比叡山延暦寺
2009年 04月 11日
出かけた。
私は山頂付近にある「ロテル・ド・比叡」というオーベルジュには数回
足を運んだ経験があるが、延暦寺を参拝するのは初めてだ。

京都生まれの家内は、子供の頃は祖母に連れられ正月に参拝するのが
年中行事だったという。
延暦寺は京都の北東(古来『鬼門』の方角とされてきた)に位置する
標高848メートルの比叡山一体を境内とする天台宗の総本山。
平安時代に「伝教大師」と呼ばれた最澄によって開山された・・・ここまでは
確か中学か高校の教科書に載っていた筈。
下界の市内では桜が満開だったが、つい2週間前の3月下旬まで夜間は
氷点下まで気温が下がったという比叡山。寒い。
参拝受付を過ぎると、中は非常に整備された道のりが続く。
本堂を経てお目当ての根本中堂(こんぽんちゅうどう)までは、80才を
過ぎた母の脚にも大した負担は無く辿り着ける。

根本中堂は延暦寺発祥の地で、最澄が建立したもの。織田信長により
焼け落ちたが、後に徳川家光により再建され、現在は国宝に指定されている。
内部(内陣)は我々参拝者が入れる外陣より3メートル程低く、見下ろす構造。
内陣には3基の厨子が置かれ、中央には薬師如来立像が安置されている。
ちなみに我々の手の四番目の指を何故「薬指」と呼ぶかというと、薬師様が
薬を施す際に使用する指だからとか。
灯篭には最澄の時代から現在まで絶やすことなく灯り続ける「不滅の法灯」が
灯されている。この火は信長の焼き討ちで一時途絶えたとされていたが、
山形県の立石寺に分灯されてあることを発見し、それを移したので結局
絶えた事にはなっていない由。
内陣は薄暗く、法灯のかすかな明かりに照らされた部分しか見えない。
下界は春爛漫だというのに、ここでは吐く息が真っ白だ。
が、1200年以上絶えることなく灯される火に象徴される比叡山の僧侶達の
意思、「千日回峰(せんにちかいほう)」に代表される数々の難行、そして
時の権力と密接に関ってきた伝統を思うと、自然と襟元を正す姿勢になって
しまう自分に気付く。
何となればここは法然、親鸞、栄西、道元、日蓮といった仏教界の巨人が
修行した「日本仏教の母」とも称される大寺院なのだ。

私も京都市内の寺院は随分訪れたが、ここほど「荘厳」「霊気」「神秘」といった
語句がピッタリの空間は無いと言える。
延べ数十万人の僧侶達が難行に耐え抜き、悟った何かがここには現存する。
かといって、敷居を狭めているわけではない。年寄りでも子供でも受け付ける
間口の広さも併せ持っている。
多分広大な墓地を所有し、’且つ各界から莫大なお布施が落ちるのだろう。
「観光寺院」のあざとさは微塵も感じられない。食堂、喫茶、お土産物屋の
店員さん達の応対も親切で嬉しい。
総合力で日本一、ニを争う寺院といえる。さすが比叡山延暦寺。

写真は上からWikipediaの「比叡山」より拝借。
根本中道の外観。
JR東海「そうだ、京都、行こう」のキャンペーンにて撮影された
根本中道の内陣。
根本中道の渡り廊下。
↓ はおまけショット。五条辺りの高瀬川にかかる桜。花びらが散り、
川の水面を彩っている。


