ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

カテゴリ:京都・紀行( 86 )

家内と二人で市内の千本中立ち売りにある「神馬(しんめ)」という
居酒屋に寄って来た。

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全国紙である「dancyu」や「週刊新潮」にも取り上げられた
ことのある、創業76年の老舗だ。
質の良い、かつ安い食事と日本酒を提供してくれる店として界隈
ではつと有名である。
戦後良質の日本酒が入手できなかった時代は店を閉めていた。

この日、私たちが注文したのは:

・鱧(はも)の落とし、梅肉添え  
・岩ガキの刺身   
・賀茂茄子のしぎ焼き
・鮑のバター焼き   
・桜海老のてんぷら 
・きずし (さばの昆布ジメ) 
・漬物盛り合わせ    

これらとビール中ジョッキ2杯、冷酒「立山」2合で、会計は
1万円少々。

店内は常連が多いが、私たちのような初見の客にもスタッフは
気さくに声をかけてくれる。
聞くと全員が家族で、且つ全員下戸とのこと。

この店のある「千本中立売り」とは、京都市内の堀川通りと西大路通り
の間を南北に千本通りと、京都御所の蛤御門から西に伸びる中立売り
通りが交差する所。
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太閤秀吉が創建した「聚楽第」の跡地でもある由緒ある街で、戦前戦後
は地場産業である織物業が隆盛を極めていたこともあり、京都では
河原町と並ぶ繁華街だったという。

織物業に従事する人々の遊興の為の周辺産業も盛んで、
「日本のブロードウェイ」と呼ばれるほど映画館や劇場が多かった。

また三島由紀夫の「金閣寺」、水上勉の「五番町夕霧楼」等に
登場する遊郭である五番町もここに存在していた。

今は残念ながら昔日の隆盛は無い、が、辻々に往時を
思わせる佇まいやお店が現存しているのも、この街の魅力である。

写真上は「神馬」。
下は現在の五番町界隈。http://senbon-nishijin.com より。
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by Mikio_Motegi | 2009-08-08 22:40 | 京都・紀行

着衣水泳講習を体験

「着衣水泳(ちゃくいすいえい)講習」とは、普段着のままプールで
泳ぐ講習のこと。
河川や海などに落ちたり災害等に水難に遭った際、当然人は普段着を
着ている。そういった非常時に備え、水着と普段着とでは水の中での
状態がどう違うかを体感し、同時に水難に遭った際の究明方法を学ぶ為の
講習会だ。

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講習場所は娘たちが通っている京都・北山の「ナカジマ・
スイミングスクール」。
この日の1時間ほどのセッションで講習会に参加し、実際に着衣水泳を
体験した大人は私だけだった。他の期日では数名いたとのこと。

実はヨーロッパ、特にイギリスやオランダで着衣水泳は競泳以上に重要視され、
学校教育でのカリキュラムに組み込まれている。
これらの国々は運河や水路が発達していて、水難事故への備えが古くから
徹底している事が大きな理由だ。
ところが四方を海に囲まれ急流が多いにも拘らず、わが国での着衣水泳
の認知度はあまり高くないようだ。

ちなみに統計では、日本の全事故死亡件数のうち「溺死」は毎年
5000名以上に上り、人口10万人当たりの死亡率として2.7%になる。
ところが着衣水泳の認知度が高いヨーロッパ諸国での同じ統計では、
イギリスが0.5%、オランダが0.7%、アメリカでも1.6%に過ぎないという。
ちなみにタイは5.5%、フィリピンは5.9%。(厚生労働省 国民衛生の動向より)

この数値が一体何を意味するのかは、自明ではないだろうか。

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水に落ちた際、まず大事なのは仰向きで浮かぶ「ラッコ泳ぎ」の体勢を
確保すること。
身体を浮かせ故宮を確保しつつ体力の消耗を防ぎ、救助を待つのだ。
ちなみにクロールでは全く泳げない。普段着が水に濡れると大気中での体重は
20%はアップするという。つまりクロールで腕を上げようとしても、袖の部分が
重くて上がらない。泳ぐ必要がある時は平泳ぎがベター。

また動きやすくする為だからといって、水中で服を脱ぐことはまず不可能。
むしろ体温を逃がさない為、服を着ていたほうが良い。
また化学繊維の布は空気を逃がさないので、浮き輪代わりにもなる。
靴も脱がない。特にウレタンが使われているスポーツシューズは、素材
自体に浮力がある為だ。

逆に落ちた人を助ける為に水に入るときは、服を脱いだ方が良い。
また重要なことだが、救命の為とはいえ背の立たない水に入ることは厳禁。
むしろペットボトルやポリ袋を投げてあげるべき。
1リットルのペットボトル、1枚のポリ袋で私のような大人でも充分浮力を
確保できる。

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日本では落ちた人を助けようと水に入り、二重・三重の遭難事故が起きる
ケースが後を絶たない。
確かに勇敢で立派な行為だが、特殊な訓練を受けていないと背の立たない
所で人命救助するのは、相手が子供であっても至難の業だ。

ところがヨーロッパでは水に落ちた人を見つけたら、身近にある浮力の
あるもの、上記のペットボトルやポリ袋の他、バケツやサッカーボール等を
投げ込むことを学校教育で教えている。
これをもって日本とヨーロッパの人生観の差、とするのは言いすぎだろうか。


写真は上がBaywatch より。10年程前に大人気を博したアメリカの
TVシリーズ。レスキュー隊員はこのようなポリウレタン製のフロートを
必ず所持し、人命救助に当たる。

中と下は講習風景。下の写真は中くらいの容量のポリ袋をお腹のあたりで
抱え、ラッコ泳ぎする私。
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by Mikio_Motegi | 2009-07-28 22:05 | 京都・紀行

京都の祭り

日本三大祭のひとつ、京都・祇園祭はハイライトである「山鉾巡行」が
一昨日無事に終わった。今年も例年通り40万人近い人出だったようだ。

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私のような関東地方出身の者にとって、祭りとはその年の収穫・五穀豊穣
を感謝し無病息災を祈願する、農耕に密着した秋の「収穫祭」をイメージする。
1年の辛い労働を終え、いわばお祝いのような解放感に溢れた、心が
うきうきするものだ。当然「無礼講」的な行為も行われ、泥酔、暴力、
乱痴気騒ぎ、フリーXXX等々のエクストラバガンザが繰り広げられる。
かくいう私の初XXXも高校時代の地元のお祭りの時で・・・、いや、
話題がそれた。

一方1000年以上の歴史のある京都の祇園祭は、元々は
「御霊会(ごりょうえ)」という、一種の厄払いの儀式であった。
御霊とはミタマのことで、平安時代に殺されたり無実の罪で死刑に
なったりした人の霊は怨霊(おんりょう)になったとされた。
その頃の疫病の大流行や天変地異はすべて御霊の所業と考えられていて、
御霊を鎮撫する儀式が祇園祭の起源のようだ。

実は祇園祭りのようなメジャーなものだけでなく、我が家の氏神である
玄武神社や今宮神社の例大祭であり「京都三大奇祭」のひとつである
「やすらい祭り」も、また同じく北区にある上御霊神社の「御霊祭」も
同じく御霊会が起源だ。

いずれにせよどれも怨霊の怒りを鎮める祭りなので、様式が整い全てに
意味がある。そう言われてみれば祭りを盛り立てる「コンチキチン」
の音色も、やすらい祭りの「カンコ」と呼ばれるお囃子もどこか神秘的だ。

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だとすると、人々が京都の祭に異形なものを感じ、それを慕って毎年
全国から観光客が集まってくるという構図も納得がいく。

逆に、私の周囲の生粋の京都っ子で、毎年神田祭やねぶた祭を
見に出かけて行く、という人の話も聞かない。
ちなみに京都っ子の家内は私の実家の群馬県の桐生祭に、
「何か変なお祭やね」という感想を持っているようだ。
彼女らにとって「収穫・五穀豊穣祈願」のお祭りというのは、今ひとつ
馴染めないものらしいのだ。

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今月21日まで行われる下鴨神社の「みたらし祭」でも「足漬けの神事」
というけったいな行事がある。
また五山の送り火もあれは精霊送りだし、お盆に市内の辻々で行われる
「お地蔵さん」も起源は悲しい物語から来ている。

関東っ子である私が理解するには、まだまだ深遠すぎる京都の
諸行事の数々である。


写真は上から www.culinary-academy.com
www.rakutabi.com
www.kanda-isamikai.com より
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by Mikio_Motegi | 2009-07-19 14:11 | 京都・紀行

桐生の棟方志功

版画家の故棟方志功(むなかた しこう)といえば20世紀の日本美術界
を代表する大芸術家だ。
独特の作風と、「わだばゴッホになる」と言い切るほど苛烈な人生、
そして幼少時代に事故で殆ど失った視力を補う為、顔を殆ど版木に
くっつけるようにして作品に取り組む姿は幾度かドキュメンタリーで
放映され、また渥美清、片岡鶴太郎、劇団ひとり等主演でテレビドラマ化
されているのでご存知の方も多いだろう。

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その棟方の壁絵を見る機会に恵まれた。場所は私の郷里である群馬県
桐生市の「芭蕉(ばしょう)」という西洋料理店。
1953年に縁あって桐生に投宿していた当時全盛期の棟方は、
芭蕉の主人であり且つ芸術愛好家としても地元で有名だった
小池魚心(こいけ ぎょしん)氏と意気投合。
当時「馬小屋」という愛称もあった芭蕉に、馬をモチーフにした壁画を
描いて見せた。
作品は幅3メートル、縦2メートル近くの大きなもの。が、作品の出来に
不満だった魚心氏は、完成翌日になんとこの絵ごと壁全体を漆喰
(しっくい)で塗り固め覆ってしまう。

私はこのエピソードは、魚心氏と遠縁にあたり且つ交遊のあった私の
亡父から聞かされて知っていた。
ところがこの幻の作品が、魚心氏の子息である現店主の英断で漆喰を
剥がし、50年ぶりに現代に蘇ったのである。

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芭蕉のある「糸屋通り」は、当時隆盛を誇った桐生の織物産業の
栄華を偲ばせる。
また芭蕉の佇まいは昔から独特で、店内は今も変わらず超レトロ
な民芸調。両親に連れられ子供の頃は何度も通った私としては、多分
30年ぶり
の再訪であった。

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作品の私の評価は・・・良くわかんね(桐生弁)。
店内が暗いのと、ビールを飲んで酔っ払っていたので。
でもこうして撮った写真を改めて眺めると、なんだかシャガールの絵
みたいでもある。
棟方らしくなく、芭蕉の民芸調な雰囲気にも合わない作品の
完成を目の当たりにした際の魚心さんの心象たるや、いかばかり
だっただろう。

写真は上から棟方の代表作の一つ「門世の柵」。「はてなキーワード」より。
中2枚が「芭蕉」。
下が今回蘇った作品。
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by Mikio_Motegi | 2009-06-14 22:44 | 京都・紀行

朽木(くつき)の旅

世間並みにETCを装着したのを機に、GW中に北陸自動車道を福井方面に
ドライブで出かける計画を立てた。
が、高速道路や観光地の大渋滞のニュースにやる気を無くし、市内から
1時間ほどの朽木(くつき)で遊ぶことでお茶を濁すことになった。

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休日のETC装着車だけを対象にした2年間の期限付きの特別料金制度だが、
経済波及効果について私は大いに疑問だ。

高速道路は経済の大動脈である。設備投資や新規開発に伴う活発な物流や
人の往来が経済活性化の大きなファクターである事は言うまでもない。
その大動脈の血流を盛んにする為には、今回のような中途半端な制限を
設けず、平日・休日や車種を問わず全車両を対象に高速道路料金を
値下げすべきではないだろうか。
もともと日本の高速料金は各国に比べ異常に高いのだ。

また、車を持たないお年寄りや持ちたくても持てない人、最近増大傾向に
あるという車に興味を示さない人、平日しか休みが取れない人々にとっては
関係のないあまりに不公平な施策だ。
もっと言えば、何でわざわざETC装着車に対象を絞る必要があるのか?
ETC普及に対する行政の恣意的な姿勢が見え隠れするような気がして
ならない。
どうも「高速道路」が絡むと胡散臭いことが多い。

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さて朽木は滋賀県西部、京都から1時間ほどにある安曇川(あどがわ)沿いの
村。かつて若狭の小浜で獲れたサバを、腐らないうちに京都に運ぶ「鯖街道」
に面している。

ここでは、家内と子供達にとっては初体験の釣り(もっとも釣堀)に挑み、
イワナとアマゴ(ヤマメ)を20匹も釣り上げた。
「釣り針外し」役の私は大忙し。
その後温浴施設で露天風呂に浸り、近くの宝牧場で牛舎を見学、手作り
アイスクリームとバームクーヘンに舌鼓を打つ。

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安曇川から湖西(琵琶湖の西)地方を抜けて161号線を通り帰路へ。
この地方は近江米で有名な米どころだが、既に田植えがはじまっている。
ところが暫く走ってから161号線が大渋滞している事に気付き、朽木に戻る
林道を探すことに。
これが冬季は閉鎖される、ナビにも示されない道路なので道に迷い、
四苦八苦する。

ETCを装着して初めてのドライブなのに、高速道路にも乗らずこんな林道で
苦労しているのも様にならない。
ただ偶然、「日本の棚田百選」にも選ばれている高島市の棚田を見つける。
田植えを終えたばかりの日本の原風景に親しみ、何だか得をした気分に。

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それにしても京都市内に流入する遠方の他府県ナンバーの多いことには
驚かされる。
さっそく子供達と地域を諳んじて、即席の地理の勉強。
北九州、島根、岐阜、横浜、福島等は名称と場所が直ぐに一致するが、
なにわ、三河、湘南、練馬、大宮、野田等になってくると、家内をはじめ地理に
疎い女性陣にはさっぱりわからない。
家族で唯一地理に明るい私は、おかげで父親としての沽券を取り戻すことに
なる。

もっとも市内からは一本道の朽木に向かうのにも私はナビを設定せねば
到着がおぼつかず、家族に呆れられているのだが。

写真は上から日経新聞のニュースより拝借。
2枚目は釣り針外しに懸命な私。
3枚目は朽木の「宝牧場」の牛舎にて、搾乳中の牛さん。
下は高島の棚田風景。滋賀県のHPより拝借。
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by Mikio_Motegi | 2009-05-05 22:13 | 京都・紀行
家の近所に最近オープンした古本屋さんで、「ブロードウェイの天使」
という短編集を見つけた。(ディモン・ラニアン作 加島祥造訳)
新潮文庫1988年の第4版で定価360円のところ、この書店では
1000円の高値がついている。
若い店主に理由を聞くと、この本は既に絶版になっており、加えて
ミュージカル「ガイズ・アンド・ドールズ」の原作本として斯界では人気
が高いそうだ。

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「ガイズ・アンド・ドールズ」”Guys & Dolls”は「ブロードウェイの
天使」に納められている「ミス・サラ・ブラウンのロマンス」と「血圧」
という短編をベースにして脚色されたラブ・コメディ。

禁酒法時代のニューヨークでブロードウェイにたむろする賭博師たち
と、キャバレーのショー・ガール、救世軍のお堅い女性という2組の
カップルが中心で物語が繰り広げられる。

1950年にブロードウェイで初演され爆発的にヒットし、4年間
計1200回もロングラン上演された作品だ。
トニー賞の各部門を総なめし、1992年のリバイバル版では
「ベスト・リバイバル賞」を受賞している。
現在でもブロードウェイでも指折りの、いかにもアメリカらしい屈託
の無いどたばたコメディ作品として人気が高い。

1955年の映画版ではマーロン・ブランドが主演した。
日本でも宝塚歌劇団が1993年に大地真央主演で上演、大人気を
呼んだ。

実は私も15年前にNYCのブロードウェイでこのリバイバル版を観劇
した、思い出の作品でもある。
もっとも現地で急に思いついて、宿泊していたインターコンチの
コンシェルジュに無理やり頼んでチケットを確保してもらったので、
何の予備知識も無いまま観劇してしまった。
よってあらすじはともかく、時代背景やセリフの細かいニュアンスなどが
分からなかったので、今ひとつ消化不良だった記憶がある。

ただ主役ショーガールを演じる女優の圧倒的な声量とソプラノの
美しさ、キャバレーでのシーンやアンサンブルによるダンスは圧巻で、
今でも強烈な印象に残っている。

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この本のタイトルにもなっている「ブロードウェイの天使」は、いつもは
金に貪欲なノミ屋の「ベソ公」が、ひょんなことから4才にもならない
天使のような娘「マーキー」を養育することになり、父親代理として
人間的に成長していく物語。
マーキーはブロードウェイの賭博師やギャング、売れない俳優から
「天使」と名づけられるほど愛されるが、やがて悲劇がマーキーと
「ベソ公」を襲う・・・というお話。

他にも酔っ払いのウィルバーが気ままな黒猫に翻弄される「リリアン」、
傷ついた殺し屋と、これも片目を失ったのら猫の復讐劇
「片目のジャニー」等佳品ぞろい。

加島祥造の翻訳はニューヨークのスラングを、テンポの良い
べらんめい調言葉に置き換えており、よくこなれていて読みやすい。
同氏は雑誌「サライ」の本年4月15日号からコラムを書いているので、
興味のある方はどうぞ。

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写真は上から同文庫本。繰り返すが絶版なので普通の書店での入手
は困難だ。
中は"Guys & ・・・"のHPより。本年3月からブロードウェイで
再リバイバルされている。
下はタイムズ・スクエアの風景。www.davidmacd.com より。
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by Mikio_Motegi | 2009-04-26 11:38 | 京都・紀行

比叡山延暦寺

先日京都に来た実家の母の希望を入れて、家族で比叡山延暦寺に
出かけた。
私は山頂付近にある「ロテル・ド・比叡」というオーベルジュには数回
足を運んだ経験があるが、延暦寺を参拝するのは初めてだ。

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京都生まれの家内は、子供の頃は祖母に連れられ正月に参拝するのが
年中行事だったという。

延暦寺は京都の北東(古来『鬼門』の方角とされてきた)に位置する
標高848メートルの比叡山一体を境内とする天台宗の総本山。
平安時代に「伝教大師」と呼ばれた最澄によって開山された・・・ここまでは
確か中学か高校の教科書に載っていた筈。

下界の市内では桜が満開だったが、つい2週間前の3月下旬まで夜間は
氷点下まで気温が下がったという比叡山。寒い。
参拝受付を過ぎると、中は非常に整備された道のりが続く。
本堂を経てお目当ての根本中堂(こんぽんちゅうどう)までは、80才を
過ぎた母の脚にも大した負担は無く辿り着ける。

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根本中堂は延暦寺発祥の地で、最澄が建立したもの。織田信長により
焼け落ちたが、後に徳川家光により再建され、現在は国宝に指定されている。
内部(内陣)は我々参拝者が入れる外陣より3メートル程低く、見下ろす構造。

内陣には3基の厨子が置かれ、中央には薬師如来立像が安置されている。
ちなみに我々の手の四番目の指を何故「薬指」と呼ぶかというと、薬師様が
薬を施す際に使用する指だからとか。

灯篭には最澄の時代から現在まで絶やすことなく灯り続ける「不滅の法灯」が
灯されている。この火は信長の焼き討ちで一時途絶えたとされていたが、
山形県の立石寺に分灯されてあることを発見し、それを移したので結局
絶えた事にはなっていない由。

内陣は薄暗く、法灯のかすかな明かりに照らされた部分しか見えない。
下界は春爛漫だというのに、ここでは吐く息が真っ白だ。
が、1200年以上絶えることなく灯される火に象徴される比叡山の僧侶達の
意思、「千日回峰(せんにちかいほう)」に代表される数々の難行、そして
時の権力と密接に関ってきた伝統を思うと、自然と襟元を正す姿勢になって
しまう自分に気付く。
何となればここは法然、親鸞、栄西、道元、日蓮といった仏教界の巨人が
修行した「日本仏教の母」とも称される大寺院なのだ。

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私も京都市内の寺院は随分訪れたが、ここほど「荘厳」「霊気」「神秘」といった
語句がピッタリの空間は無いと言える。
延べ数十万人の僧侶達が難行に耐え抜き、悟った何かがここには現存する。

かといって、敷居を狭めているわけではない。年寄りでも子供でも受け付ける
間口の広さも併せ持っている。
多分広大な墓地を所有し、’且つ各界から莫大なお布施が落ちるのだろう。
「観光寺院」のあざとさは微塵も感じられない。食堂、喫茶、お土産物屋の
店員さん達の応対も親切で嬉しい。
総合力で日本一、ニを争う寺院といえる。さすが比叡山延暦寺。

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写真は上からWikipediaの「比叡山」より拝借。
     根本中道の外観。
     JR東海「そうだ、京都、行こう」のキャンペーンにて撮影された
    根本中道の内陣。
     根本中道の渡り廊下。

     ↓ はおまけショット。五条辺りの高瀬川にかかる桜。花びらが散り、
     川の水面を彩っている。 

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by Mikio_Motegi | 2009-04-11 18:30 | 京都・紀行
先日、長女の十三参りに行って来た。場所は全国の十三参りのメッカ、
嵐山の法輪寺。

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十三参りは数え年13才になった子供が英知を授かる為、知恵の神様で
ある虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)に参詣する行事。
生まれも育ちも関東の私には全く馴染みが無い行事だが、関西では
こちらの方が七五三よりよっぽど重要とのこと。

嵐山の渡月橋を渡り、桂川沿いに100メートル程下ったところに
法輪寺の山門がある。先ほどまでの嵐山周辺の喧騒が嘘の様な
荘厳な雰囲気だ。

長い石段を上ると直ぐに本殿。
参拝する子供は社務所で自分の好みの漢字一文字を用紙に
毛筆で書き、祈祷時に祭壇に捧げる。
僧侶による祈祷が終わると短い法話があり、お守り、お供物の菓子、
お箸をお土産として頂く。
祈祷を受けた子供はこの後最初に頂く食事にこの箸を使用する。
お守りは勉強机と通学用の鞄に一つずつ。

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京都の小学6年生の子供達を注意して観察すると、殆どがこの
お守りを鞄に着用していることに気付くだろう。
また法輪寺も、その名称より「十三参りのお寺」の方がよっぽど京都
では馴染み深い。
この時期に着物を着た子供が保護者と一緒にタクシーに乗り込めば、
行き先を告げずともタクシーは法輪寺に連れて行くともいう。
十三参りは、かように京都市民に密接に関った行事なのである。

ここで話題に必ず上るのが参拝の帰路。
渡月橋を渡りきるまでは祈祷を受けた子供は振り返ってはいけない
ことになっている。
ここで後ろを振り返ると、折角授かった知恵が落ちてしまうという言い伝え
があるからだ。
ところがそれを知っている付き添いの家族達がわざと後ろから囃し立て
子供の気を惹き振り返らせようとする。
子供はそれに必死に耐え無事橋を渡り終えられるかどうかが、事情を
知る地元見物客の楽しみでもあるのだ。

実は長い渡月橋を渡りきる必要は無く、実際は法輪寺の山門付近の
橋げた3-4メートル程の太鼓橋を振り向かずに渡れば良いだけ、というのが
真相で、私達はそれを寺人から直接伺って確かめた。

今ひとつこの言い伝えがシリアスなものかどうかわからない関東育ちの
私は、家の中でいらぬ波風を立てないため、ことさらに娘を振り返らせようと
囃し立てたりもせず、先頭を歩く。
元々クールな性格の京都育ちの家内は、同じく平常通りに静々と
長女の後から太鼓橋を渡る。

ところがそこに一陣の風。この日は殊更に寒く、且つ日も傾いていた。
寒そうに身をこごめる長女を気遣い、家内が背後から
「ショール、掛ける?」
と声をかけると、長女は反射的に
「ううん、後でええわ」と答え、思わず家内に向かい振り向いてしまった。

「あー!」と気がついた時にはもう遅い。
かくして我が家の長女はたった3メートルの太鼓橋でさえ無事に渡る事も
できず、折角授かった英知も家族の大爆笑と共に嵐山の露と消えたので
あった。

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写真は上から法輪寺の石段を上がる家内と長女。
中は渡月橋から法輪寺の宝塔を望む。
この素晴らしいショットは
http://blogs.yahoo.co.jp/masatake_ko/30865458.html
より拝借。
下は法輪寺から見渡す京都市中。遠くに比叡山が見える。
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by Mikio_Motegi | 2009-03-31 22:56 | 京都・紀行
京都コンベンションビューロー主催、京都府、京都市、京都商工会議所共催
で「集客産業フォーラム」が1月26日(月)に行われた。
会場は京都御所の烏丸通りを挟んで西側にある「金剛能楽堂(こんごう
のうがくどう)」。文字通りお能の金剛流の本拠地。
私はACCJの仲間に誘われ参加した。

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こんなユニークなロケーションでこのようなフォーラムを開催できるところ
も京都の強みだろう。

第1部基調講演は横浜市副市長の野田由美子氏。
対談形式の第2部に京都市副市長の細見芳郎氏が加わり、第3部の
討論会はJTB/GMT営業推進部長の大熊義孝氏と地元ハイアット・
リージェンシー京都の横山健一郎総支配人。
そして全体のコーディネーターに元JNTOの安田彰氏という顔ぶれ。

野田さんはバンカメ、長銀、PWCアドバザリー等で活躍した民間出身。
PFI(Project Finance Initiative / 民間資金の公共事業活用)を日本で
提唱・導入した斯界の第1人者だ。
氏はヨコハマのアーバンリゾートとしての観光・コンベンション戦略を明快
に説明してくれた。
いまやヨコハマの代名詞ともなった「みなとみらい」地区は、まだパシフィコ
とインターコンチ以外は草しか生えていない頃から私が毎日通った場所
なので、今の隆盛が感慨深い。

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JTBの大熊部長は、アメリカの旅行業界からの視点で日本という極東の
デスティネーションを認知させる難しさを説いた。
東海岸・西海岸以外の中央部の、特に旅行関連企業の盛んな地区では
カリブやヨーロッパ等のアメリカ好みの地域以外は、日本であっても一般的
に知名度が低いという興味深い内容。

ハイアットの横山GMは京都の1ホテルとしての外国人取り込みを外資系
らしい分析で説明した。
個人的には横山氏のプレゼン手法や内容が、私のかつて経験したホテルの
それと大変似ていたせいもあり、懐かしく感じた。

京都市の細見副市長も元宝酒造の民間出身。マーケティング屋さん
らしい語り口に会場は何度も沸きかえった。
JNTO出身の安田氏も、ご自身が力を入れてきた事業ということもあり、
「こだわり」を感じさせる采配ぶり。

フォーラム後のホテルガーデンパレスでの懇親会で、懐かしい顔と
再会した。
元JTBアジア室総支配人の別所峻さんだ。別所さんご夫妻と私たち
夫婦は昔から何かと縁が深く、ジャカルタやシンガポールなどで大変
お世話になっている。
現在は(株)ジェイコムというJTBグループのPCO
(Professional Convention Organizer)の要職にあるが、奇遇にも
そのジェイコムは家内がかつて勤めていた会社だ。

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またパネリストの一人であるJTBの大熊部長も、話し込むうちに私が
新卒後勤務した東京の芝パークホテルの上司達を良くご存知ということに
気付き、「世間は狭い」ことを再認識した一夜だった。

今回のパネリスト達に共通しているのは、過去の事例・現状の分析のみ
ならず、「どう取り組んでいるか」「どのようなビジョンを描いているか」という
未来志向であること。これは非常に重要なことだ。

とにかくこのような機会を設けてくれた主催・共催諸団体には率直に
感謝したい。
懇親会のビュッフェも美味しかった。

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ちなみにハイアットの横山GMも、私が嘗て勤務したマレーシア・ペナン島
のシャングリ・ラ ラサ・サヤンリゾートの私の3代前の日本人マネージャ
という先輩に当たる人である。

ひとつだけ残念だったのは、パネリストの皆さんの繰り出す専門用語が
一般の参加者にはやや難解で退屈だったようで、後半に多くの人が
途中退席してしまったこと。
参加者を業界関係者に絞るとか、或いは逆に一般向けに内容をもっと平明な
ものにすれば良かったかも知れない。

写真は上から金剛能楽堂内部 (京都精華大のHPより)
野田由美子氏(ヨコハマ経済新聞 www.hamakei.com より)
ガーデンパレスで挨拶をする来賓の門川大作京都市長、
能楽堂の内庭、及び内部。
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by Mikio_Motegi | 2009-01-27 23:04 | 京都・紀行

京都のイメージ

「東京発の京都のイメージが、一般の日本人の持つ京都に対するイメージ」

・・・これは先日京都商工会議所で行われた「東アジアにおける京都ブランド
調査報告会」とその後のパネルディスカッションでの、同志社大学大学院
ビジネス研究科の林廣茂教授の言葉。
テーマは、各国主要都市における京都のブランド・イメージを把握し、観光
マーケティングのための京都発信に役立てるものである。

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林教授は限られた時間内で密度の濃い調査分析をしてくれて、「外国に
多言語(英語・中国語・ハングル他)でもっと京都を発信すべき」と提言した。

将に私の先月のブログ「時代祭りを歩く」でも指摘したことだ。
が、このような席で教授が改めて提言しなくてはならないという事実が、
この問題の難しさを雄弁に語っている。

またパネリストの一人、大和(たいわ)学園学園長の田中誠二氏は独特の
切り口で「時間をかけてアジアや欧米の富裕層にリピーターとして来て
もらえる街づくりが必要」と訴えた。
従来の「千客万来」の発想を捨て、「より多く消費をするお客にもっと
フォーカスしよう」というものだ。

氏によると、現状の京都への「入洛(にゅうらく)」客は国内や東アジアの
パッケージツアーで来る観光客が殆どで、週末の短期滞在型ばかり。
これでは宿泊施設不足や深刻な交通渋滞が解消しない。
また近未来の少子化が進むと、このままでは入洛客の激減が予想される、
としていた。

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私のように京都生まれでない、京都以外の都市について多少知識のある
者にとって非常に分かりやすく、かつ共感できる発言だった。

ところが他のパネリストと、会場参加者からの発言には首を傾げざるを
得なかった。

あるホテル経営者は「ホテル宿泊客の外国人比率が20%を越えると、
云々かんぬん」と、外国人を受け入れたくないとも捉えられそうなネガティブ
発言を繰り返す。

別の観光関連業者は「かつては中国人や韓国人が旅館に泊まると、
マナーの悪さに辟易する」、という友人の旅館経営者のエピソードを
とうとうと述べた。

また会場参加者からは「外国人が京都に増えると治安の悪化が心配」
という発言。

この方達は、かつて日本人がパリやミラノの高級ブティックに旗を持った
団体で押し寄せて、「エコノミック・アニマル」とさげすまれ世界中の
メディアからの顰蹙を買った事などご存じないようだ。

共通しているのは、イメージのみで外国人増加の是非を語り、理論的な
裏付けと「ではどうすべきか」という具体的な提案の無い非建設的な意見の
持ち主であること。

そして私が絶望的になるのは、こういうネガティブ人間が
京都商工会議所を代表する地位にいる人々である、という事実だ。

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折りしも京都は観光シーズンたけなわ。
私の家の近くの大徳寺や、市バス、地下鉄も多くの外国人客で
賑わっている。

彼らが紅葉を愛で、寺院や町並みの風情に見入る姿を触れると、
私はこういう光景がいつまでも存続する京都であって欲しい、と願わずに
いられない。

写真は上から林教授(教授のホームページより)
大和学園のロゴマーク、「京都観光文化検定」テキストの表紙。
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by Mikio_Motegi | 2008-11-22 21:35 | 京都・紀行