ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

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美人の産地

誰が言い出したか知らないが、日本の三大美人の産地とは金沢、京都
そして博多だそうな。
また日本海側に面した県は全て美人の産地であるともいう。
それらの定説に加え、私は今週訪れた京都府福知山市と岡山県岡山市も
大変な美人の産地であるという事実を報告したい。

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初耳だ、という人も多いかもしれないが、本当である。
私は毎年この時期に行われる福知山マラソンに3年続けて参加しているが、
沿道のボランティアやランナーの家族など、特に30代前後以降の家庭の
主婦と思われる女性に魅力的な人が非常に多い。
彼女らに沿道で声援を送られると、どんなにへばっていても途中棄権など
できない。逆についつい無理をしてスピードを上げてしまい、完走後に
疲労がどっとくる。

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岡山も昨日で3度目の訪問だったが、ますますその感を強くした。
現地に赴任しているY氏も同意してくれたのだが、こちらは若年層から
全体的にレベルが凄いのである。
昨日の朝、私が林原美術館に行く方向を尋ねた女性は、あいにく美術館の
場所を知らなかった。するとその女性はどこかの商店でそれを聞いて
確かめ、私に伝える為追いかけてきてくれた。
美しいだけでなく、ホスピタリティも抜群の岡山女性だった。

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福知山は日本海沿岸地域と同じく日照時間が少ない北国なので、色白の人が
多いのはわかる。だが岡山は逆に本州で最も日照時間が長い土地であり、
両者に関係は無いようだ。ただどちらもあまり身体の大きな女性は
見かけず、比較的小柄なのは共通している。
経済的に豊かなのが理由なのか、それとも歴史的に大陸からの渡来者が
多く混血が進んだのが理由なのか。

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もちろん美の基準は人それぞれである。私の場合、ストライクゾーンが
かなり広いのも、福知山と岡山を美人の産地と認める理由かもしれない。

また一般論として、「審美眼」と「鑑識眼」は必ずしも一致していない例が
多いという事実も、様々な場面での言い訳に利用させて頂いている。

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写真は上から、福知山出身のタレント「中澤裕子」さん。
岡山出身の同「神楽坂恵」さん。この2枚は「ご当地タレント」のHP
より拝借。

福知山マラソンで沿道でランナーに「ハイタッチ」をしている女性達。
ランナーにとってこれが元気が出るんだ。
マラソンのスタート地点。この2枚は福知山マラソンのHPより。

岡山城。私に道案内をしてくれた女性は、生け花とイタリア料理のコラボ
を勉強していると言っていた。なかなか興味深いテーマである。
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by Mikio_Motegi | 2010-11-28 10:22 | 京都・紀行

京都の秋

京都が最も美しく彩られる季節-晩秋を迎えた。
だんだん紅葉の時期が遅くなっており、今年も12月上旬までは
楽しめるだろう。

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先日の飛び石連休、犬の散歩でうっかり近所の大徳寺に出かけたところ、
観光客の人ごみに巻き込まれた。
清水寺や嵐山と違い、大徳寺は普段は観光客などあまり来ない静かな
禅寺なので油断していたのだ。
シーズンにはこんな所にも観光バスが乗り付けるのか、と改めて認識を
新たにした。

その日の晩、家族との待ち合わせで河原町三条に地下鉄で行く途中、
鞍馬口の駅構内の時刻表でこんな表示を見つけた。
観光シーズンの為に臨時列車を運行するとの由。

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1時間に9本走る地下鉄に、たかが1本加えるだけの事だ。
それよりもがっかりしたのが、この運行時間の変更案内に、外国語
表記が相変わらずされてない点である。

京都の観光地で外国人の来ない日、場所などどこにも無い。
むしろ外国人が来ない方がおかしいのが観光都市・京都の筈だ。
それなのに交通機関の時刻表変更表示に外国語表記がゼロとは・・・。
京都市交通局の常識を疑う。

こうした外国人観光客軽視の風潮はまだまだ根強い。
京都だけではない。遷都1300年を祝い大々的なプロモーションを
行っている奈良の、近鉄奈良駅の公衆トイレの状況をご存じだろうか?
あそこには洋式トイレは皆無、トイレットペーパーも備え付けは無く、
自動販売機で購入しなくてはならない。しかもその案内に外国語
表記はもちろん無い。

もっと言うと、関西の玄関口である関西空港の南海電車の
切符売り場では、クレジット・カードを受け付けていない。
一人2-3000円の運賃で、もし家族4人が同伴したら総額1万円以上
になる。
日本に着いたばかりの外国人は、そこでいきなりここは異界だ、
と認識するのだ。

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国交省の旗振りで"Yokoso Japan"キャンペーンが始まり数年がたつ。
今年度の入国者数は6年前の倍近い1000万人に到達する勢いで、
そのおかげで交通機関は充分に潤っている筈だ。
それなのにこの体たらく。
公共交通機関はいつまで国の政策に甘えているつもりだろう?

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写真は上から大徳寺-今宮神社参道のイチョウ並木。
鞍馬口駅構内の臨時列車時刻表。
東山周辺の交通渋滞(京都新聞HPより)。京都に欧米のような
パーク&ライドの運用が根付く為には、観光寺院や商店街の協力、
いや、それよりも危機感の共有が欠かせない。
大徳寺・養徳院の紅葉。
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by Mikio_Motegi | 2010-11-24 17:08 | 京都・紀行

APECの思い出

横浜で開催中のAPEC"Asia Pacific Economic Cooperation"も
首脳会議がはじまり、会場であるパシフィコ横浜に隣接する
ヨコハマのインターコンチネンタルホテルのオペレーションもいよいよ
佳境に入った。

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私がAPECというとまず思い出すのが、1996年の3月に初めての
海外勤務地としてに赴いたジャカルタのシャングリ・ラ・ホテルでの
着任早々の出来事だ。
総支配人である故ジョン・セグレッティは私を自室に呼び出し開口一番、
「ミキオ、キミのミッションはジャカルタの日本大使館との関係改善だ」
と私に告げたのである。

事前の数度にわたる面接では、私のミッションはジャカルタの日本人
マーケットの開拓、取り込みと言われており、私もそのつもりで
準備していた。
それが「関係改善」とは?

傍らに控えていた営業部長の説明により、1年半前のジャカルタ近郊・
ボゴールで開催されたAPECで、シャングリ・ラは日本の代表団の予約を
締め出した、Kick Outしてしまったという衝撃の事実を告げられた。

もちろん理由もなく締め出したのではなく、ホテルにも言い分はあるの
だが、コミュニケーションの「不幸な」欠如があったのは事実。 
しかし日本大使館の怒りは凄まじく、「シャングリ・ラ出入り差し止め、
日本企業の利用自粛要請」という最悪の事態を招いてしまったのである。

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これは文書で正式に通達されたわけではない。
おそらく一握りの大使館員がパーティーなどの折に漏らした言葉を聞いた
人が、口コミで日本人社会に流布したものだった。

私は困惑した。アジア通貨危機前の当時のジャカルタは世界中から投資が
集まり、経済は大変な隆盛を迎え「バブル」の様相を呈していた。
だから手薄な日本マーケットを取り込む為に私のようなセールスマンが
採用されたのだが、これでは話が違う。
そもそも日本人のホテル利用が禁止されていたのでは私の売り上げ目標は
達成できず、やがて「お払い箱」になってしまう・・・。

しかし私は開き直り、楽観視することにした。
当時の自社さ連立政権下の出来事であり、またいくら大使館員が怒って
いても、人事異動で2-3年もすれば事情を直接知る人はいなくなる。

元々日本人マーケットに浸透していたという土台があったのと、
決定的なのは、シャングリ・ラには日本料理の老舗「なだ万」がオープン
予定で、ジャカルタの日本人社会から大いに期待されている事は
わかっていた。
私が早速翌日からコミュニケーションの欠如を克服すべく、日本大使館や
日系企業に日参しはじめたのは言うまでもない。

幸いある人を介し一等書記官と会う事ができ、彼が新参者の私に対し
寛容な態度を取ってくれたのはありがたかった。

そして多少の紆余曲折はあったが、期末までにGeographic Chartで
日本人の宿泊者数をアメリカに次いで2位になるまで急伸させる事が
できた時は嬉しかった。

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インターコンチ以外にも横浜周辺のホテルで、今のこの時点で私の
ブログなど読んでいる時間のあるスタッフは少ないだろう。
現場を離れた者だけが語れる昔話・与太話である。

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写真は上からAPEC横浜のHPより。
1994年ボゴールでのAPEC。
ジャカルタ市内。真中の尖塔のあるビルの直ぐ右手がシャングリ・ラ
ジャカルタ。
APEC参加国。
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by Mikio_Motegi | 2010-11-13 21:03 | 東南アジア

三島由紀夫の40回忌

今年の11月25日(木)はあの三島由紀夫の40回忌にあたるそうだ。
市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で衝撃の割腹自殺を遂げ、日本中が騒然となった
あの事件は、当時小学校5年生だった私も鮮明に覚えている。

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三島の文学作品と言えば「仮面の告白」「金閣寺」「豊饒の海(4部作)」
といった緻密な構成の長編が代表格だろう。
「金閣寺」は間違いなく彼の代表作だが、あれは読むほうも相当のパワー
とエネルギーが要求される。中途半端な気持ちで読み始めると、作品の
吸引力に負けて、自分がどんどん主人公・「私」こと林養賢に同化して
いってしまうのだ。そしてその先にどんな運命が待っているかと思うと、
空恐ろしくなる。
だから私は個人的には「午後の曳航」「憂国」「青の時代」のような
中短編が好きだ。

また彼の数あるエッセイのうち「不道徳教育講座」は小市民のケチな常識・
人生観をあざ笑うかのような諧謔に満ちていて、今も愛読している。
たしか私が中学生の時、この単行本を家の本棚で見つけ読んでいたら、
亡父に「こんな本は読むな」と怒られた記憶がある・・・じゃ、何で
自分は読むのさ?と大いに不満だったが。

そこにはこんな事が書いてある:

・友人を裏切らないと、家来にされてしまう場合が往々にしてある。
たいへん長く続いた美しい友情を調べると、一方が主人で一方が家来の
事が多い。

・「実るゆえ、頭の垂るる稲穂かな」。
高い地位にいる人は安心して謙虚を装える。

・約束に縛られる人は人物の器量の小さい証拠。

・金持ちがいかにケチをしても「貧乏だから」と思われる心配が無く、
堂々とケチができる。

・・・なるほど、中学生には読ませたくない内容である。

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「牡丹」(「花ざかりの森・憂国」に収録:新潮文庫)という6ページに
みたない短編は、太平洋戦争中の中国での残虐な行為で名を成した軍人の
物語。
彼は戦争裁判から逃げおおせた後、東京の郊外に広大な土地を購入し、
そこに見事な牡丹園を造園する。咲き誇っている牡丹の数は、580本。
その580という数字は、彼が戦争中に中国で、手ずから念入りに虐殺した
女性ばかりの中国人死者の数と全く同じ。
つまり彼は美しい牡丹を愛玩することで、自分の悪行を余人に知られず
秘かに思い出にし、顕彰することに成功したのである、というお話。

本当の大悪人は自らの行状を反省したりしないものだ、という人間の本性を
シニカルに、且つ見事に描いている、妖しいまでの佳品だ。

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「盾の会」を創設し、自衛隊によるクーデターを呼び掛け、果たせず
自決したた三島。
私ごときが三島の生き様をどうこう言える立場ではないのは十分承知
している。ただ現在の日本の状況、尖閣問題や沖縄米軍基地問題で
顕著になった行政府の堕落、覇気の無い次世代、またそれを許してしまった
私たちの責任といったもろもろの状況を三島は40年前から察知し、
憂えていたのだ。
しかし身をもってそれを国民に訴えた三島の遺言は、その後の日本では
埋没してしまったままだ。

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写真は上から三島の肖像。

新潮文庫「金閣寺」の限定版黄金のカバー。没後40年なので、各出版社は
もっと派手に「三島フェア」を開催すると予想していたが・・・。

朝日新聞の夕刊記事。当時我が家で購読していた「週刊朝日」には
三島と、共に割腹自殺した森田必勝の血まみれの生首が陸上自衛隊総監室
に安置してある写真が掲載されていた。

毎年三島の命日である11月25日に東京の九段会館をはじめ、全国で
執り行われる「憂国忌」のHPより。
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by Mikio_Motegi | 2010-11-07 10:33