は貧しかったのだ。

もちろん身体の弱い子供達が疫病や戦禍の犠牲になることも
多かった。
まだ幼い子供の死体が野ざらしで朽ちていく。
見かねた町民がその地に遺体を埋葬し、霊を慰める為に建立したのが
現在のお地蔵様の由来であるという。

少子高齢化、核家族化、中心街の人口空洞化といった現代病の影響で、
京都の地蔵盆も年々寂れていく。
お地蔵様を祀っていても、子供のお祭りでありながら子供自体が
そこに住んでいないのだ。

地蔵盆を伝承し次世代に残すのは私たちの責任である。
そして国の宝でもある子供達の為に、私たちが為すべき事はあまりにも
多く重要だ。

・・・私は悲しいお地蔵様の由来を知った当初、街中を歩くたびに出くわす
彼らの前でその都度立ち止まり、「南無阿弥陀仏」を唱えていた。
でも毎回それをやっていると家から最寄の駅まで5-6箇所は立ち止まら
なければならないという現実に直面し、直ぐに諦めてしまった。

こんな私に国の施策を批判する資格があるかどうか、我ながら甚だ
疑問である。折りしも今日は衆議院選挙の当日・・・。


写真上は「数珠(じゅず)回し」。長さ3-4メートルの大数珠を皆で回し、
ご詠歌を歌うという独特の風習。 www.kokuta-keiji.jp

中、下は我が家の近所の地蔵盆風景。
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by Mikio_Motegi | 2009-08-30 22:41 | 京都・紀行