ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

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年頭のブログで、「今年の目標はフルマラソンに初挑戦し、完走すること」
と書いた。しかし、完走は来春まで持ち越しになったことを報告します・・・。

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「走った距離は、裏切らない」・・・ああ、なんて素晴らしい言葉だろう。
私はこの言葉を信じ、今年1月から毎月100キロのロードワークをこなした。
体重も目標の8キロには届かなかったが、6キロ減。
全てが順調だった。

「スタートから25キロ付近まではスローペースをキープ。
脱落者が増えてくる30キロ付近からスピードを上げ、他人を追い越す
快楽をモチベーションに変えてフィニッシュまで行こう。
目標タイムは4時間40分!」
・・・だが当日のこの結果重視の作戦が裏目に出たのだ。

京都府北部の福知山市郊外を走る「福知山マラソン」は今年で18回を
数える。
参加者は一万人を超える西日本有数の大会だ(ちなみに東京マラソン
の参加者は三万人)。
またボランティアをはじめ大会運営の素晴らしさ、景色の美しさ等で
日本の「マラソン100選」に毎年選ばれている。
私が記念すべき初マラソンにこの地を選んだのは当然のことだった。

号砲が鳴り一万人が一斉にスタート。晩秋の福知山市をひた走る。
由良川という風光明媚な川沿いの平坦なコースだ。
紅葉に染まった山々の景色が目に優しい。

私は初マラソンにしては余裕の走り。
それもその筈で、普段の練習時より2割近くスピードを落としているのだ。
心配だった左ひざと右足太もも裏の痛みも出ない。
20キロを過ぎた時点で「これはいけそうだ」と確信。
全てが順調、の筈だった。

ゴールまで半分を折り返した25キロ地点で、大会名物の「お汁粉」の
サービス。これが楽しみだったんだ。
手渡ししてくれるボランティア女性が、何故かここは皆若奥さん風の
美人ばかり。
思わずにやけて立ち止まり、お汁粉をすすりながら
「毎年ここでボランティアしているの?」とか「近所の人?」とか、
つい余計なお喋り。
お汁粉のお代わりをまでして2-3分立った頃だろうか、若奥さん達が
困ったような顔をしてそわそわしだしたのに気がついた。
するとその時までずっと奥に立っていた年長の女性が
「あんた、のんびりしてる場合とちゃうよ。28キロの関門まで時間が
ないで」と割り込んでくる。
「関門?えー?それって後どれくらいですか?」
聞き返す私に「後15分、ここから3キロはあるで」とのご返事。
「やべえ!」

思わず叫んで走り出した私の背中に、先ほどの若奥さん達の冷たい
視線が矢のように刺さる。「このおっさん、アホちゃうの?」

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福知山マラソンに「関門」があることは知っていたが、そんなに厳密に
運用しているとは思わなかった。
ゴールまでの制限時間さえ守れば良い、とばかりタカを括っていたのだ。

びゅんびゅん飛ばす。無数のランナーを置き去りにして。
「確かに他人を追い越すのは快楽だなー」と実感する。
心臓はバクバク、膝はきりきり。だがここで負けたら何のために1年
頑張ってきたかわからない。中学生の時に読んだ「走れメロス」の気持ちが
ようやくわかった、といったら言いすぎだろうな。

・・・奇跡のダッシュをはじめて10数分経過。
大きなカーブを曲がった先の関門(本当にバーが閉まる)が見えてきた。
しかしここで大会役員のカウント・ダウンのアナウンスがこだまする。
「後残り時間15秒・14秒・13秒・・・」

距離にして残り約300メートル。だが残念ながら私はウサイン・ボルト
でも朝原宣治でもない。
10秒で300メートルを走ることは不可能だ(ボルトでも無理)。

「はいランナーの皆さん、お疲れ様でしたー」
無常のアナウンスが山間に響く。
やがて手回し良く待機していたバスに私を含む落伍者数百名が乗せられ、
私の初マラソン挑戦は突然の終幕 "Sudden Death"'を迎えたのである。

憮然としてバスの最前列シートに陣取る私の横で、運転手さんが大会
本部と携帯で交わす会話が聞こえる。
「こちら・・号車。只今48名を収容。これから会場まで護送します」

・・・『収容』とか『護送』とか・・・、何だか犯罪者になったような気分だが、
それに抗う気分もおきないまま、私は心地よいバスの揺れに身を
委ねていた。

今回の教訓:ルールは事前に熟読しよう。

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写真上:会場の福知山体育館で着替える参加者。毎年1万人以上が
参加する西日本有数のマラソン大会だ。

中:ゴール近辺。大会を通し数千人の市民ボランティアが熱い声援を
送ってくれる。
会場受付で、地元の小学生による応援メッセージを受け取ったが、これが
また可愛い。
千友合ちゃん、地元の皆さん、応援ありがとう。また来年も来ます!!

下:この時期に鮭も遡上してくる美しい由良川。
私は走りながら目を凝らして鮭の姿を探したが、見つからなかった。
「そんなことをやっているから、制限時間オーバーするんだ」との声もあり。
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by Mikio_Motegi | 2008-11-24 22:27 | サッカー、スポーツ

京都のイメージ

「東京発の京都のイメージが、一般の日本人の持つ京都に対するイメージ」

・・・これは先日京都商工会議所で行われた「東アジアにおける京都ブランド
調査報告会」とその後のパネルディスカッションでの、同志社大学大学院
ビジネス研究科の林廣茂教授の言葉。
テーマは、各国主要都市における京都のブランド・イメージを把握し、観光
マーケティングのための京都発信に役立てるものである。

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林教授は限られた時間内で密度の濃い調査分析をしてくれて、「外国に
多言語(英語・中国語・ハングル他)でもっと京都を発信すべき」と提言した。

将に私の先月のブログ「時代祭りを歩く」でも指摘したことだ。
が、このような席で教授が改めて提言しなくてはならないという事実が、
この問題の難しさを雄弁に語っている。

またパネリストの一人、大和(たいわ)学園学園長の田中誠二氏は独特の
切り口で「時間をかけてアジアや欧米の富裕層にリピーターとして来て
もらえる街づくりが必要」と訴えた。
従来の「千客万来」の発想を捨て、「より多く消費をするお客にもっと
フォーカスしよう」というものだ。

氏によると、現状の京都への「入洛(にゅうらく)」客は国内や東アジアの
パッケージツアーで来る観光客が殆どで、週末の短期滞在型ばかり。
これでは宿泊施設不足や深刻な交通渋滞が解消しない。
また近未来の少子化が進むと、このままでは入洛客の激減が予想される、
としていた。

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私のように京都生まれでない、京都以外の都市について多少知識のある
者にとって非常に分かりやすく、かつ共感できる発言だった。

ところが他のパネリストと、会場参加者からの発言には首を傾げざるを
得なかった。

あるホテル経営者は「ホテル宿泊客の外国人比率が20%を越えると、
云々かんぬん」と、外国人を受け入れたくないとも捉えられそうなネガティブ
発言を繰り返す。

別の観光関連業者は「かつては中国人や韓国人が旅館に泊まると、
マナーの悪さに辟易する」、という友人の旅館経営者のエピソードを
とうとうと述べた。

また会場参加者からは「外国人が京都に増えると治安の悪化が心配」
という発言。

この方達は、かつて日本人がパリやミラノの高級ブティックに旗を持った
団体で押し寄せて、「エコノミック・アニマル」とさげすまれ世界中の
メディアからの顰蹙を買った事などご存じないようだ。

共通しているのは、イメージのみで外国人増加の是非を語り、理論的な
裏付けと「ではどうすべきか」という具体的な提案の無い非建設的な意見の
持ち主であること。

そして私が絶望的になるのは、こういうネガティブ人間が
京都商工会議所を代表する地位にいる人々である、という事実だ。

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折りしも京都は観光シーズンたけなわ。
私の家の近くの大徳寺や、市バス、地下鉄も多くの外国人客で
賑わっている。

彼らが紅葉を愛で、寺院や町並みの風情に見入る姿を触れると、
私はこういう光景がいつまでも存続する京都であって欲しい、と願わずに
いられない。

写真は上から林教授(教授のホームページより)
大和学園のロゴマーク、「京都観光文化検定」テキストの表紙。
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by Mikio_Motegi | 2008-11-22 21:35 | 京都・紀行

接待の効用

最近ホテルに勤務する私と同世代のDOS&M(営業本部長)と話すと、
彼らは一様に「今の若い営業マンは接待をしたがらない」と嘆く。
接待に当てる年間予算も確保し奨励しているのに、尻を叩かないと
やりたがらないという傾向が強いようだ。

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ホテリエがゲストを接待するということは、基本的に勤務するホテル内の
アウトレット(レストラン)を利用する場合のことを言う。
ホテル以外の場所での接待を許可される例は、出張時以外は極めて
希(まれ)である。

何故ならホテルのビジネスは、ターゲットとする顧客・潜在顧客にまず
ホテルを知ってもらわなければ話にならないからだ。
顧客をホテルに招待し、施設を案内し、その後レストランで食事を共にし、
時にはバーで酒を飲みながら人間関係を構築していく。
これがホテル営業の基本的戦術であることは古今東西変わり無い。

それなのにホテル営業マンが接待を避けるとは、一体どういうことだろう?

読売新聞の1面で連載中の「食・ショック」で、最近特に若い世代で「食」
への関心が薄らいでいる、という記事があった。
それによるとインターネット調査会社「マクロミル」が20代男女を対象に
行った調査で、「今後積極的にお金をかけたい物」の1位が「貯金」(44%)、
以下「国内旅行」「ファッション」「趣味」「海外旅行」と続き、「外食」(17%)は
ようやく7位に登場する。

「外食」への関心の薄さが、若手ホテル営業マンが接待をしたがらない理由の
一つであることは間違いないようだ。また若手のクライアントも同じ理由で
接待を避けたがることもあるのかもしれない

加えて「孤食」「中食」と呼ばれるように、一人での食事を好む傾向が強い。
仕事とはいえメシぐらい自分の好きにしたいということだろう。

1998年前後のアジア通貨危機とそれに伴うRecession(景気後退)時、
インターコンチネンタル・シンガポールに勤めていた私は、上司のDOS&M
と二人で年間マーケティングプランの全面的な見直しに取り組んだ。
ホテルの売上げが前年対比10%以上落ち込むことが予想されたので、
各経費を絞りに絞りこまざるを得なかった。

ところが当時28歳の新進気鋭のDOS&Mであったスコットランド人
スチュアート・ベインは、彼の管轄する営業マンの海外出張の回数と
その経費、ホテル内での接待予算を逆に30%アップさせる案を提案して
きた。

「スチュアート、そりゃ無謀だ」
私が彼のアイデアに反対すると、スチュアートは「ミキオ、いいか、こういう
時代だからこそアグレッシブな営業を展開すべきなんだ。
俺達営業マンが部屋にこもってメールや電話ばかりしていてどうする?
他のホテルが海外出張に行かない今、クライアントを接待しない今こそが、
俺達のマーケットでの認知度を上げる絶好のチャンスなんだ」
と自信たっぷりに言い放った。

彼のアイデアは早速採用され、私達はそれまで以上に世界中のクライアント
の元へ飛んで行く毎日が始まった。
私もそれまで訪れた事のないような日本の中小企業まで文字通りドブ板を
踏む営業をし、彼らがシンガポールに視察に来る際は万難を廃して
徹底的に付き合った。

ゴルフや観光のお供は当然で、テニス、ジムでのトレーニング、
プールサイドでの日光浴、サウナやマッサージまで「裸の付き合い」をして、
彼らの心を掴み取ったものである。

残念ながらそんなアグレッシブな営業も実を結ぶのに時間がかかった
せいで、スチュアートは引責の意味でロンドンのインターコンチに
転勤してしまった。
しかしその翌年の1999年春頃からインターコンチのMPI
(Market Penetration Index・マーケット認知度比較指数)は
上がり始め、その後0911までの3年間、常にナンバー1の地位を占める
ようになったのである。

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シンガポールに限らず、私が嘗て勤めた5つのホテルは幸いにも皆食事の
美味いホテルだったせいもある。美味い食事に目が無い私にとって、
クライアントとの接待は全く苦ではなかった。
毎晩のように午前様になる私だったが、幼い子供を二人抱える家内も
海外での生活に適応していて、理解があった事も幸いした。

ホテル業界しか知らない私にとって、異業種の彼らから酒の席で
話してくれるそれぞれの業界事情、また仕事とは関係のない人生観、
趣味や教養の話を交わすことは、その後の私の人生を確実に豊かにして
くれた。
むしろそういった会話を楽しむことの方が接待の主な目的になった、
と言っても過言ではない。

さて、日本の若いホテル営業マンの皆さん。
また営業の最前線に立つ尖兵ばかり人数を増やして、肝心のlogisitic
(兵站《へいたん》・後方支援業務)の充足を忘れているホテル管理職の
皆さん。
接待というホテル営業の原点にもう一度立ち戻ってみてはどうだろう?

ちなみに接待の予期せぬ副産物として、将来の伴侶となる人と出会える
素晴らしい可能性だってあるのだから。
嘘だと思う人がいたら聞いてみてください。
その成功例が確実に京都方面に一人います。

写真上はイメージ:http://herecomestheguide.comより
下はインターコンチネンタル・シンガポール
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by Mikio_Motegi | 2008-11-16 18:13 | 人材・ホテル
今年1月から毎週土曜の読売新聞朝刊に連載されている「叙情と闘争」
の筆者辻井喬は、いわずと知れた元セゾン・グループの代表堤清二の
ペンネームだ。

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「叙情と-」は、彼の作品の通暁したテーマである自身の苦悩、つまり
表現者(詩人・作家)としての辻井喬と、プラグマティックなビジネスマンで
ある堤清二という、卓越した能力を持つ人物の相反した内面を投影する
ものだ。
それに偉大な父親の影響と複雑な心情、一族の人間関係という独特の
辟易する「堤ワールド」が展開される。

ところで私が計11年間関与したインターコンチネンタルホテルズは、
堤清二の最も関心を持つ事業だった。
プリンスホテルという日本の一大ホテルグループに君臨する不仲の義弟を
一気に見返す、いわば特命事項のような事業だったから、彼の関心も
並々ならないものがあった。
巨大な企業グループの一社員に過ぎない私だったが、インターコンチという
事業にいて英語が少し使えたこと、後年はインターコンチの
アジア・パシフィックの拠点シンガポールにいたことで、彼の人間性の一端に
触れることもあった。もちろん大迷惑を蒙ったこともある。
が、それは追々紹介しようと思う。

そんな彼の関心高いインターコンチだったが、親族に対する怨念が
モチベーションの源泉になる事業計画に、経済原則に基づく冷徹な企業家の
視点が入り込む余地はない。
彼が執念を燃やした「ホテル王」の夢はたった10年で雲散霧消してしまう。

「アイデアは良かったんだけど、実情と合わないんだよねー」・・・
どれもこんな陳腐な言葉が一番似合いそうな堤清二の事業だったが、
世界最高の価値があるホテルチェーンを我が物にするという欲望、
日本の消費社会の発展を見据え、新機軸の業態を次々と世に問うた
業績は讃えられて良いのではないだろうか。
今の日本で彼を越えるスケールを持つ実業家は、私は残念ながら
挙げられない。

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おかしな話だが、セゾンを去っていった多くの友人達に聞くと、彼らは
殆ど同じく今も辻井喬/堤清二の熱心な読者であるという。
辟易する「堤ワールド」を批判しつつ、何故か本が出版されると買って
読んでしまうのだそうだ。

堤清二が現在受け取っている著作料のいくばくかは、解雇された
元社員の財布から拠出されていることを彼はどう思っているのだろう?
もしかしたらこれが、彼が企画し今も継続している唯一のマーケティング
事例だったりして・・・。

写真下はカンヌのカールトン・インターコンチネンタル。
カンヌ映画祭のメイン会場にもなっている、インターコンチを代表する
プロパティの一つ。
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by Mikio_Motegi | 2008-11-12 18:37 | 人材・ホテル

マイルスを聴く季節

普段の仕事中はクラシックをオフィスのBGMに流している私だが、秋の
深まるこの時期の夕刻になるとどうしても聴きたくなるのが
"Somethi' Else"の一曲目、"Autumn Leaves"だ。
このアルバムはサックスのジュリアン”キャノンボール”アダレイが
リーダーとなって1958年に制作されたもので、ジャズの傑作の一つと
言われている。

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ただ実際にこのアルバムのリーダーだったのは「帝王」マイルス・デイビス
であることは間違いない。レコード会社との契約上の問題でマイルス
はリーダーにならなかったのが実情のようだ。

"Autumn Leaves"は「枯れ葉」のタイトルで日本でも有名なフランスの
シャンソンが原曲だが、マイルスはトランペットにミュート(弱音器)をかけ、
ダークでクールなイントロを聴かせてくれる。
その後はジュリアンの奔放なサックスのインプロビゼーション(即興)、
そしてマイルスとジュリアンをピアノのハンク・ジョーンズ、ベースの
アル・ジョーンズ、ドラムスのアート・ブレイキーという錚々たるメンバーが
サポートする展開。

シャンソンの原曲では、「遠く過ぎ去って還ることのない恋愛への追想を、
季節を背景とした比喩を多用して語る感傷的なもの」(Wikipedia)
を歌ってるが、マイルスは言葉/詞 を使わずトランペットだけで見事に
感傷的なこの曲のテーマを再現している。

またこの曲はジャズに於ける「即興」の解釈の違いを、ジュリアンと
マイルスは際立たせている。
すなわちジュリアンはその名の通りキャノン砲のような強烈で多彩な多くの
音を吹きまくり、一方でマイルスはほぼ原曲に忠実に、最小の音で
シンプルに語っているのだ。
若く才能に溢れたジュリアンを、内省的な帝王が支えると言ってしまうと
ありきたりの評価だが、対照的な二人のプレイスタイルが面白い。

そしてバックメンバーも実は大変なプレイヤーばかりなのに、この曲では
実にシンプルに、律儀にサポート役に徹してしているのも心地よい。

もしまだジャズに触れていない方、ジャズに興味はあるが何を聴いたら
良いか分からない方がいたら、最初はこの"Autumn Leaves”を
聴くことを是非お奨めする。
マイルスは他にも
"Round (About) Midnight"、
"It Never Entered My Mind"、
"Someday My Prince will Come"
等々で素晴らしいミュート・プレイを聴かせてくれる。
いずれも今の季節、秋の夜長にピッタリな曲である。

さて、これも私が愛聴しているマイルスの、いやジャズの最高傑作と
いわれるアルバムに"Kind of Blue"がある。
アルバムのトータルな完成度は確かにこちらが"Somethi' -"より上と
言えるだろう。
どちらも1958年・59年という同時代の作品で、どちらもマイルスと
ジュリアンが競演している。
”Kind of Blue"の、CDバックカバーの英文をそのまま紹介しよう。

"If you're going to heaven, might as well go first-class all
the way"(どうせ天国に行くのなら、ファーストクラスで行こうじゃないか)。

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by Mikio_Motegi | 2008-11-01 22:11 | ブレイク