ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

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欧米では大災害や貧困から被害者を救う為に、ロック・ミュージシャンが
イニシアティブをとってチャリティ・コンサートを主催するという伝統
がある。

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1984年の、イギリスの"ブームタウン・ラッツ"のリーダー、ボブ・ゲルドフ
がアフリカ難民を救う為に提唱した"Band Aid"。
翌年、ボブに触発されマイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー等が
中心となってアメリカで開催した"Live Aid"等があげられる。

多数の超一流スター達が一堂に会し、"Do they know its Christmas
time at all?" や"We are the World"を歌いあげた場面を記憶している
人も多い筈だ。
昨年のハイチ大地震の後も、"We are the World 25 years in Haiti"
として再度パフォーマンスが披露されるなど、欧米のロック・ポップス界
では大災害、大飢饉の際にはチャリティ・コンサートを開催して救済の
一助とする習慣が完全に根付いている。

もっともイスラム教徒が大半を占める彼らに向かい、「今がクリスマス
だって知っていたかい?」と問いかける歌のタイトルも、迂闊とも傲慢とも
批判されそうなものだが・・・。

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こうしたロック歌手によるチャリティは、ビートルズ解散後の1971年
にジョージ・ハリスンが提唱した"The Concert for Bangladesh"
(バングラデシュのコンサート)が嚆矢だ。

ジョージは当時心酔していたシタール奏者のラビ・シャンカールから、
パキスタンから分離独立後のバングラデシュの窮乏を聞かされ、彼らを
救う為のチャリティ・コンサート開催を決意。
強力なリーダーシップを発揮し、それまでチャリティに縁も関心も
無かった友人のミュージシャン達を引っ張り出し、ニューヨークの
マジソン・スクエアガーデンに於いて、歴史上初めてロック歌手による
ギャラを伴わない慈善コンサートを開催した。

参加ミュージシャンはジョージの他、リンゴ・スター、ボブ・ディラン、
レオン・ラッセル、ラビ・シャンカール等。
そして麻薬中毒のどん底、且つジョージの奥さんのパティとの不倫騒動で
心身ともにずたずたの状態から更生途中の、あのエリック・クラプトンも
名を連ねた。

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ビートルズ時代はジョン、ポールに続く「第3のビートル」的存在で、
目立たずひたすらギターを弾きまくっていた「静かなるギター・マン」の
ジョージ。
何が彼をしてこのようなコンサートを開催させる原動力になったのかは
わからない。

コンサートはもちろん大成功。収益金は25万ドル(当時の換算で約1億円)
にのぼった。
だがこの金額もさることながら、ドラッグや暴力、フリー・セックスと
いった荒れた時代の風俗を代表するロック・ミュージシャン達が立ちあがり、
困窮する人々の為にアクションを起こしたこと、一般人ではできない
パワーを示せたインパクトは強烈だった。

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コンサートの模様は1975年に映画化された。
当時高校生1年生でビートルズに夢中だった私は、近所の映画館で上映
されたこの作品を観る為、高校の映画部にもぐりで入部し無料チケット
を入手、同時上映されていた"ザ・フー"のロジャー・ダルトリー主演の
「トミー」と併せて毎週末に通いつめて耽溺したのである。


未曾有の大災害に見舞われた日本。
復興するには、通常以上の経済活動を展開しGDPを押し上げなければ
ならない。
多分日本のロック・ミュージシャンも、ジョージやボブに倣ってチャリティ
コンサートを企画してしている事だろう。

こういったアクションは早ければ早いほど、大きければ大きいほど良い。
アクションを!
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by Mikio_Motegi | 2011-03-27 21:29 | Japan Revitalization

岩手県宮古市の現場から

平原祐治氏は私のシャングリ・ラ時代からの盟友だ。
彼は現在、岩手県宮古市、三陸海岸沿いの高台にそびえる
「浄土ヶ浜パークホテル」の取締役総支配人を務めている。

彼のホテルには地元の被災者が200名近く滞在しており、且つ帰る家を失った
従業員とその家族が起居している。文字通り先頭に立ち、復興に全力を挙げる
彼から送られてきた写真をいくつか掲載したい:

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     宮古市内。漁船が押し流され、堤防を乗り越えてきた。

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     昨年7月に撮った平原さんの住むマンションの7階自室からの風景

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     同じ場所より、津波襲来後の光景

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     宮古市内

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浄土ヶ浜パークホテル。ご覧のようにホテルは海岸から10メートルほどの
高台に位置する為、直接の被災は免れた。同ホテルHPより。


まさに被災した市民の目線による現状を伝えている、生々しいショットだ。

尚、同じく宮古市の漁業を営むheiunさんという人のブログを見つけた。
操業中に海上で津波に襲われ、漁船が逃げていく迫力の画像が掲載されて
おり、その中から1枚だけ拝借する:

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是非以下のブログを訪問して欲しい。
「漁師の徒然なるブログ」http://blog.goo.ne.jp/heiun
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by Mikio_Motegi | 2011-03-22 08:55 | Japan Revitalization
「明日地球が滅びるとも、今日君はリンゴの木を植える」

作家の故開高健により有名になった言葉だ。
東欧の詩人の言葉で開高自身のものではないが、いかにも彼らしく、
私も座右の銘にしている。

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福島第一原発の事故とそれを巡る政府の発表、メディアによる報道、
そして一般人の対応を観察していると、1997年のアジア危機の際に
私が経験したインドネシア・ジャカルタでの出来事を思い出さざるを
得ない。

ひと言で表せば、「東京もジャカルタも一緒」だという事。

時系列に沿って何が起きたかを比較すると:

まずどちらにも社会不安という下地がある。
東京は、前日に起きた東日本大震災。未曾有の被害が確実だった。
ジャカルタは貧困、格差、独裁、民族対立等の恒常的な社会不安。

次に小さな事件が起きる。
東京の場合は、判明した原発の事故。
ジャカルタは、色々ある。列車の大規模な横転事故、ロックの
コンサート会場でのチケットを巡る暴動、サッカー場での暴動。

そして海外メディアがその小さな事件を母国に伝える。
母国では、編集者が見知らぬ国の珍しい事件に注目し、やや誇大に
取り上げる。食いつく視聴者。
その報道を見た、東京やジャカルタに住んでいる外国人の母国の家族、
友人が一斉に「大丈夫か?」と連絡を入れる。

「大丈夫か?」と聞かれた、その国に住む本人はびっくりする。
自分達は普段通り働き生活しているのに、小さな事件はあっても
「いつものことで、大したもんじゃない」と思っているのに、
母国では大問題となっているのだ。

驚いた本人が、友人や同僚に次々と疑問、確認の連絡を取る。
そして疑惑を確信するようになる。
「この国の政府は真実を隠している、メディアはコントロールされている。
真実は母国メディアでのみ発信されている」

・・・これが繰り返され、再生産され、拡大していく。

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日本のメディアが繰り返し報道するジャカルタでの暴動で、私達ジャカルタ
に住む日本人が最も驚き対応に苦慮したのが、日本に住む家族からの
心配の声だ。
例えば限定された地区での暴動を取り上げ、いかにもジャカルタ全市に
拡大しているかのようなイメージを与える過剰報道。
いちいち相手にするもの面倒な類のものだ。

「私たちはここに生き、働き、暮らしている。もちろん日本ではないので
苦労も多い。でも充分に生活と仕事を満喫している。
偏向した、センセーショナリズムに走るメディア報道ばかりを信じないで
ください」と何度訴えた事か。

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断っておくが、私は日本や東京を脱出した人々を怒っているわけではない。
これだけメディアで不安を煽られれば、逃げ出したくなるのは
ある意味正常な行為だ。誰でも我が身は可愛いものだ。

面白く且つ勇気づけれられるのが、日本を愛し、日本に住む外国人達の言葉。
脱出する同朋をしり目に:

・俺は日本が好きだ。だから何があっても俺は残る。
・例え再びの震災に遭っても、愛する日本で死ねたら本望。
・日本を逃げ出したお前達は恥を知れ、Shame on you !
・二度と帰ってくるな!

・・・凄いね。

フェイスブックでも、日本にとどまる外国人と、いち早く脱出した
同国人とがやりあっているwallを見た事もある人も多いのでは?

・・・なんだかここまでくると、シリアスな状況というよりも
「ドタバタ劇」の様相を呈して来た、とは言い過ぎか?

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西洋の故事にある「ハーメルンの笛吹き男」ではないが、誰かに吹かれた
笛の音色に乗って連れ去られたのも人間。

明日地球が滅びることが分かっていても、その次の世代の為にリンゴの木を
植えようと無駄な努力をするのも人間なのだ。
(ちなみに「ハーメルン」の笛に最初に導き出されたのはネズミ)

もちろん私は後者でありたいと思うが。 

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写真は上から故開高健。

ジャカルタの暴動で焼かれた華僑経営のビル。

枝野幸男。官房長官にして次期首相有力候補。フェイスブックより。

福島第一原発からの距離だというお節介なGoogle map。
だから何?と言いたい。

「ハーメルンの笛吹き男」 http://rushiskitchen.com より。
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by Mikio_Motegi | 2011-03-21 10:06 | Japan Revitalization

今、我々にできること

何か被災者の為のサポートを、具体的なアクションを。

私は取りあえず アメリカのアーティスト、Lady Gaga のファンド
"We Pray for Japan"に申し込み、ブレスレットを購入した。
1つ購入するごとにUS$10のドネーション付きで。

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何かしてあげたい、取りあえず自分でできることは? を考えて、
多くの人が一番最初に頭に浮かぶのが「物資を送ってあげよう」
だと思う。

ただ、そこには大きな落とし穴があることを忘れてはならない。
「送ってあげる」方の気持ちではなく、「送ってもらいたい」人々の
気持ちを考えてあげるべきだ。


日本から驚きの映像が届いている。みんな頑張れ!
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送るものも吟味しないといけない。また送った後、誰がどう「仕分け」
するかに思いを馳せる必要がある:

・生ものは絶対にNG。
・ミネラルウォーターは重い。仕分けする一般人にとってこれは辛い。
・衣服は新品を買って送ろう。いくら困っているからといって、
見ず知らずの他人のおフルをもらって喜ぶ日本人は少ない。
・医薬品、医療品は医師や薬剤師がいないと配れない。


我々は日本の皆さんのご無事を祈っています。
日本に住むすべてのリヴァプールファンと、地震で被災された方々に、
心からのメッセージを送ります。
YNWA(You’ll never walk alone=君はひとりじゃない)


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・・・自分がボランティアとして駆けつける事が出来ないのなら、
「お金」を送るのが一番いいと私は思う。
これからも効果的なファンド、ドネーション先が見つかれば、僅かながらも
積極的にサポートしていきたい。

明日はホワイト・デイ。私は今回は義理チョコ返しではなく、上記
Lady Gagaのチャリティ・ブレスレットを彼女たちに届けるつもりだ。

We pray for Japan, 日本の為に祈りを。
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写真は上から Lady Gaga We pray for Japan のHPより。

2010年南アフリカワールドカップ最優秀選手、ウルグアイの
ディエゴ・フォルランからのメッセージ。

イングランド・プレミアリーグの強豪リバプールFCからの
公式メッセージ。

Lady Gaga。奇抜なファッションとパフォーマンスで誤解を生む彼女だが、
実は素晴らしいパーソナリティを持っていて、私もファンの一人だ。
詳細は別の機会に。
彼女のブレスレットを購入するには"Lady Gaga, Japan, Earthquake”
を検索すれば直ぐにヒットする。
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by Mikio_Motegi | 2011-03-13 13:31 | Japan Revitalization

慎太郎の新作に注目

石原慎太郎が来る4月に公示される東京都知事選に立候補しない
決断を下したようだ。3期12年間にわたる石原都政も遂に終焉を迎える。

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彼の知事デビュー後暫くの間、職員を叱咤激励し強いリーダーシップで次々と
新しい施策を打ち出す姿は本当に頼もしかった。
それまでの青島幸男の無責任行政、鈴木俊一の尊大な官僚主導行政と
一線を画し、日本の首都であり世界有数の大都会である東京の人々に、
都民としての誇りと希望をもたらした、と言える。

ご存じのように慎太郎は政治家と作家という二つの顔を持っている。
Wikipediaを覗くと相当の分量が割かれており、業績が多岐に渡る事を
示している。もっともWikiはやや「アンチ・石原」的な記述が多いが。

ここでは彼の政治業績に言及はしないことにする。
私が大好きな彼の文学作品は、何といっても「挑戦」。
・・・太平洋戦争で親友を失った主人公が自堕落な生活を続ける中、
アメリカの石油油田独占で苦しむイラン国民と日本の石油危機を救う為、
無謀とも言える直接買い付けを決行する。出光興産「日章丸」事件の
実話を基にした経済小説。

慎太郎が27才の時の作品だ。とても20代の作家と思えない壮大な
スケールと緻密な描写、男のロマンを描き切る。

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次に「生還」。
・・・末期ガンを宣告された主人公が、仕事も家族も全てを投げ打って
民間治療に再起をかける。凄絶な闘いの末に彼を待ち受けたものは・・・。

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そしてエッセイ「我が人生の時の・・・」シリーズ。
・・・「ニクソン」では、常にケネディという光の影に隠れていた
リチャード・ニクソンの、大統領選挙での意外なエピソードを暴く。
実はニクソンはケネディに勝っていたのだ!

「知覧という町で」は、旧特攻隊基地、鹿児島県知覧で少年兵に「母」
と慕われた女性と、南洋に散った英霊との今に続く交流。

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私が初めて接した彼の著作は「スパルタ教育」、私が小学生の頃だ。
これを熱心に読んでいた亡父は、「これからは我が家もスパルタ教育で
いく」と宣言し、私たち兄弟を震えあがらせたものだ。

数々の硬派のエッセイが続くが、最終章が「父親は夭折すべし」。
夭折(ようせつ)とは早死にの意味。
子は常に父の後ろ姿を見て育つ。ならば、年老いて老残をさらす前に、
父として男として早世する事で、残った子らに強烈な印象を残せる。
それこそが「スパルタ教育」を完遂できる唯一の方法なのだ、
という内容。
文字通り苛烈な生き様を見せる彼に相応しいエッセイだ。

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世にアンチ石原の意見は多数ある。特に左がかった勢力からは目の敵に
されている。
もちろん彼にも脇の甘さはあるし、新銀行東京の失敗のように大いに
反省すべき点は多い。

しかし上記のような素晴らしい作品を生み出す原動力のひとつが、あの
傲慢不遜の態度にもあるのだとしたら、多少のお目こぼしは許すべき
だろう。
日本という国家に活力が失われつつあるのを実感する人は多い。
彼のようなリーダーが次世代に現れん事を願う。

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写真は上から故三島由紀夫との文藝春秋屋上でのツー・ショット。
文庫版「挑戦」
同じく「生還」平林たい子賞受賞作だ。
「わが人生の時の時」
絶版となった「スパルタ教育」。再販が待たれる。
慎太郎の近影。

彼は1999年に都知事選に立候補する際、珠玉の長編恋愛小説を書く
構想を温めており、都知事になることでこの作品を完成させる事が
できないのを悔んでいた。

都知事を引退することになった今、私もその長編恋愛小説の完成を
待ち望む多くのファンの一人だ。
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by Mikio_Motegi | 2011-03-06 22:30 | ブレイク