備忘録として、今年読んだ文芸書ベスト5 (順不同):
1.「指導者とは」 リチャード・ニクソン著 文春学芸ライブラリー 1660円
2.「ジャッカルの日」 フレデリック・フォーサイス著 角川文庫 819円
3.「俳優のノート」 山﨑努著 文春文庫 660円
4・「マネー・ボール」 マイケル・ルイス著 ハヤカワ文庫 940円
5.「痴人の愛」 谷崎潤一郎著 新潮文庫 670円
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1.権力の栄光と挫折を知りつくしたアメリカ元大統領だから書けた、20世紀リーダー論の最高峰。チャーチルに関する記述が秀逸。「偉大な指導者は必ずしも善良な人ではない。ロシアのピョートル大帝、シーザー、アレキサンダー大王、ナポレオン。いずれも善政より征服者として歴史に残っている」
2.32年ぶりの再読。フォーサイス自身が確立した事実とフィクションが混在した「ドキュメンタリー・スリラー」分野の最高傑作。「プロは一時の熱狂では行動しない。だから冷静であり得るし、基本的なエラーもまず犯さない、逡巡する事もない、主義主張に振り回されない」。「月の光を見ていると、どんな教養ある人でも原始人に帰る、と言います」
3.日本の名優が演じる「リア王」の準備段階を描いた日記文学。演技とは?死とは?親子とは?「演じる」ことに名優とはここまで自己の精魂、肉体、信念をそそぎこむのか。「ドラマチックとはダイナミックという事であり、ただ親子や恋人が分かれるだけのシーンを延々と続けるような、自己充足的感情芝居はドラマではない(劇とは劇薬の劇なのだ)。
4.ブラット・ピット主演映画の原作。ヤンキースの3分の一の予算でヤンキース以上の成績を治めたメジャーリーグの貧乏球団、オークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーンの熱狂的かつ知的な球団運営を描く。統計データを駆使し野球界の常識を覆す「弱者の戦法」とは?
5.今まで手を出せなかった谷崎物だが、これは読みやすい。谷崎の「入門編」としておススメ。知性も性に対する倫理感もない「ナオミ」に溺れて行くダメサラリーマンの「私」。自分好みの女に育てたつもりが、実は隷属させられる。男とはしかしクレオパトラ、カルメン、コンスタンツェ・モーツァルトのような「妖婦」に弱いものよ。
・・・相変わらず新書、ビジネス書は(少しは読むが)殆ど手にせず、ハヤカワ文庫を中心とした翻訳ミステリー、探偵ものばかり読む私の読書癖。年末になって初めて谷崎潤一郎を読んだが、新鮮だった。ただし「細雪」には当分手が出せそうもない。
来年はどんな本に出会えるか、楽しみだ。当面は「シャーロック・ホームズシリーズ」を読んでみよ。
私は毎年50冊前後の本を読むが、残り少ない人生、いわゆる
「名作」と呼ばれる作品をなるべく読もうと今年は年初に誓った。
つまりライトノベルやベストセラー本には目もくれず、版を重ねた
古今東西の本物の作品を読みたい。そうでなければもし自分が今日、この
タイミングで命を落とす事があったとしたら後悔してもしきれない、
と思ったからだ。
・・・ところが、古今東西の名著は大抵上下2巻以上ある大作なのである。
あきっぽい私はこの「上下2巻」というのが大の苦手で。
つまり今年も「大作」は読めませんでした。
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さて再読を含めた今年の私のベスト10は以下の通り (順不同)
1.「火星年代記」 レイ・ブラッドベリ著 ハヤカワ文庫
2.「君命も受けざる所あり・私の履歴書」 渡邉恒雄著 日本経済新聞社
3.「おとなしいアメリカ人」 グレアム・グリーン著 ハヤカワ文庫
4.「閉ざされた言語空間・占領下の検閲と戦後日本」 江藤淳著 文春文庫
5.「日本三文オペラ」 開高健著 新潮文庫
6.「エニグマ奇襲司令」 マイケル・バー=ゾウハ―著 ハヤカワ文庫
7.「宴のあと」 三島由紀夫著 新潮文庫
8.「女ざかり」 丸谷才一著 文春文庫
9.「たった一人の反乱」 丸谷才一著 講談社文芸文庫
10.「国が滅びるということ」 竹中平蔵・佐藤優 共著 中央公論新社
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1: 幻想小説の代表作。火星に移住した人類と火星人の運命は、衝撃的で
ある意味当たり前の結果を招くことに。その「当たり前」感が恐ろしい。
2: 世界最多の発行部数を誇る読売新聞社の独裁者は、政財界、プロ野球界
に隠然たる影響力を持つ一方、カントの哲学書を読み耽る大教養人でもある。
これじゃそんじょそこらの評論家や経営者が太刀打ちできないわけだ。
3: 自らを「正義」と信じて疑わないアメリカ人がベトナム戦争で泥沼にはまった
原因は、彼らの「無邪気さ」にあった。老獪なヨーロッパ人ジャーナリストの
視点から描く文化の違いを小説仕立てに。
4: 中国や韓国の「洗脳された反日史観」を笑う前に、戦後アメリカによって
洗脳された日本人の「自虐史観」を笑え!日本人の欧米ライフスタイル礼賛の
原点は、GHQによって刷り込まれたものだった。膨大な一次資料から検証する
衝撃の書。
5: 「生きる」為、「食う」為に、人間はここまでパワフルになれるのか?
戦後の大阪の焼け野原に夜な夜な出没する大窃盗団の栄枯盛衰記。
痛快な反権力集団である彼らは、同時に究極のグルメ集団でもあった。
6: 第二次大戦中ナチス占領下のパリに単身侵入したフランス人大泥棒
ベルヴォアールの運命は?ナチスの暗号通信機「エニグマ」の争奪戦を巡る
痛快戦争冒険小説。パリの描写が彩りを添える。
7: 東京の一流料亭を舞台に、政治家の妻であり一代でこの料亭を築き上げた
美貌の女将が、夫の選挙運動に邁進する姿を描く。清廉な理想主義者である
夫より、世俗的で女の武器をフルに活用する主人公の方が実は政治家向き
だった?
8: 一流新聞社の女性論説委員が社説に書いた「単身赴任者の妻の姦通(うわき)
は当然」の一言が、政財界を巻き込んだ大論争に発展する。スケールの大きな
ギャク、諧謔が満載。
9: 民間に天下った元エリート官僚が、モデル出身の若妻と結婚してから
狂う人生行路。膨大な知識量と強靭な想像力を駆使し、日本的伝統のあり方を
描き出す。
10:日本全体がミクロ・マネジメントにこだわり、マクロを忘れてしまっている現代
への警笛の書。TPP、原発、領土、小さい事象にこだわるなかれ。
今年の特徴は二つ。一つはハヤカワ文庫のいわゆるスパイ、SF作品が3つも
入った事。もうひとつは「丸谷才一」の著作が2点、彼の書評から購読した
作品が1点(6.エニグマ-)、計3点が入った事。昨年度の文化勲章受章を
きっかけに私が再読している著者である。先月87才で他界したが、改めて
素晴らしい作家だった、と再認識した次第。
ジャクソン・ポロックの生誕100年を記念する「ジャクソン・ポロック展」
が開催されている。
ポロックは20世紀のアメリカを代表する抽象表現主義の画家と
讃えられている。
競売で落札された絵画としては史上最高額の136億円を記録し、
「ピカソを超えた存在」と称賛される文字通り現代美術の至宝である。
1912年にワイオミングで生まれた彼は、ネイティブ・アメリカンである
ナバホ族の砂絵の技法の影響を受け、キャンバスに直接筆を立てて描く
従来の手法から、キャンバスを床に置き、上から絵具を滴らせたり、
スナップを利かせて絵具を撥ねつける技法「アクション・ペインティング」を
確立した。
また「オール・オーバー」と呼ばれる、画面を同じようなパターンで
均質的に覆い全体と部分が似通っている規則性(フラクタル)で描かれた
その絵画は、作品というよりも、新しい作画行為の軌跡そのものが高く
評価されている。
ところがその絶頂期を迎えた直後、アルコール依存症の発症や、新しい
技法に挑戦するも確立できない焦りから、ポロックの混迷がはじまる。
黒エナメル一色の作品を描いたり、具象画を描いたりして評論家から
酷評され、また作品そのものも描けなくなってしまっている。
そして1956年、自殺行為とも言える無謀な自動車運転による事故で
44才という若さで死亡してしまう。
至宝と称された「アクション・ペインティング」技法で作品を描き続けて
いればいいのに、彼は何故それを棄て、新しい技法に挑んだのか?
何を目指して?
その技法が確立する前にポロックは死亡してしまった為、答えは誰にも
わからず、彼の作品は何も語ってくれない。
彼が目指したものなど私には理解できようもない。ただ、確立した技法も
名声も全て棄て、自己変革を求めてもがき苦しむ姿に、私は限りない
憧憬を憶える。どんなに成功を成し遂げてもひと時も同じ場所にいない、
変化し、とにかく進み続ける姿に。
写真は上から、彼の代表作 「インディアンレッドの地の壁画」
(テヘラン現代美術館所蔵)
アクション・ペインティングの光景
「カット・アウト」(大原美術館所蔵)
「黒い流れ」 (国立西洋美術館蔵)
「秋のリズム」(メトロポリタン美術館所蔵)
長谷川等伯「松林図屏風(右隻)」
・・・ここで何故等伯の「松林図」を載せたかというと、日本の墨絵の特徴
である余白の使い方が、ポロックの「黒い流れ」や「秋のリズム」等に
影響を与えているのでは?とふと感じたから。
そして私が最も好きなポロックの作品も、余白が何かを語る「秋のリズム」
なのである。
現代美術は良く分からんという人は多いと思う。私もよく分からない。
では私が何故抽象画、現代美術を好むかというと、その時の私の気分で
解釈を変えられるからだ。
疲れている時は癒され、元気が欲しい時はパワーをもらえる。
そんな自分の都合に合わせた鑑賞が出来るのが抽象美術、現代美術では
ないだろうか?
もっともこの解釈も以前出逢ったある女性からの受け売りだが・・・。