ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

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9月28日(金)の夜、横浜と東京ベイのインターコンチネンタルホテル
のOB・OGが初めて一同に会する機会があった。
両ホテルの総支配人を勤めた田中勝さんの肝いりで、幹事は
ロイヤルパークホテル東京の渡辺行伴さんと高野則之君。
場所は横浜の元宴会料理長の鬼原(きはら)さんが昨年開業した
銀座の「サンカント・ヌフ」 http://r.gnavi.co.jp/b708700/

「サンカント・ヌフ」は銀座・松屋裏にある。鬼原さんの奥様のご実家の
「伊勢半」という呉服屋さんが所有するビルの地下だ。
お店の名前はフランス語で「59」の意味。鬼原さんが1959年生まれ、
ということに由来がある。私と同い年である。
場所は上記URLをクリックすればロケーション・マップのウィンドウが開く。

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ハッキリ言って期待していた以上に面白かった。
30数人が集まったが、懐かしい顔ぶれに皆料理に手を出すのも忘れ
おしゃべりに没頭した。
後で気がついたのだが、皆あまりインターコンチ現役時代の思い出話
にふけることもなく、お互いの近況や勤める仕事の内容、或いは
業界情報の話題が多かったようだ。

OB会というと年寄りを中心に現役時代の思い出話に終始する、
という印象がある。
しかし今回の雰囲気の理由は、まだインターコンチネンタルホテルの
1号店が横浜にオープンしてから16年しか経っておらず、OBといっても
年齢が比較的若いという事。
それと予め出席者を人選し、将来のネットワーク構築にお互い役立てる
集まりにしたいという田中勝さんの意図が大きかったから、と推測する。
そういうわけで「OB・OG有志の会」とでも表現した方がより的確だろうか。

興味深かったのは出席した30名の現在の職種。
他ホテルに転職したものが13名と最も多いのは当然だろうが、次に
多いのがコンサルタント・ファームに就職したりファームを起業した者。
私を含め7名もいた。コンサルタントってそんなに儲かるのかな?

他に鬼原さんのようなレストラン業界にいる者3名、全くの異業種に
転職した者5名。(後の2名は思い出せない)
この辺りに田中さんの人選の意図が伺えた。

繰り返すが一般に会社のOB・OG会というと、何年経っても現役時代の
ヒエラルキーのまま、話題も昔の武勇伝?に終始するという、「馴れ合い」
のイメージが強い。
私が最も「くだらねえ」と思う唾棄すべき集まりだ。
しかし今回のようなある意図の下で人選されたOB・OGというのは、
そこに集うこと自体に意義があり、「選ばれている」という緊張感がある。
これは多分出席した殆どの人が感じている筈だ。
それが今回の集まりを「面白かった」と率直に感じることができた最大の
理由だと思う。

もちろん会を重ねるごとに目的や雰囲気は変わるだろうし、メンバーも
変わるだろう。そして「意図」に反発して離れていく人もいるはずだ。
それはそれで仕方の無いこと、というかそうやって発展・変貌して行けば
良いと思う。

もっとも当初その「意図」を全く理解せず、参加予定者リストを事前に聞いて
「女子(おなご)が少ない、何故だ!?もっと呼べ!」と幹事に文句をつけ、
逆にたしなめられた不貞の輩が約1名、京都方面にいたことも記して
おくべきだろう。

写真はお店と鬼原さんのイメージ写真。上記URLより。
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by Mikio_Motegi | 2007-09-30 09:04 | 人材・ホテル

Audi A4

新車を購入した。アウディのA4 Avant(ワゴン) 1800ccターボ、
である。
2年前に知人から譲り受けたBMWが1991年型で、走行距離が15万
キロを超えた。来月は車検の時期。
エンジンは快調だが流石に至るところに「ガタ」がきている。
特にサスペンションが甘くなっていて、知り合いの車検工場に査定して
もらったところ、部品交換その他で車検をクリアするのに4-50万円近く
かかるとのこと。
その他ゴム部分の劣化、表面のさび、炎天下でも走行しないとエアコンを
点けられない、走行中の不規則音(これがやかましい)、右後部ドアが
開かない!等の問題が山積していた。
娘達はせっかくのBMW(ビーエムダブリュー)をボロエムダブリュー、
とあだ名をつける始末。

私は元来あまり車には強い興味を持つ方ではなかった。
マレーシア・ペナン島滞在中は現地生産の「プロトン」という、三菱ランサー
のマレーシア・モデルを通勤に使っていた。
が、運転をするのにしばしば飽きて、地元のスタッフも乗らない
ローカルバスでラササヤンまで通い、彼らに呆れられたほどである。

そんな私でも、BMWは好きな車だった。
高速運転時の直列6気筒の「クオー」というくぐもったエンジン音、迫力ある
フロントグリルに私は魅せられた。

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さて新車を購入する際の目安となったのは、車のステータスと車体剛性
である。
私も家内も運転が横着なので、できれば私たちの車が後ろについたら
前の車のドライバーが避けたくなるようなフロントグリルとステータスが欲しい。
もちろん京都に来たVIPを接待する為、あまり変な車には乗れないという
仕事上の都合もある。
またもし不慮の事故にあっても壊れない剛性。これは私の仕事が自営で
文字通り「身体が資本」の家業だからだ。

購入の際当然ローンを組むのだが、驚いたのは「バリューローン」の存在。
簡単にいうと3年後に車を再査定する際の金額を設定し、購入価格から
再査定価格を引いた差額のみをローンに組む、というファイナンスだ。
また決算月の9月ということで、ディーラーが積極的に値引きに応じてくれた。

結果、家内の友人で京都の名門調理学校の理事長夫人が推薦してくれた
「アウディジャパン販売(株) Audi京都中央」でアウディを購入することに
決めた。
良いディーラーの担当者と巡りあえたことと、上記の様々な理由で
思ったより好条件で。

さて新車の納車日の朝、私と娘達は炎天下にBMWを洗車した。
15万キロも走った車なので下取りはできない。廃車となり鉄くずとなるのだ。
実は車を買い換える時、私はこの時間が一番厭だ。
例え短い間でも行動を共にした相棒である。せめてねんごろに成仏して
もらえるよう、気持ちを込めて。
そんな私の気持ちを全く斟酌せず、娘達は以前テレビのクイズ番組で
やっていた、炎天下に車のボディに生卵を乗せると目玉焼きができるかどうか
という実験をボロエムダブリューでしたいと言い出し、
こっぴどく私に叱られたのだが。

写真上は昨年の11月に大徳寺前で撮ったBMW.
下は宝ヶ池の国際会議場前のアウディ。後ろは比叡山。
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by Mikio_Motegi | 2007-09-25 18:03 | ブレイク
「何の意味だ?」と思われるかもしれないタイトルだが、私の現在の
心境は将にこれである。

今年の8月から正式にメンバーになったACCJ/ The American
Chamber of Commerce in Japan (在日米国商工会議所)
が毎年10月に主催するチャリティ・イベント"Walk-A-Thon"
(ウォーク・ア・ソン という造語。走るマラソンではなく、歩きましょう、
の意味) の実行委員会に入ったのである。
 
ペナンの仇(かたき)を・・・とは、実は私はペナンのシャングリ・ラ・
ラササヤン・リゾート在任中、ペナンのジャパン・クラブで「ハウス部会」
という、ペナンの在留邦人のリクリエーション担当の副部長を
おおせつかっていた。が、年に一度の大イベントであるペナン州政府
との合同イベント「ペナン大花火大会」の開催を目前に控えて、私は
帰国を余儀なくされた、という経験があるのだ。

それまで「餅つき大会」「年始互礼会」「日本人墓地慰霊会」等の行事を
そつなくこなしていて、いよいよ花火大会という時期、大会の2ヶ月前に
私は帰国しなければならなくなった。
あの時の断腸の思い、悔しさ、皆への申し訳なさは未だに忘れられない。
だからペナンでは無理でも何とか別の形でチャリティ・イベントの役に
立ちたい、という思いが帰国して4年でやっと実現できそうである。

ペナンの方は、急な要請に快く私の後任を引き受けてくれた私の故郷の
先輩でもある石原彰太郎さんが、当日まで獅子奮迅の活躍で
大成功を収めてくれた。

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"Wak-A-Thon" の私の役割は、当日集まってくれる数十名の
ボランティアさんの配置、及びサポート係り。大変だがやりがいがあり
そうだ。

10月20日(土)午前10時から午後3時まで。場所は大阪城公園。
(大阪環状線 同駅下車)
秋空の下の国際交流イベント。参加者の70%が外国人というこの企画。
日頃の英語力を発揮したり、錆付いた英語に油を注いだり、美味しい
世界各国料理を楽しんだり、皆さん是非多数のご参加を!

ボランティアも募集しています。連絡は私まで。

写真は上が石原さん。http://www.tropicalresort.com.my
より。
下が今年のWalk-A-Thonのポスター。
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by Mikio_Motegi | 2007-09-21 15:39 | ブレイク
よく、良いホテリエは良いお客が育てる、と言われる。
私が「良い」ホテリエであるわけはないが、20年以上前の一人の
紳士との出会いが無ければ、私はこのホテリエ稼業を続けることに執着を
持てず、とっくに足を洗っていただろう。

その紳士の名は高木重雄、という。
彼は安宅産業で、同社を崩壊に追いやった石油・エネルギー部門の
総責任者で、元安宅アメリカの社長。
安宅崩壊を描いた故松本清張の「空の城」の主人公の実在のモデルに
なった人である。
ちなみの「空の城」はNHKで故和田勉プロデューサーにより「ザ・商社」
として1980年にドラマ化され、山崎努、故夏目雅子、先代片岡仁左衛門
出演で放映され大変な話題になった。

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私は当時勤務していたホテルで、全くの偶然で高木さんという人物を知る
ことができた。
彼は「B」という偽名を使ってそのホテルを利用していたので、私以外の
殆どのスタッフはBさんの素性について知らない。

高木さんがあの頃、ホテルでどんな活動をしていたか、元ホテリエとして
私はここに記すことはできない。
だが、あれだけの大事件、大騒動の張本人であるとされる高木さんは、
一介のホテルの現場スタッフにすぎない私たちにも実に真摯に向き合って
くれたのは事実である。

そのホテルは多くの地方財界の名士たちが顧客であり、皆それぞれ
気高く個性的だった。中でも個人で貿易業を営むとされていた高木さん
の存在は、その出自の不明さと醸し出す独特のオーラで群を抜いていた。

高木さんの、ホテルのスタッフが気を抜いたミスをしたときに怒鳴りつける
迫力は相当なもので、彼がロビーに姿を現したときはスタッフ全員に
緊張が走る。
もっとも手荷物を運んだりちょっとした頼まれ事に対してのチップの気前の
良さも群を抜いていた。

眼光あくまで鋭く、ネイティブ並みの流暢な英語(実際彼はネイティブだった)
いつも銀髪を綺麗になでつけ寸分なりともスキの無い身のこなし。
素性を知らなくても人間のオーラというものは伝わるもので、高木さんは
文字通りホテルのスタッフだれもが「畏敬」する顧客だった。

高木さんが張本人とされる安宅産業の崩壊で、その後の人生を大きく
狂わされた人々の数は膨大なものだ。
だから私は高木さんについて手放しで礼賛するつもりは無い。
ただ、少なくとも下位に位置する総合商社、安宅産業を上位に引き揚げるべく
「石油メジャー」「国際情勢」に全力で立ち向かい戦った彼が、
破れ傷ついた後も真剣に人生を全うしようとしていた、これは紛れも無い
事実である。

かように、メディアを通してしか知らなかった人物や事柄を、実像に
多少なりとも近づくことのできる商売。これがホテリエである。
現場を辞めて4年経つ私が、いまだにホテルにこだわり続ける理由
はここにある。
そういった人物や事象に対しミーハー的に接するか、或いは掘り下げて
観察し、多少なりとも自分の肥やしにし投影するかで、そのホテリエの
人生は決まると言ってもいいだろう。

私にとって高木さんとの出会いは僥倖(ぎょうこう)そのものであったように、
安宅コレクションも奇跡的に散逸を免れ、20数年たった今もその全貌を
私たちに見せてくれる。
コレクションの数奇な運命もまた、膨大な芸術品の価値を高める一助と
なっているのは事実だ。
これからも私は安宅コレクションの名を聞くたびに、高木さんという人物を
僅かでも知り得たホテリエとしての幸運を噛みしめる事になるだろう。

写真は上がNHKドラマ「ザ・商社」のDVDパッケージ。
下がコレクション所蔵の国宝「油滴天目茶碗(ゆてき てんもく じゃわん)」
秀吉に自害を命じられた豊臣秀次が所蔵していたことでも有名だ。
光線の当たり具合で、油滴と例えられた色調が微妙に変化する逸品である。

(追記) 安宅コレクションは本年10月13日から12月中旬まで、日本橋の
三井記念美術館でも展示される。
場所はマンダリン・オリエンタル東京のすぐ隣。ホテルに寄ったついでに
ご覧になってみるのも良いかと思う。

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by Mikio_Motegi | 2007-09-16 14:45 | 人材・ホテル
この項の「カテゴリ」を「人材・ホテル」とした理由はこの項の最後に記す。

大阪市の中之島にある、大阪市立東洋陶磁美術館をご存知だろうか?

1977年、かつて日本の十大総合商社の一つに数えられた安宅産業
株式会社が事実上の崩壊に追い込まれた。
その際、創業家出身で同社の取締役社賓(しゃひん)であった安宅英一氏
(1901-1994)が収集した約1000点に及ぶ美術品のコレクションが、
住友銀行を通して大阪市に寄贈、1982年に設立されたのが由来。
中国・朝鮮を中心としたの東洋陶磁器の世界有数の一大コレクションである。

「安宅英一の目-安宅コレクション」は美術館開館25周年を記念して
本年9月末まで開催される特別展で、所蔵の国宝2点、重要文化財12点を
はじめとする逸品の数々を展示している。

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私はこう見えても子供の頃から茶道が好きで、優れた陶磁器や絵画を
鑑賞するのが趣味だ。
特に8年間の海外生活を経て、日本や東洋の美術の素晴らしさを再認識
することができたのかもしれない。
この美術館には10年ぶりの再訪である。

出展されている殆どの作品がさすがに名品ぞろい。
どれもこれもが野球でいえばホームランバッター、サッカーでいえば
エースストライカーのような作品ばかりで、ほっと息をつく間もない。

だがこのブログは安宅コレクションの評価や、私の趣味について触れるもの
ではない。
そのかわり安宅産業の命運をかけて戦った或る企業戦士と、私との偶然の
関りについて、次項に記したいと思う。なんとなれば私が曲がりなりにも
25年間ホテル業界に関ってこられたのも、この人物のおかげと言っても
過言ではないからだ。                   
                                     (この項つづく)

写真は上が東洋陶磁美術館正面。下が今回のパンフレット。

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by Mikio_Motegi | 2007-09-09 22:20 | 人材・ホテル