ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

妻をめとらば曽野綾子

作家の三浦朱門は、色紙を頼まれると「妻をめとらば曽野綾子」と
書いたというエピソードを、確か遠藤周作のエッセイで読んだ事がある。
ユーモア半分、おのろけ半分だろうが、後に文化庁長官を務めた程の
三浦朱門にここまで言わせる才色兼備の女流作家が、妻である
曽野綾子だ。

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2008年の刊行で、先月文庫化された「言い残された言葉(光文社文庫)」
を読み終えたが、面白かった。
彼女はあの笹川良一が創立した(財)日本船舶振興会(通称日本財団)
の会長を2005年まで10年間勤めたほどだから、言動は保守系右寄りの
色が濃い、とイメージされがちだ。
が、ここに書いてあるのは実は当たり前の、だが最近忘れられてしまった
日本人の行動様式の源流があると思う。

いくつか抜粋してみる:

「『人間は平等』というのは『人間は平等を目指す』のであり、
『人間は平等になれる』という保証ではない」(自分の傷を舐める)

「人生の不幸は後に必ず精神的財産になる。大災害、大事故の現場に
いながら奇跡的に無傷だった人は、PTSD(精神的後遺症)になんて
ならずにもっと素直にその幸運を喜んでいい」
(同)

「ホームレスを庇(かば)うという事は、法を守る事は必要ないと教えている
のと同じ」(満開の桜の下で)

「どのような田舎の小さな催しでも、すぐに国歌が歌われるのは世界の慣習。
国歌に敬意を表する事は、対立が絶えない世界における最低の儀礼である。
なのに日本人は・・・」
(フィニケの海)

「流行語は誰でもがお手軽に使っているので、手あかにまみれたインパクトの
弱い表現になっている」(二人のドミンゴ)

「黒髪を金髪に染める日本人は、白人崇拝と同時に黒人蔑視を表している
自分を失っている個性の無い集団で、欧米では全く尊敬されない」
(モンテ・ナポレオーネ通り)

「日本は『対人地雷全面禁止条約』に署名すべきではなかった。
持っているふりをして使わなければいい。地雷というものがこの世に
ある限り、それを使わせない為の策を講じるのが大人の判断のはず」
(幼児化に抗する)

「レイプの結果以外の妊娠はすべて当人に責任がある」
(残り1パーセントの真実)


・・・右寄りでも過激でもない、実に当たり前の言葉ばかりでしょう?

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彼女を聖心女子大学卒業の「お嬢さん作家」のように誤解している人も
いるが、実は苛烈な幼少期をすごしている。
1945年3月10日の東京大空襲で被災し心神喪失状態になり、父親に
よる家庭内暴力を受け、さらに母親の自殺の道づれになりそうになった
経験を潜り抜けている。

私は三浦朱門、曽野綾子夫妻とシンガポールで何度かお会いした事
がある。2000年頃の話だが、ご夫妻はシンガポールの植物園辺りに
居を構えており、毎年数カ月をそこで過ごしていた。

日本財団の若い職員がアフリカのどこかから帰任する途中、彼らの労を
ねぎらう為に夫妻が毎年私の勤めるインターコンチネンタルホテル
に宿泊をアレンジしていたのだ。
職員たちの滞在中、ホテルを訪れた夫妻と何度かロビーでお話をさせて
頂いたが、ミセス・タンという、シンガポールの大富豪に嫁がれた
見事な銀髪の日本人女性と連れだって来られていた。

その際にミセス・タンが「私の学生時代の夢はホテルに勤めること
だったのよ」とおっしゃったので、「では明日からフロントでアルバイト
されますか?」と私が返し、会話が盛り上がったものだ。

実は私はその時も曽野綾子の著作をいくつか所蔵しており、その一冊に
直筆のサインをしてもらおうかと思ったのだが、日本を離れたシンガポール
には夫である三浦朱門の著作は手に入らず、奥様にだけサインを頂くのも
気が引けるので遠慮しておいた。

あの時三浦氏には例の「妻をめとらば・・・」を色紙に書いて頂けば
よかった、と後になって悔んだものだが。

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ちなみに私は「右寄り」という表現をどうかと思う。左翼・社会主義系の
「左寄り」と対をなす右翼・保守系の立場を取る人を表す言葉と捉えられ
がちだが、左から見れば真ん中も右に見える、のだから。
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# by Mikio_Motegi | 2010-12-18 20:49 | ブレイク
7日(火)の夜、キッザニア甲子園で開催された大人だけのクリスマス・
パーティーに行って来た。
ご存じのようにキッザニアは、企業が出展しているパビリオンで子供が
その企業の業務を模擬体験し、子供の実社会への関心を高めるという
一種のテーマパークだ。

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私はキッザニアのこうしたアクティビティに、懐疑的な意見を持っている。
実業の世界はキレイ事だけではない。利益追求の為に実にどろどろとした
駆け引きや人間関係がある。反社会的とまでは言わないが、グレイゾーン
ぎりぎりの利益供与だってある。
また、企業実務はセットアップこそが肝心なのであり、ここのように全て
お仕着せのパビリオンでの模擬体験など、近頃のませたガキどもには
感動どころか実業の世界を甘く見下してしまう結果になるのではないかと
思うのだ。

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ただしキッザニアの関係者数名から今回聞き取ったのだが、
キッザニアは子供たちの入場料収入のみで収益を挙げているわけではない。
パビリオンを出展している企業からの相応の出展料と、キッザニアの
価値に賛同する企業からのスポンサー料も収益の柱だという。

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ではパビリオン出展企業やスポンサー企業ののbenefitは何だろう?

まずひとつは、子供たちを連れてくる親や教師の大人の世代に企業をアピール
する宣伝効果がある。

次に子供たちが実務を模擬体験をする事により、その企業への親しみを
刷り込ませ、大人になったときにファンになってもらえる事を期待する
「種まき」効果。

またキッザニアは子供たちに実業への関心を持たせる場所である事から、
企業の社会貢献活動の場として活用することができる。

さらに今夜のような我々を招いたクリスマスパーティーに代表されるように、
様々な出展企業やスポンサーたち同士のネットワーキング活動の機会を
得ることができる。

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今までキッザニアは子供たちの模擬体験の対価である入場料収入だけで
収益が成り立っていると大きな勘違いをしていた私だが、今回認識を
新たにした。
キッザニアは子供を媒介にした、大人の為の立派なテーマパークなのだ。
その意味で彼らのパブリシティ効果、社会貢献効果は評価に値するもので、
こうした新しい形のテーマパークを日本に導入した彗眼に改めて感服する。

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写真は上からパーティー光景。

セクシーなサンタの衣装に身を包んだスタッフ。彼らのホスピタリティの
高さもキッザニアが好評である大きな要因だ。

何のパビリオンだか不明だが、ウォール・クライミングもある。

キッザニア甲子園。1999年にメキシコシティーに一号店がオープン。
日本では東京・お台場に2006年、ここ甲子園に2009年にオープンした。

企業のパビリオンでユニフォームに着替え、模擬体験に興じる大人たち。
いい年をした大人のこんな姿を見ると、バッカじゃねえかと思う。
最近多いという幼稚な大人のコスプレ願望に付け込んで、こうした
「大人だけのキッザニア」もアクティビティにしたらいいのに・・・
やっぱり気持ち悪いな。
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# by Mikio_Motegi | 2010-12-12 09:47 | 京都・紀行

オペラな夜

12月3日(金)、スイスホテル南海大阪で催されたチャリティ・ディナー・
ショーに行って来た。
会場はリノベーションを終えたばかりの最上階のイタリアン「タボラ36」。
今回の企画の目玉は、メトロポリタン・オペラ所属の歌手による約40分間
のオペラのミニ・コンサートがある事だ。

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ちなみに主催はNPOの「JVC 国際ボランティア協会」。
各地でコンサートを開催し、その収益金で世界中の貧困や大災害に喘ぐ人々を
救おう、という団体だ。
このディナー・ショーは私の所属するACCJ(在日米国商工会議所)の
社会貢献プログラムの一環でもあり、私も特別料金で参加する事ができた。

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私が初めて本場のオペラを観たのは20年以上前のウィーン・オペラハウス
での「ワルキューレ」と「トリスタンとイゾルデ」だった。
あの時は、それまでに訪れた事のある日本のコンサート・ホールとは全く違う
雰囲気に圧倒されたものだ。
ブラック・タイとイブニング・ドレスで着飾った男女、高価そうな香水の匂い、
豪華な内装、幕間のシャンパン、そして奮発して購入した桟敷席から観た壮大
(長大?)なる歌曲。絢爛たるハプスブルク文化の神髄の一端に触れた気が
したのを思い出す。

ただし日本にやってくる本場のオペラはチケット代が高い。
一般席でも数万円はするので、そう度々楽しむわけにはいかない。
だから今回のディナー・ショーは、ACCJでの企画段階から大変楽しみに
していた。

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さてレストランでのショーという事で、演目は下記のアリア:

「こうもり」より “乾杯の歌” ヨハン・シュトラウス
「ドン・パスクァーレ」より “なんと快い4月半ばの夜よ”ドニゼッティ
「ルサルカ」より “月に寄せる歌” ドボルザーク
「ラ・ボェーム」より “年老いた外套よ、聴いておくれ” プッチーニ
「カルメン」より “セギディーリャ” ビゼー
「ホフマン物語」より “バラカローレ(舟歌)” オッフェンバッハ

これにいくつかのクリスマス・メドレー。 

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残念ながらパフォーマンスはやや低調だった。
レストランなので音響も悪く、細かい事だがソプラノはビブラートを
効かせすぎ、テナーは低音部がまるで出ていなかった。
しかしKenneth Kellogg というアフリカ系バリトン歌手の声は深く伸びが
あり、素晴らしかった。
また日本人女性によるピアノ伴奏も秀逸。

ディナー・ショーという事で、客は必ずしもオペラのファンばかりではない
ので、雰囲気がややだらけていて緊張感が無かったのも事実。
ステージのすぐ脇の席に座っていたイブニングドレス姿の若い外国人女性が、
ショーの最中に煙草をすぱすぱ吸いだしたのには驚いた。

が、オペラやクラシックが今のようなコンサート・ホールで演奏される
ようになったのはモーツアルトの頃からで、それ以前は王族等のパトロンの
屋敷でのサロン・コンサートが主流だった。
そこでは当然酒食が供されており、歌手たちは煙草やアルコールの匂いの
中でパフォーマンスを演じるのが普通だ。
現在のように、しわぶきひとつも憚れるような雰囲気は無かったろう。
だからその外国人女性も、当然サロンの歴史を知っての喫煙だろうから、
今回は不問に付しておこうと思う。

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今回のショーの後、JVCは大阪と東京で大観衆を前にした本格的な
チャリティ・コンサートを開催するという。
歌手たちが今夜のパフォーマンスで声馴らしをし、本番に備える手助けに
なったとしたら、チャリティに参加できない私としては本望ではある。

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写真は上から今回のパンフレット。
ミニ・コンサート風景。
ACCJ古参会員である吉原氏と私。
ACCJメンバーによる集合写真。
ACCJ関西の事務局、KeizoさんとYukoさんの2ショット。
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# by Mikio_Motegi | 2010-12-05 10:11 | ブレイク

美人の産地

誰が言い出したか知らないが、日本の三大美人の産地とは金沢、京都
そして博多だそうな。
また日本海側に面した県は全て美人の産地であるともいう。
それらの定説に加え、私は今週訪れた京都府福知山市と岡山県岡山市も
大変な美人の産地であるという事実を報告したい。

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初耳だ、という人も多いかもしれないが、本当である。
私は毎年この時期に行われる福知山マラソンに3年続けて参加しているが、
沿道のボランティアやランナーの家族など、特に30代前後以降の家庭の
主婦と思われる女性に魅力的な人が非常に多い。
彼女らに沿道で声援を送られると、どんなにへばっていても途中棄権など
できない。逆についつい無理をしてスピードを上げてしまい、完走後に
疲労がどっとくる。

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岡山も昨日で3度目の訪問だったが、ますますその感を強くした。
現地に赴任しているY氏も同意してくれたのだが、こちらは若年層から
全体的にレベルが凄いのである。
昨日の朝、私が林原美術館に行く方向を尋ねた女性は、あいにく美術館の
場所を知らなかった。するとその女性はどこかの商店でそれを聞いて
確かめ、私に伝える為追いかけてきてくれた。
美しいだけでなく、ホスピタリティも抜群の岡山女性だった。

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福知山は日本海沿岸地域と同じく日照時間が少ない北国なので、色白の人が
多いのはわかる。だが岡山は逆に本州で最も日照時間が長い土地であり、
両者に関係は無いようだ。ただどちらもあまり身体の大きな女性は
見かけず、比較的小柄なのは共通している。
経済的に豊かなのが理由なのか、それとも歴史的に大陸からの渡来者が
多く混血が進んだのが理由なのか。

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もちろん美の基準は人それぞれである。私の場合、ストライクゾーンが
かなり広いのも、福知山と岡山を美人の産地と認める理由かもしれない。

また一般論として、「審美眼」と「鑑識眼」は必ずしも一致していない例が
多いという事実も、様々な場面での言い訳に利用させて頂いている。

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写真は上から、福知山出身のタレント「中澤裕子」さん。
岡山出身の同「神楽坂恵」さん。この2枚は「ご当地タレント」のHP
より拝借。

福知山マラソンで沿道でランナーに「ハイタッチ」をしている女性達。
ランナーにとってこれが元気が出るんだ。
マラソンのスタート地点。この2枚は福知山マラソンのHPより。

岡山城。私に道案内をしてくれた女性は、生け花とイタリア料理のコラボ
を勉強していると言っていた。なかなか興味深いテーマである。
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# by Mikio_Motegi | 2010-11-28 10:22 | 京都・紀行

京都の秋

京都が最も美しく彩られる季節-晩秋を迎えた。
だんだん紅葉の時期が遅くなっており、今年も12月上旬までは
楽しめるだろう。

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先日の飛び石連休、犬の散歩でうっかり近所の大徳寺に出かけたところ、
観光客の人ごみに巻き込まれた。
清水寺や嵐山と違い、大徳寺は普段は観光客などあまり来ない静かな
禅寺なので油断していたのだ。
シーズンにはこんな所にも観光バスが乗り付けるのか、と改めて認識を
新たにした。

その日の晩、家族との待ち合わせで河原町三条に地下鉄で行く途中、
鞍馬口の駅構内の時刻表でこんな表示を見つけた。
観光シーズンの為に臨時列車を運行するとの由。

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1時間に9本走る地下鉄に、たかが1本加えるだけの事だ。
それよりもがっかりしたのが、この運行時間の変更案内に、外国語
表記が相変わらずされてない点である。

京都の観光地で外国人の来ない日、場所などどこにも無い。
むしろ外国人が来ない方がおかしいのが観光都市・京都の筈だ。
それなのに交通機関の時刻表変更表示に外国語表記がゼロとは・・・。
京都市交通局の常識を疑う。

こうした外国人観光客軽視の風潮はまだまだ根強い。
京都だけではない。遷都1300年を祝い大々的なプロモーションを
行っている奈良の、近鉄奈良駅の公衆トイレの状況をご存じだろうか?
あそこには洋式トイレは皆無、トイレットペーパーも備え付けは無く、
自動販売機で購入しなくてはならない。しかもその案内に外国語
表記はもちろん無い。

もっと言うと、関西の玄関口である関西空港の南海電車の
切符売り場では、クレジット・カードを受け付けていない。
一人2-3000円の運賃で、もし家族4人が同伴したら総額1万円以上
になる。
日本に着いたばかりの外国人は、そこでいきなりここは異界だ、
と認識するのだ。

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国交省の旗振りで"Yokoso Japan"キャンペーンが始まり数年がたつ。
今年度の入国者数は6年前の倍近い1000万人に到達する勢いで、
そのおかげで交通機関は充分に潤っている筈だ。
それなのにこの体たらく。
公共交通機関はいつまで国の政策に甘えているつもりだろう?

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写真は上から大徳寺-今宮神社参道のイチョウ並木。
鞍馬口駅構内の臨時列車時刻表。
東山周辺の交通渋滞(京都新聞HPより)。京都に欧米のような
パーク&ライドの運用が根付く為には、観光寺院や商店街の協力、
いや、それよりも危機感の共有が欠かせない。
大徳寺・養徳院の紅葉。
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# by Mikio_Motegi | 2010-11-24 17:08 | 京都・紀行

APECの思い出

横浜で開催中のAPEC"Asia Pacific Economic Cooperation"も
首脳会議がはじまり、会場であるパシフィコ横浜に隣接する
ヨコハマのインターコンチネンタルホテルのオペレーションもいよいよ
佳境に入った。

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私がAPECというとまず思い出すのが、1996年の3月に初めての
海外勤務地としてに赴いたジャカルタのシャングリ・ラ・ホテルでの
着任早々の出来事だ。
総支配人である故ジョン・セグレッティは私を自室に呼び出し開口一番、
「ミキオ、キミのミッションはジャカルタの日本大使館との関係改善だ」
と私に告げたのである。

事前の数度にわたる面接では、私のミッションはジャカルタの日本人
マーケットの開拓、取り込みと言われており、私もそのつもりで
準備していた。
それが「関係改善」とは?

傍らに控えていた営業部長の説明により、1年半前のジャカルタ近郊・
ボゴールで開催されたAPECで、シャングリ・ラは日本の代表団の予約を
締め出した、Kick Outしてしまったという衝撃の事実を告げられた。

もちろん理由もなく締め出したのではなく、ホテルにも言い分はあるの
だが、コミュニケーションの「不幸な」欠如があったのは事実。 
しかし日本大使館の怒りは凄まじく、「シャングリ・ラ出入り差し止め、
日本企業の利用自粛要請」という最悪の事態を招いてしまったのである。

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これは文書で正式に通達されたわけではない。
おそらく一握りの大使館員がパーティーなどの折に漏らした言葉を聞いた
人が、口コミで日本人社会に流布したものだった。

私は困惑した。アジア通貨危機前の当時のジャカルタは世界中から投資が
集まり、経済は大変な隆盛を迎え「バブル」の様相を呈していた。
だから手薄な日本マーケットを取り込む為に私のようなセールスマンが
採用されたのだが、これでは話が違う。
そもそも日本人のホテル利用が禁止されていたのでは私の売り上げ目標は
達成できず、やがて「お払い箱」になってしまう・・・。

しかし私は開き直り、楽観視することにした。
当時の自社さ連立政権下の出来事であり、またいくら大使館員が怒って
いても、人事異動で2-3年もすれば事情を直接知る人はいなくなる。

元々日本人マーケットに浸透していたという土台があったのと、
決定的なのは、シャングリ・ラには日本料理の老舗「なだ万」がオープン
予定で、ジャカルタの日本人社会から大いに期待されている事は
わかっていた。
私が早速翌日からコミュニケーションの欠如を克服すべく、日本大使館や
日系企業に日参しはじめたのは言うまでもない。

幸いある人を介し一等書記官と会う事ができ、彼が新参者の私に対し
寛容な態度を取ってくれたのはありがたかった。

そして多少の紆余曲折はあったが、期末までにGeographic Chartで
日本人の宿泊者数をアメリカに次いで2位になるまで急伸させる事が
できた時は嬉しかった。

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インターコンチ以外にも横浜周辺のホテルで、今のこの時点で私の
ブログなど読んでいる時間のあるスタッフは少ないだろう。
現場を離れた者だけが語れる昔話・与太話である。

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写真は上からAPEC横浜のHPより。
1994年ボゴールでのAPEC。
ジャカルタ市内。真中の尖塔のあるビルの直ぐ右手がシャングリ・ラ
ジャカルタ。
APEC参加国。
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# by Mikio_Motegi | 2010-11-13 21:03 | 東南アジア

三島由紀夫の40回忌

今年の11月25日(木)はあの三島由紀夫の40回忌にあたるそうだ。
市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で衝撃の割腹自殺を遂げ、日本中が騒然となった
あの事件は、当時小学校5年生だった私も鮮明に覚えている。

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三島の文学作品と言えば「仮面の告白」「金閣寺」「豊饒の海(4部作)」
といった緻密な構成の長編が代表格だろう。
「金閣寺」は間違いなく彼の代表作だが、あれは読むほうも相当のパワー
とエネルギーが要求される。中途半端な気持ちで読み始めると、作品の
吸引力に負けて、自分がどんどん主人公・「私」こと林養賢に同化して
いってしまうのだ。そしてその先にどんな運命が待っているかと思うと、
空恐ろしくなる。
だから私は個人的には「午後の曳航」「憂国」「青の時代」のような
中短編が好きだ。

また彼の数あるエッセイのうち「不道徳教育講座」は小市民のケチな常識・
人生観をあざ笑うかのような諧謔に満ちていて、今も愛読している。
たしか私が中学生の時、この単行本を家の本棚で見つけ読んでいたら、
亡父に「こんな本は読むな」と怒られた記憶がある・・・じゃ、何で
自分は読むのさ?と大いに不満だったが。

そこにはこんな事が書いてある:

・友人を裏切らないと、家来にされてしまう場合が往々にしてある。
たいへん長く続いた美しい友情を調べると、一方が主人で一方が家来の
事が多い。

・「実るゆえ、頭の垂るる稲穂かな」。
高い地位にいる人は安心して謙虚を装える。

・約束に縛られる人は人物の器量の小さい証拠。

・金持ちがいかにケチをしても「貧乏だから」と思われる心配が無く、
堂々とケチができる。

・・・なるほど、中学生には読ませたくない内容である。

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「牡丹」(「花ざかりの森・憂国」に収録:新潮文庫)という6ページに
みたない短編は、太平洋戦争中の中国での残虐な行為で名を成した軍人の
物語。
彼は戦争裁判から逃げおおせた後、東京の郊外に広大な土地を購入し、
そこに見事な牡丹園を造園する。咲き誇っている牡丹の数は、580本。
その580という数字は、彼が戦争中に中国で、手ずから念入りに虐殺した
女性ばかりの中国人死者の数と全く同じ。
つまり彼は美しい牡丹を愛玩することで、自分の悪行を余人に知られず
秘かに思い出にし、顕彰することに成功したのである、というお話。

本当の大悪人は自らの行状を反省したりしないものだ、という人間の本性を
シニカルに、且つ見事に描いている、妖しいまでの佳品だ。

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「盾の会」を創設し、自衛隊によるクーデターを呼び掛け、果たせず
自決したた三島。
私ごときが三島の生き様をどうこう言える立場ではないのは十分承知
している。ただ現在の日本の状況、尖閣問題や沖縄米軍基地問題で
顕著になった行政府の堕落、覇気の無い次世代、またそれを許してしまった
私たちの責任といったもろもろの状況を三島は40年前から察知し、
憂えていたのだ。
しかし身をもってそれを国民に訴えた三島の遺言は、その後の日本では
埋没してしまったままだ。

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写真は上から三島の肖像。

新潮文庫「金閣寺」の限定版黄金のカバー。没後40年なので、各出版社は
もっと派手に「三島フェア」を開催すると予想していたが・・・。

朝日新聞の夕刊記事。当時我が家で購読していた「週刊朝日」には
三島と、共に割腹自殺した森田必勝の血まみれの生首が陸上自衛隊総監室
に安置してある写真が掲載されていた。

毎年三島の命日である11月25日に東京の九段会館をはじめ、全国で
執り行われる「憂国忌」のHPより。
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# by Mikio_Motegi | 2010-11-07 10:33

読書週間2010

昨年11月1日のエントリーで記したように、私は「読書ノート」なる
物を書いている。読んだ本の気にいったフレーズを抜粋し、簡単な感想を
書き留めるだけのものだが、これを続けるのがなかなか難しい。

私の読むスピードが遅いのに、1冊が読み終わらないうちに新しい本に
つい手を出してしまうので、読了しないのだ。
こうしてせっかく購入したのに常に3-4冊が読み終えられず、その辺に
置きっぱなしになっている。

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さて昨年同様、再読を含みこの1年で読んだ中で、良かったもの、
「くだらねえ」と思ったものを数冊記してみる。


良かったものベスト10 (順不同)

1.散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道 
  硫黄島 栗林中将の最期         梯久美子

2.スクランブル 「イーグルは泣いている」 夏見正隆

3.こころの王国 菊池寛と文芸春秋の誕生 猪瀬直樹

4.古代への情熱                 シェリーマン

5.ヴェニスの商人                シェイクスピア

6.マルタの鷹                   ダシール・ハメット

7.オシムからの旅                木村元彦

8.不道徳教育講座               三島由紀夫

9.菊池寛短編集
  「恩讐の彼方に」「忠直卿行状記」     菊池寛
  
10.ポー名作集                エドガー・アラン・ポー
                          (訳:丸谷才一)
  
・・・・・・・・・・・・・・・・

1.米軍による本土空襲から愛する家族と日本を守る為、劣悪な環境下で
鬼人の如く硫黄島を防御する栗林中将とその部隊。
「あとがき」で、「私たち次世代の為に、言葉に尽くせぬ辛苦を耐え、
ふるさと遠く離れて亡くなったすべての戦没者の方たちに、あらためて
尊敬と感謝を捧げたい」との一文に、思わず涙した。

2.著者は航空自衛隊の戦闘機パイロットであるだけに、コックピット内の
描写、表現は秀逸。憲法9条や自衛隊法と現実の矛盾を平明に説き、
日本の防衛のありかたを考えることができた。

3.菊池寛の偉大なところは、物書きとしての自分の才能に見切りをつけ、
自分より優秀な作家たちのプロデュ―サーに徹した事。

4.並みはずれた努力と、懸命に働けば辛い現在から解放されるという
確実な見通しが、シュリーマンを偉大な発見へと駆り立てた。

5.現代においても尚主人公シャイロックの人間像に新解釈がされるあたり、
シェイクスピアは多くの未知数をはらんだ人物像を提供してくれる。

6.「ハードボイルド」の古典。レイモンド・チャンドラーも
ロバート・B・パーカーも北方謙三も皆ハメットの影響を受けた。

7.「バルカンの火薬庫」に生まれ育ち、超一流のサッカー監督として、
同時にいくたびの戦乱を生き抜いた不屈の人として、オシムは常に
尊敬に値する人物。サッカー監督は哲学を持ち、それを語らなければ
ならない。

8.没後40年。ミシマへの評価は固まったのか?「金閣寺」「憂国」
と併せ読むと、底知れぬ人間性、森の奥の沼に佇むようなシニシズム、
ウルトラ保守という多面性が伺える。

9.タイトルの他、「俊寛」「蘭学事始」等、小学校から高校までの
教科書で取り上げられた作品が並び、入りやすい。
ただ「俊寛」の結末等、教科書に抜粋されたものとオリジナルでは
読後感がまるで違う事に気づかされた。

10.「モルグ街の殺人」「黒猫」等、ロンドン、パリ、ニューヨークの
古く暗い石畳の街の情景が脳裏に浮かぶ。重厚な丸谷才一の名訳も。

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読むんじゃなかったと、お金と時間を返してほしくなる本


1.「走ることについて語るときに僕の語ること」    村上春樹

2.「芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか」  市川真人

3.「『言語技術』が日本サッカーを変える」       田嶋幸三

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.彼は何をぐだぐだとくだらない理屈を書き連ねているのか?
かつてのシャープな切れ味は何処へ?ノーベル賞が遠のいた駄作。
 
2.最近流行りの「・・・はなぜ・・・なのか」というタイトルの新書は、
読むだけ時間のムダと悟らせてくれた一冊。

3.こんな人が日本サッカー協会の要職に就いたら、現場は混乱する
だろうなと心配になる。「言語技術」の卓越した理論と、彼の
サッカー界における素晴らしい経験、知見が全くリンクしていない。
ただし挿入されたエピソードは面白い。

・・・・・・・・・・・・・・

・・・私はビジネス書、特に新書版はあまり読まない事にしているが、
今年はいよいよその傾向が強まった。
自分に足りない何かを読書で得ようとすると、何十年、時には何百年と
版を重ね読み続けられるモノにこそ不変の価値感があり、それしか
頼れないと思うからだ。

ただし、今年のベスト10に一冊もビジネス書が選ばれないというのも、
明らかに偏りがあると言えるだろう。来年はもうちょっと意識して
ビジネス書を読んでみようか・・・。

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写真は上から フラゴナールの「読書する娘」

私の今年のベスト10冊

映画 "You've Got Mail" の1シーン。
ニューヨークの老舗と新興チェーン書店の争いと、お互いの身分を知らず
恋に落ちた両社の経営者の物語。
メグ・ライアンとトム・ハンクス主演、1998年作品。
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# by Mikio_Motegi | 2010-10-30 21:15 | ブレイク

アディダスVSプーマ

先日のメディアに、日本サッカー協会が代表チームの背番号"10"の座に、
エースの本田圭佑ではなくサイド・アタッカー香川真司を指名する
という記事が載った。
その理由は彼らの実力云々ではなく、香川が普段からアディダスの
スパイクを愛用する一方で、本田はミズノのスパイクを履いていて、
協会は代表のユニフォーム類を長らく支援しているアディダスに気を使い、
エース番号を香川に与える、というもの。

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私はその記事を読み、義憤にかられた。サッカー選手にとって背番号"10"は
ペレやプラティ二、マラドーナに代表されるように、絶対的エースのみに
着用が許される聖なるナンバー。
それをたかが道具メーカーの顔色を伺って・・・などと、抗議のブログを
書こうとPCに向かった。

ところが参考資料にしようと今年4月に刊行された「アディダスVSプーマ」
を購入し読み進むうち、唖然・呆然としてしまった。
私の義憤がいかに子供じみたもので、実はスーパースターであるペレも
マラドーナも、そしてあのベッケンバウアーとクライフも、世界の
スポーツ・ブランドが繰り広げる経済「戦争」に手を、いや足を貸して
いたという事実を知ったからである。

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アディダスとプーマは、ご存知の方は多いだろうが元々アディとルドルフ
の兄弟が戦前から経営する「ダスラ―兄弟商会」が出発点だ。
しかし兄弟間の確執から兄のルドルフが離脱し「プーマ」を設立。
ダスラ―兄弟社を引き継いで「アディダス」を設立したアディと共に
次第にスポーツ用品マーケットの覇権を争うようになる。

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そして自社の「広告塔」となり得る有名選手たちを次々と手中に納めようと、
札束が飛び交う経済戦争を繰り広げ事になる。
彼ら有名選手を利用し、あの手この手で自社製品をアピールする手法には
あっけにとられる。

例えば普及しつつあるテレビの視聴者をターゲットに、サッカーの試合中に
ゴールを決めた選手にスパイクを脱いで頭上に掲げながらピッチを走り
回らせる、或いは脱いだスパイクにテレビカメラの前でキスをさせるなんて
演出は日常茶飯に行われたという。
あの感動のシーンは実は「やらせ」だったのだ。

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凄いのは、プーマを履いたあのペレが、試合開始の直前に審判に対し
スパイクの紐が解けたと伝えてキック・オフの笛を数秒間遅らせ、その間に
かがみこんで紐を結び直す、という演出。
その数秒間、ペレがゆうゆうと紐を結びなおすプーマのスパイクは、
テレビ画面を通し世界中の何千万人という視聴者が注視する事になるのだ。

ヨハン・クライフは本当はアディダスが大好きなのに、マネージャーが
プーマと契約してしまった為、仕方なくアディダス製のスパイクを、
あの三本線を靴墨で塗りつぶして履いていた事もあるという。
私などクライフが履いているからずっとスパイクはプーマと決めていたのに。

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厳しいアマチュア憲章、まだまだスポーツに対する経済的サポートが少ない
という時代背景。それらに目をつけたのがアディとルドルフで、は窮乏した
選手や協会役員に巧みに近付き、高価なスパイクやボールを現物供与する事
からはじまり、家族ぐるみの豪華な接待、「実弾」攻撃により人間関係を
構築、マーケットに浸透したのである。

この本では、アディダスとプーマという2大スポーツブランドが、選手たち
のみならず各競技団体やオリンピック委員会、FIFA(国際サッカー連盟)
といった巨大組織に対し「スポーツ・ポリティクス」を導入し取り入り、
浸透していった過程を読み取れる。

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省みて、現代の我々の周囲のホテル・マーケティング戦略はどうだろう?
確立されたブランドや、交通至便といったアドバンテージに胡坐をかき、
大きなものに挑戦することを忘れ、小さな満足に溺れている経営者は
いないだろうか?
IT媒体での浸透に力を注ぐあまり、人間臭い、どろどろとした関係構築を
避け、結果として活力を失う事態に陥っていないだろうか?

「全ては人間関係に尽きる」と公言するダスラ―兄弟の凄まじい接待攻勢も、
現代の希薄な顧客とセールスマンとの関係と比べれば、妙に懐かしく
且つ羨ましく思える。とにかくルドルフもアディも顧客情報獲得の為、
粉骨砕身の努力を惜しまず全力投球し続けたのだ。

サッカーを始めて40年、今まで私がこだわっていたアディダスやプーマの
イメージは根底から覆された。
そんな背景を知ってしまったからには、冒頭の日本代表の背番号"10"も、
誰が着用してもどうでもよくなってしまった。
どうぞご自由に、何だったら希望者がじゃんけんで決めたら?

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写真は上から本田と香川。

イメージ。

ホルストとアディのダスラ―兄弟。

1974年西ドイツワールドカップの決勝、西ドイツ対オランダでの
ベッケンバウアーとクライフ。
私が初めてTVで「ナマ」観戦し、最も印象に残っているワールドカップ。

スーパースター、ヨハン・クライフ。ビジネスマンとしての嗅覚も
抜群で、アディダスとプーマを両天秤にかけ、巧みに契約料を
吊り上げた。

フランツ・ベッケンバウアー。ドイツサッカー界の「皇帝」にして
2006年ワールドカップドイツ大会組織委員長。
同時にアディダスの終身大使としても収入を得ているという臆面の
無さも皇帝級。

「アディダスVSプーマ」(バーバラ・スミット著 RHブックス刊
820円)の表紙。
やや冗漫で翻訳がこなれていない部分も散見するが、そこは読み
飛ばしてもいいだろう。
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# by Mikio_Motegi | 2010-10-24 15:22 | サッカー、スポーツ

女は世界の奴隷か!

少々刺激的なタイトルだが、私の言葉ではないのでお許し願いたい。
あのジョン・レノンの歌の題名である。
原題は"Woman is the nigger of the world!"
1972年の作品で、オノ・ヨーコに触発されフェミニズム、女性解放に
ついて歌ったもの。

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先日メディアの記事で、日本女性の社会進出の度合いの低さが話題に
なった。「世界経済フォーラム」によると、日本女性の社会進出度は
世界134カ国中94位だそうである。ちなみに中国は61位。
これは各国女性の経済面での進出度合い、教育水準、政治参加、健康
について数値化したものだそうだ。
この現実について、日本の女が悪いのか、男があるいのか私はわからない。

ただ蓮舫参議院議員の国会内での"Vogue"誌写真撮影を巡る一連の意見を
聴いている限り、女性の足を引っ張るのは女性、弱者を苛めるのは弱者という
古来からのセオリーがそのまま当てはまるという感を強くした。
あれこそまさに上記の「女性の政治参加」を阻む行為、すなわち嫉妬に
他ならない。
そして、この世に弱者から受ける嫉妬ほど怖いものは無い。

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「社会進出の度合い」という標準に照らせば確かに日本は遅れているが、
では「男と女とどちらが強いか?」という疑問に対し、私は個人的には
「女の方が強い」と答えたい。

人材に関わる私のような商売をしていると、キャリア相談だか
身の上相談だかわからなくなってくる事が時たまある。
キャリア相談はキレイ事だけではない。現状の不満、不遇を語るうちに
激してくる人は多くいるが、時には泣きだしてしまう人もいる。
そして私が今まで遭遇したケースでいえば、それらは全て男性だ。
女性の涙は、私は職務上で出逢った事が無い。

古来、女性は強い男性の庇護の下でのみ生き永らえることが事ができた。
厳しい自然環境や獣たちの襲撃、他部族からの略奪に対し、自分を
守ってくれる男を本能的に嗅ぎわけ、その腕の元に飛び込んで
したたかに生きてきた。それが女性である。

現代社会は、弱いとされる女性や子供を守らなければならない男の
「マチズモ」を貫くには、いささか厳しい時代と言えよう。
女はそんな弱い男を見限って、他所の強い男についていける。
男にはそんな芸当はできず、悲嘆にくれるしかない。
そう考えると、「女性の社会進出」という尺度がどれほど意味の
あるものか、私にはわからなくなってしまうのである。

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閑話休題。「働く女性の環境改善」をスローガンに、ACCJ
(在日アメリカ商工会議所)関西部会が主催する「ウォーカソン」が
明日10月16日(土)に神戸のメリケンパークで開催される。
ご興味のある人は是非足を運んで下さい。

健康に良く、為になるイベント、美味しい食事が盛りだくさんです!

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# by Mikio_Motegi | 2010-10-15 14:39 | ブレイク