ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

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私の喫煙事情

他人のタバコの煙による受動喫煙の害を防ごうと、厚生労働省は25日、
健康増進法に基づき飲食店を含む公共施設を原則、全面禁煙にすべきだとの
通知を都道府県などに出した。不特定多数の人が集まる公共施設と、
その周辺道路の全面的禁煙が各施設に求められるようだ。

愛煙家にとってますますやりづらい世の中になっていく。

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私自身はタバコを止めてこの2月で丸21年になる。
当時まだまだ愛飲派が圧倒的だった中で、禁煙を思い立った理由は二つ。

一つは、当時交際していたアメリカ留学帰りのキャビン・アテンダントの
女性に強く、執拗に禁煙を迫られていたから。
もう一つは、多少の自意識から。
当時勤務していた芝パークホテルで、フロント係からセールス部に異動になり、
外回りをするようになった。

先輩社員に連れられての得意先回りの途中、休憩で立ち寄った喫茶店では、
私たちと同じような身なりのセールスマンの群れが、一様に
うだうだとたむろして時間を潰していた。もうもうたる紫煙の中で。

それは私が勝手にイメージしていた、セールスマンの颯爽たる姿とは
かけ離れていた。
なんだか捕虜収容所にいるように思えてきて、「こんなセールスマンには
なりたくない」と強烈に意識し、事始めに禁煙を思い立ったのだ。

今思い返すと「若気の至り」である。その時は他人が自費でどこで何を
していようと、自分には関係ないと割り切る事が出来なかった。

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私は決してタバコが嫌いなわけではない。
事実数年前までは完全禁煙ではなく、1年に数本は喫煙することがあった。
特に東南アジアにいた頃は、タバコならぬシガーを愛飲していた。

私の好きなシチュエーションとして、屋外で特大のステーキに挑みながら
ふかすシガーがある。
夕暮れ時、赤道直下の圧倒的な夕陽を眺めながら、気の合う友人と
コンドミニアムやホテルの屋外のプールサイドでふかすシガーの味は
堪えられない。
長大なシガーは1本を吸い終えるのに1時間以上かかることもある。
網焼きした1ポンドもあるTボーンステーキに挑みながら、赤ワインを傍らに
置いて、合間にシガーをふかすのだ。

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禁煙運動の本場といえばアメリカだが、全てのビジネスエリートが禁煙して
いるかというと、そんなこともない。

私がジャカルタのシャングリ・ラに採用面接を受けに行った時、
たまたまアメリカ人GMの自宅で催された大規模なホームパーティーに
呼ばれる事になった。
アルコールが入り生バンドの音楽が流れる。濃密なジャカルタの闇夜の中で、
日頃の強烈なストレスから解放され、リラックスしたGMをはじめ
欧米人の幹部連中が、隣の部屋で何やらこそこそとやりはじめた。
そこでは奥方連中に見つからないようにして、彼らが一様にタバコを融通
しあい、美味そうに吸いだしていたのだ。

その光景を見た時は驚かされた。欧米のビジネスマンの表と裏というか、
本音と建前の一端を垣間見た思いがしたものだ。

もともと人類が猿から進化し、火を使うようになった頃からつきあいのある
タバコ文化だ。異文化のコミュニケーションにどんなに役に立って
きたか、その功績は計り知れないだろう。

茶道でも「煙草盆(たばこぼん)」といって食事後のお薄の前に
煙管(キセル)を提供するという作法もある。

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要するにこの問題は愛煙家のマナー向上に帰結するのではないだろうか。

繰り返すが、冒頭に挙げた受動喫煙のように、子供も食事をしている狭い
レストランでの喫煙は慎むべきだし、歩きたばこは本当に危険な行為なので
厳に戒めるべきだ。
その意味で分煙は絶対に正しいし、私も大賛成だ。

ではタバコの効用を頭から否定するのではなく、いかに喫煙マナーを向上
させるか?
タバコ文化の存続、いつまでも安心してたばこを吸える世界は、タバコ
愛飲者のマナー向上如何にかかっているのである。

写真は皆イメージ。
イラストはJTのホームページから。「煙草盆」を検索すればヒットする。

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 ↑ これは昨年10月にオープンした「星のや京都」の佇まい。
同社のHPが禁煙普及への真摯な取り組みと解釈するか、fanatic と
解釈するか別にして、(株)星野リゾートの採用サイトは興味深い。

http://recruit.hoshinoresort.com
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by Mikio_Motegi | 2010-02-27 22:43 | ブレイク
「がくさい病院」は、京都市北区の我が家から徒歩で3分のところにある。

大病院ではない。街中の小さな総合病院という佇まい。
患者の殆どは地元の人たち。狭い待合室にはいつも人であふれている、
どこにでもある光景だ。私の家内の親戚の何人かも、この病院を
かかりつけにしている。
この街の小さな総合病院が、現在カナダのバンクーバーで開催されている
冬季オリンピックの男子フィギュアで、見事銅メダルを獲得した
高橋大輔を支えた病院なのである。

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高橋は2008年の10月、練習中に右膝を負傷する。診断は「右膝前十字靱帯
断裂」。選手生命を脅かす重症だ。
バンクーバー出場を決める予選会までたった1年余りの時点で、高橋は膝に
メスを入れる事を決断する。
手術は無事成功。術後のリハビリの苦痛に耐え見事に復活した。
その3週間に及ぶリハビリを施したのが、この「がくさい病院」なのだ。

正式名称は「京都地域医療学際病院」。内科、スポーツ整形外科、
耳鼻咽喉科、皮膚科、神経内科、脳神経科、放射線科、そして
リハビリテーション科がある。
Jリーグの京都サンガの選手や、関西を拠点にするラグビーや
アメリカンフットボールの選手の来院も多い。

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私自身は花粉症の治療以外、普段は殆ど医者に行くことがないのだが、この
病院では3年前に生涯で初めての胃カメラを飲んだ経験がある。
胃カメラは苦しくてきつい。
が、私がむせたりせき込むと、傍らにいた看護婦さんが黙って背中をさすって
くれた。
大した事ではないかもしれないが、そのおかげで身体も気持ちもどんなに
楽になり、ありがたかった事か。
誰がつけた名称かは知らないが、「白衣の天使」とはよく言ったものだと
つくづく感心してしまった。

高橋大輔もきっとあの天使たちがいてくれたおかげで、辛いリハビリに
耐える事が出来たのだろう。

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ちなみに彼が膝の手術を受けた病院は「社会保険京都病院」、旧称「鞍馬口
(くらまぐち)病院」。膝関節手術では関西のトップレベルにあるという。
ここも我が家から徒歩で10分ほどの距離で、私の二人の娘はここの産婦人科
で生まれた。

高橋大輔の銅メダル獲得をサポートした人たちは数多くいるだろうが、
この二つの病院の役割は重要なものであった筈だ。
近所の慣れ親しんだ病院がこんな栄誉に属した事を、地域住民はもっと誇りに
思っていい。

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写真は上から「がくさい病院」の全景。3階に見える廊下部分で、高橋大輔が
リハビリの歩行訓練を行っていた。
3番目は、高橋大輔のショートプログラムの演技を病院の待合のテレビで
観戦する人たち。ここには映さなかったが、数名の医師や看護婦さんたちが
真剣な眼差しで見入っていたのが印象的だった。
4番目は鞍馬口病院全景。
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by Mikio_Motegi | 2010-02-22 22:49 | 京都・紀行
いささか旧聞に属するが、ニューオータニ神戸ハーバーランドが昨年
12月26日をもって閉鎖された。
同ホテルは1992年のオープン、客室数252室、レストラン5店舗と
大小宴会場を持つフルサービスのホテルだった。

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私はこのホテルには特別な思い出がある。

1995年の12月、当時ヨコハマ・グランド・インターコンチネンタル
ホテルのセールスマネージャーだった私は、海外でのキャリアアップの
機会を模索していた。
そしてたまたま紹介してくれる人がいて、その前月にインドネシアの
シャングリ・ラ・ジャカルタの日本人セールスのポジションにアプライし、
レジュメを送付していた。

ところが数週間たっても先方からは何の連絡も無い。
どうなっているのかわからずじりじりしながら、関西地区の営業担当
だった私は予定していた神戸に出張し、ニューオータニ神戸に
宿泊していた。

当時の神戸は大震災から10か月が経過し、あちこちにブルーテントが
張ってあるものの、確実に復興の槌音が響いていた。
確か水曜日だったと思う。その日のセールスコールを終え、夜の接待に
備え荷物を置きにホテルに帰ると、突然部屋の電話が鳴り響いた。
受話器を取ると、電話の主はシャングリ・ラ ジャカルタのGM秘書から
だった。
彼女はきれいな発音の英語で、急で申し訳ないが今週の週末に
ジャカルタまでインタビューに来てほしい、と依頼してきたのだ。

もちろんイエス、サンキューと即答で了解したが、受話器を置いてハタと
気がついた。
今回の出張日程が金曜日まで。金曜夜に横浜の自宅に帰り、翌朝には
成田発のガルーダに乗らなくてはならない。

私はアプライはしたものの、返答がなかなか来ないのでジャカルタについて
何の学習もしておらず、予備知識が全く無かった。
それと英語。担当のフィールドが国内になっていたので、1年以上英語での
ミーティング、真剣勝負の英語を喋っていない。
もちろんジャカルタでのインタビューは英語で行われる。

私は腹を括り、翌日のアポイントを思いっきり圧縮し時間を捻出する
事にした。
クライアントに頼み込み1時間のミーティングを30分に縮め、ランチを
朝食ミーティングに変えてもらう。
そしてニューオータニのゲストリレーションに、近くの図書館の場所を
教えてもらった。
幸いなことに、ホテルからタクシーで10分ほどの所に神戸市立図書館が
あることがわかる。
私はそこでほぼ半日をインドネシアとジャカルタの諸事情の学習に充て、
週末のインタビューに備えた。

インドネシア建国の歴史、地理、他民族・多言語の様相から、日本との
交易の歴史をまとめる。そしてジャカルタに進出している日系企業の業種別
リストとそれぞれの駐在員数、取扱品目を作成。
もちろん競合ホテルのリストアップも欠かせない。

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その日の夜の接待場所は大阪の難波。私は待ち合わせの1時間前に、当時の
南海サウスタワーホテル、現在のスイスホテル南海大阪に行き、今度は英語
の「口馴らし」を始めた。
1年以上使わずに錆ついた英語力を取り戻すため、ロビーにいる外国人宿泊客
に片っ端から話しかけ、会話に持ち込む。
こういう時、外国人はフランクだ。こちらの意図も知らないまま、気軽に
何人かが会話に乗ってくる。
1時間余りではせいぜい4-5人としか話ができなかったが、それでもだいぶ
舌がなめらかになった。

翌日も同じ事を繰り返し、「泥縄式」ではあるが何とか最低限の予備知識を
得たことで、多少の自信を持って週末のジャカルタでのインタビューに
赴く事ができた。

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ビジネスマンにとって、ホテルは出張時の単なる寝る場所にしか過ぎないと
いう意見を言う人は多い。
私はその意見を否定はしない。が、それではあまりにもドラマ性の無い、
感性に乏しい人生ではないだろうかと、憐れんでしまう。

ニューオータニ神戸も、そういう人たちには単なる寝る場所でしか
ないのかもしれない。
しかし私にとっては、この名前を聞いたらとたんに15年前のエピソードを
思い出す、忘れられないホテルであるのだ。

このホテルの閉鎖の理由は、営業成績が極端に悪かったからではない。
だから残念な、もったいない話である。
建物のオーナーが外資系に代わった事で伝統の塩盛りができなくなった
せい、ではないだろうが。

写真は上から ホテルニューオータニ神戸、神戸市立中央図書館、
そしてシャングリ・ラ ジャカルタ。
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by Mikio_Motegi | 2010-02-13 22:27 | 人材・ホテル

監督を代える時が来た

サッカー日本代表の事となるとついカッカしてしまう私を許してほしい。
先日の対ベネズエラ、昨日の対中国戦をテレビ観戦し、もうガマンでき
なくなった。
私はかねてより現代表の岡田武史監督の采配、チームマネジメントに疑問
を抱き、苦言を呈してきた。
が、今日はよりハッキリと言わせてもらう。
「岡田監督では日本はワールドカップ本大会で惨敗を喫する」と。

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ベネズエラも中国も確かに強く、素晴らしいパフォーマンスを披露して
くれた。
しかし両チームともワールドカップには出場できない「格下」であり、
しかも今回は日本でのホームゲームだ。

戦術的に日本が特にひどかったのが、本来得意の筈のサイド攻撃。
サイドバックの選手たちは相手のプレッシャーの弱いタッチライン近く
からセンタリングを放り込むだけ。
これでは上背のある相手バックスに楽々と跳ね返されてしまう。
センタリングは相手ペナルティエリアまで切れ込んでから上げる、
という基本プレーをすっかり忘れてしまっている。

現日本代表のサイドプレイヤー達は、サイド攻撃=センタリングを
上げる事、と勘違いしているのではないだろうか?
サイド攻撃こそが現代サッカーの主流なのに。
もっと言えば、岡田監督は中盤に華麗なプレイヤーを置き、その
「司令塔」がゲームを支配するという20年前のサッカーセオリーを
未だに信望しているとしか思えない。

個々の選手について批判する気は毛頭ない。体調が悪い、チーム戦術と
合わない、運が悪い等々で良いパフォーマンスを発揮できないことも
選手には多々ある。
要は、そんな選手を誰が代表に選び、かつ試合に出したか?

明るい話題は稲本潤一がようやくチームにフィットした事。
彼のような中盤の「壊し屋」はこのチームには絶対に必要だ。
このポジションには阿部、今野、最近代表に召集されていないがレッズの
鈴木、ガンバの明神等、タレントが豊富なのも心強い。
が、岡田監督がそんな「壊し屋」を好まないのは明白だ。

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そして平山相太の復活。「ターゲットマン」として彼のポテンシャルは
高い。まだA代表に呼ばれ実質的に2試合をこなしただけだが、もう少しで
チームにフィットする域まで達して来ている。
この二人がチームのダイナモである長谷部誠、得点のカギを握る本田圭佑
と上手く絡めば、ワールドカップ初戦のカメルーン撃破も夢ではない。

・・・もっとも長谷部以外の3人は岡田監督からは冷遇されていて、
「バックアップ」としかとらえられていない。

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こんなチームを短期間で劇的に変え、本大会で予選リーグ突破ができるように
脱皮するには、やはり監督を代えるしか手はない。
しかもヨーロッパで実績を積んだ「名将」でしか成し得ない。

では誰を持ってくるか?
ワールドカップ本大会まであと4カ月。この時期での監督交代は無謀だと
いう意見も多いだろうが、実は世界のサッカーではよくある事。

私が来てほしいと願うのは、オランダ人のフース・ヒディンク、或いは
ブラジル人のルイス・フェリペ・スコラーリ。

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ヒディンクは2002年日韓ワールドカップで韓国をベスト4に、2006年では
32年ぶりに出場を果たしたオーストラリアをベスト8に押し上げた実績が
ある。日本を大逆転の1-3で下したあの監督だ。
その後ロシア代表監督としてEuro2008で準優勝という輝かしい戦歴を
誇っている。

一方スコラーリは2002年にブラジル代表監督として優勝に導き、その後
ポルトガルを2004年のEuro準優勝、2006年ワールドカップベスト4という、
これまた素晴らしい実績がある。
二人とも現在殆どフリーな状態だ。

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私がなぜこんなにサッカー日本代表の弱さを憂慮するかというと、最近の
サッカー人気の凋落があまりに激しいからだ。
今年1月30日の読売新聞に衝撃のアンケート結果が出ていた。
成人を対象に「見るのが楽しいスポーツ」を対面調査方式でアンケートを
取ったところ、大リーグと甲子園を含む野球が断然トップ。
以下駅伝を含むマラソン、ゴルフ、スケート、相撲、バレーボールと続き、
サッカーは7位という体たらく。

「好きな選手」もイチロー、石川遼、浅田真央、松井秀樹と続き、サッカーは
中村俊輔がやっと15位にランクされるという惨状。

これでもし岡田監督が「ベスト4を目指す」とかいう大ボラを吹いた後に
ワールドカップで日本が惨敗したら、1970,80年代のサッカー冬の時代に
逆戻りしてしまうかも、という恐怖をおぼえる。
あの頃をサッカー少年として過ごした私には、悪夢としか言いようがない。

日本サッカー協会と岡田監督に与える猶予はあと一試合。14日の日韓戦だ。
ここで実力も実績も遥か上だが、おこがましくも「永遠のライバル」と
呼ばせてもらっているお隣の韓国にみっともない負け方を喫したら、
もう決断を下すべきだ。そしてその可能性は限りなく高い、と私は見ている。
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by Mikio_Motegi | 2010-02-07 22:22 | サッカー、スポーツ