ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

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国土交通省がタクシー事業への新たな参入を規制強化する方針を固め
たようで、来月開かれる交通政策審議会で正式に議題とする、との
新聞発表があった。

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中央省庁で1400人以上が供与を受けていたという事実が判明し、
マスコミや国会を賑している「居酒屋タクシー」のような問題が何故起こる
かというと、タクシー運転手の労働条件悪化とそれに伴う賃金の低下が
背景にある。
やや古いが国交省自動車交通局の賃金構造基本統計の数字を挙げて
みる:

年度    (1)      (2)     (3)     (4)     格差 

平成8  2484時間 2208時間 414万円 567万円 -153万円

平成15 2412時間 2184時間 315万円 548万円 -233万円

(1):タクシー運転手の年間労働時間
(2):全産業平均年間労働時間
(3):タクシー運転手平均年間賃金
(4):全産業平均年間賃金

私はタクシー運転手が知恵を絞り、深夜長距離乗車をしてくれる霞ヶ関
のお役人をターゲットにし、そのインセンティブにビールや僅かな金品
を渡すのは立派な営業促進活動だと思う。
寧ろ何もしないでただ客待ちだけをしているタクシー運転手が圧倒的に
多い中で、彼らの知恵と企業努力を賞賛したい。

もちろんお役人の倫理規定はあるだろうが、ただ頭ごなしにタクシー利用
は午前12時半以後とか、一ヶ月辺り何回までとかいう規制をするのは
拙速にすぎると思う。
深夜タクシーチケットの利用が減ったら、収入減になるのはお役人では
なく、上記のような賃金体系のタクシー運転手たちなのだ。

だいたいお役人の労働時間が長すぎるのもこの問題の背景にある。
お役人だって早く帰りたいのだ。もっと早く帰宅し翌日はフレッシュな頭で
重要な政策を立案・審議してもらわないと、困るのは我々国民なのだ。

ただ「早く帰れ」「タクシーは使うな」と文句を垂れる国会議員やマスコミは、
部下に対し「定時で帰れ」と言い残しさっさと帰宅する、そのくせスタッフの
増員や業務の効率化という基本構造に関心を示さない外資系ホテルの
外国人エグゼクティブと似たようなものだ、と言ったら言い過ぎだろうか?

写真は「タクシー・ドライバー」。
監督マーティン・スコセッシ、脚本ポール・シュレイダー、
出演ロバート・デ・ニーロ、ジョディ・フォスター他
1976年度カンヌ映画祭パルム・ドール受賞作品。
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by Mikio_Motegi | 2008-06-28 22:23 | 人材・ホテル

ミズノ大阪本社にて

北京オリンピックの水泳日本代表選手の着用する水着の騒動もようやく
沈静化したようだ。
ミズノ、デサント、アシックスの3社は日本水連との着用義務契約を放棄し、
選手達に水着選択の自由を与えた。
いわばSpeed社との製品開発競争に負けた形になったが、結果的に
度量の広さを示したわけで、世間も3社の姿勢に好意的なようだ。

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先日、そんな渦中のミズノ大阪本社にある「スポートロジー・ギャラリー」
に行ってきた。
ここは創業100年を迎えるミズノの製品の歴史、日本のオリンピック代表
との関り、そしてオリンピック大会そのものへの貢献の歴史を陳列している。

改めてミズノがいかに我々の生活に密着した製品を作ってきたかがわかる。
日本人の健康志向の高まり・定着とミズノは共に表裏一体を成してきたのだ。
野球・ゴルフ・サッカー・テニス・陸上・・・ミズノが提案してきた商品とその
広告はどれも懐かしく、かつ時代の先進をいくものだ。

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さてその一角に、野球選手の愛用しているグラブを陳列しているコーナー
がある。イチローや阪神の矢野、金本らのものに交じり、現ソフトバンク
の新垣渚(あらかき なぎさ)投手の黄色いグラブが目に付いた。
他の選手のグラブは好みやポジションに応じてデザインが変えてあったり、
サインが縫いこんである。
だが新垣のグラブだけは他と明らかに違う特徴がある。
新垣のグラブの手の甲の部分には「ナンクルナイサ」という言葉が黒い糸
で縫いつけてあるのだ。

「ナンクルナイサ」とは新垣の出身地である沖縄の方言で「何でもないよ」
「大丈夫だよ」という意味。

新垣は沖縄水産高校のエースとして甲子園に出場、将来性を大いに
買われ1998年のドラフトの目玉となった。
その際に入団交渉権を獲得したオリックスとの間で、18才の高校生が
経験するにしては酷すぎる事件に巻き込まれてしまう。
あくまで希望球団であるダイエーにこだわる新垣との入団交渉に失敗した
当時のオリックスのスカウトが、自宅で首吊り自殺を遂げてしまったのだ。
(事件の詳細についてはGoogleで「新垣渚」と検索すれば直ぐにヒットする
ので、ここでは割愛)

紆余曲折を経て4年後に希望するダイエー(現ソフトバンク)に入団、現在は
エースの一人として常勝球団を支えている。
新垣はマウンドの上でピンチを迎えた時、或いは辛い練習の合間に、この
グラブの「ナンクルナイサ」の文字を見つめるのだろう。
その時の心境、どんな思いでこの文字を見つめるのか、一度聞いてみたい
ものだ。

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写真は上から新垣のグラブ。「ナンクルナイサ」の文字が縫い付けてある。
中はミズノ大阪本社ビル。下は「スポートロジー・ギャラリー」
中と下はミズノのホームページより。
ミズノ大阪本社は大阪・南港にあり、「スポートロジー・ギャラリー」は
入場無料。
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by Mikio_Motegi | 2008-06-21 12:40 | サッカー、スポーツ
シンガポールに地元資本出資の The Coffee Connoisseur,
通称"tcc"というコーヒーショップ・チェーンがある。
2004年創業で既に29店舗を出店。拡大路線に突き進み、東南アジア
地域No.1のCS(顧客満足度)と規模を持つチェーンに育てようとしている。

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このチェーンのマーケティング担当VPのAbbey Chan(アビー チャン)
はうら若い香港出身の女性。イギリスの大学を出てシンガポールの超名門
”ラッフルズ・ホテル”のPR担当として活躍していたところをスカウトされ、
tccの初代マーケティングマネージャーになった。

彼女は毎年3月に東京で開催される「ホテル・レストランショー」にブース
を出店する為に来日する。そしてショーが終わると京都にやって来て
京都のカフェ事情を勉強していく。私は運転手兼ガイドとして、毎年
お世話させて頂いている。

京都は何を隠そう独特のカフェ文化が育つ街だ。
街中をほぼ50メートルも歩けば小さな喫茶店がある。それもドトールや
スタバではない、個人営業の昔ながらの喫茶店が。
学生、学者、商店主、引退したお年寄り。お店に入ると必ず常連客がいて、
カウンター越しに主人と世間話に興じてる。
一見さんには何となく入りづらい雰囲気だ。
ネルドリップ、サイフォンのどちらであれ、味は軽いアメリカンタイプでは
なく、しっかりとした味わいのフレンチタイプ。
関西では「フレッシュ」と呼ぶミルクがたっぷりと入っていることもある。

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アビーは京都のそんなカフェについて大変興味を持ち、且つトレンドを
追う為に毎年やってくる。私も彼女の期待に応えるべく、日頃から新しい
カフェの開拓に余念が無い。

今年は嵐山にある「嵐亭(らんてい)」、寺町で日本茶を量り売りする老舗の
「一保堂(いっぽうどう)」の中にある「嘉木(かぼく)」、烏丸鞍馬口の町屋を
改装した「・・・(店名忘れた)」、そして150種類のパフェ・メニューが売り物の
「からふね屋三条河原町本店」に案内する。

Abbeyはどこに行っても熱心に写真を撮り、メニューを写し、最低4種類
はコーヒーとデザートをオーダーし試食する。
そして思ったとおり「からふね屋」の「1万円パフェ」と150種類のパフェ・
メニューに最も興味を示した。
もしかしたらシンガポールのtccでも「150種類のパフェ」がメニューにのる日が
来るかもしれない。

150種類のメニュー構成は決して親切ではない。チョコ系、フルーツ系の
区別も無ければ、イチゴ、バナナ、メロン等で分類もされていない。
写真つきのパフェメニューが150種類、アトランダムに記載されている
のみである。
ここではメニューを眺め検討するのも楽しみのひとつ、と考えているの
だろう。面白い試みではある。

実は4年前、私はアビーに商売で大変助けられたことがある。
当時業務用のリネンや食器の貿易事業をしていた私だが、シロウト同然
のスタートだった為なかなか商売が無く困っていた。
そんなときに知人を介してアビーが、tccの新規店舗で使う日本製の
カトラリー(食器)とインテリア雑貨を私に注文してくれたのだ。
その時に稼いだ資金が、家族4人を抱える我が家の家計にどんなに
助かったことか。

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さてこれだけ食べ尽くしてもスリムな体型を保っているアビーだが、彼女に
付き合う私は大変だ。翌日は普段の倍以上走らないと体重を維持できない
のである。
しかしアビーという聡明でエネルギッシュ、そして魅惑的なビジネス・
ウーマンに時々こうして接することが、私にとってはかけがえの無い
モチベーションを維持する機会であるのだ。体重維持は大変だが。

写真は上が私とアビー。嵐山の嵐亭(らんてい)にて。
中がシンガポールのtcc、これはチャンギ空港店。
下がからふね屋のディスプレイと1万円パフェ。3日前までの予約が必要。
www.plaza.rakuten より。
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by Mikio_Motegi | 2008-06-14 16:16 | 東南アジア
カナダが生んだピアノの鬼才、グレン・グールド。
1932年トロント生まれ。1982年脳梗塞の為急逝。享年50才。

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「グールドさん、あなたの《ゴールドベルク変奏曲》のレコードは私の人生を
変えました」

これはディビット・ヤングの戯曲「グレン・グールド最後の旅」(1992年初演)
のなかで、ファンがグールドに呼びかけるシーン。
このセリフに共感を覚えるグールド・ファンは多いだろう。

グールドが1955年、22才の時にNYで録音したバッハの
「ゴールドベルク変奏曲」をもって、クラシック・ピアノ演奏史上最高傑作と
称える人は多い。
翌年発売されるや大変な話題を呼び、グールドはその天才的・独創的演奏
スタイルとアイドル的な容貌でたちまちクラシック界のスターになる。
欧米諸国で催された演奏会は常に超満員。
バーンスタインとはブラームスのピアノ協奏曲の解釈について対立し、
コンサート前に「私は彼の解釈に賛同しません。が、皆さんご安心を。
ミスター・グールドはちゃんとここにいます」とスピーチまでさせた事もあった。

ところが絶頂期の1964年、彼は突然一切のコンサート活動を止めてしまう。
様々な理由が取りざたされているが、彼の完璧主義が当時既に「帝王」
という名を欲しいままにしていたカラヤンに代表される「あざとさ」を求める
ファンの心理と相容れなかった、レコード録音の時間が欲しかった、
或いは単に飛行機が嫌いなだけだった等、喧伝された。

その後数々の意欲的な作品に挑み、作曲やラジオ・ドキュメンタリー作成にも
手を染めていたが、1981年、「ゴールドベルク変奏曲」に再挑戦する。
27年前は若さとほとばしる才能のまま、ドライブ感溢れる「ゴールドベルク」
を弾いたグールドだった。が49才になった彼の再録音は嘗てとは比べ物に
ならないほど精緻で崇高ささえ漂う力強いものである。

「・・・デジタル録音による新盤は賢者の深慮に基づく確固たる造型と技巧の
勝利であり、あらゆる音に奏者の意識が働いている、演奏の極地ともいえる」
(1982年 諸井誠 CDのライナー・ノーツより)
・・・ここまで褒められれば芸術家として嬉しくないわけはないだろうが、残念
なことにレコード発売の1ヵ月後に彼は急逝してしまう。

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今回のブログのタイトルの「実現できなかった事への猛烈な憧れ」とは、
音楽評論家の吉田秀和氏が、グールドが再録音に踏みきった際の心境
について語ったものだ。
私はこの言葉を聞き、自分には「実現できなかった事への猛烈な憧れ」を
原点とした行動があるのか、考えてしまった。
自分の今までの行動を省みると、失敗したり何かを無し得なかったりした事へ
の執念のようなもの、が随分と希薄になってきているような気がする。

グールドがそれを実現し、そして直後に急逝したのが彼が50才の時。
私も彼の年齢に刻々と近づいているのに。

明日6月8日は私たち家族が8年過ごした外国から帰国した記念日である。
早いもので帰国してもう丸5年になるが、天才グレン・グールドに少しでも
あやかりたくて、今回はこんな事をつらつらと書いた。

追記: 先日友人のオフィスにある大変高価なオーディオセットで聞いた
「ゴールドベルク」は、演奏の際のグールドの「鼻歌」や「ハミング」がクリアに
聞き取れる。我が家のミニコンポでは望むべくも無いので、ちょっと悔しい。
もっともピアノの音よりグールドの鼻歌の方が気になってしまい、音に
集中できないという負け惜しみも、少しだが成り立つ。
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by Mikio_Motegi | 2008-06-06 22:26 | ブレイク