京都の祭り
2009年 07月 19日
一昨日無事に終わった。今年も例年通り40万人近い人出だったようだ。

私のような関東地方出身の者にとって、祭りとはその年の収穫・五穀豊穣
を感謝し無病息災を祈願する、農耕に密着した秋の「収穫祭」をイメージする。
1年の辛い労働を終え、いわばお祝いのような解放感に溢れた、心が
うきうきするものだ。当然「無礼講」的な行為も行われ、泥酔、暴力、
乱痴気騒ぎ、フリーXXX等々のエクストラバガンザが繰り広げられる。
かくいう私の初XXXも高校時代の地元のお祭りの時で・・・、いや、
話題がそれた。
一方1000年以上の歴史のある京都の祇園祭は、元々は
「御霊会(ごりょうえ)」という、一種の厄払いの儀式であった。
御霊とはミタマのことで、平安時代に殺されたり無実の罪で死刑に
なったりした人の霊は怨霊(おんりょう)になったとされた。
その頃の疫病の大流行や天変地異はすべて御霊の所業と考えられていて、
御霊を鎮撫する儀式が祇園祭の起源のようだ。
実は祇園祭りのようなメジャーなものだけでなく、我が家の氏神である
玄武神社や今宮神社の例大祭であり「京都三大奇祭」のひとつである
「やすらい祭り」も、また同じく北区にある上御霊神社の「御霊祭」も
同じく御霊会が起源だ。
いずれにせよどれも怨霊の怒りを鎮める祭りなので、様式が整い全てに
意味がある。そう言われてみれば祭りを盛り立てる「コンチキチン」
の音色も、やすらい祭りの「カンコ」と呼ばれるお囃子もどこか神秘的だ。

だとすると、人々が京都の祭に異形なものを感じ、それを慕って毎年
全国から観光客が集まってくるという構図も納得がいく。
逆に、私の周囲の生粋の京都っ子で、毎年神田祭やねぶた祭を
見に出かけて行く、という人の話も聞かない。
ちなみに京都っ子の家内は私の実家の群馬県の桐生祭に、
「何か変なお祭やね」という感想を持っているようだ。
彼女らにとって「収穫・五穀豊穣祈願」のお祭りというのは、今ひとつ
馴染めないものらしいのだ。

今月21日まで行われる下鴨神社の「みたらし祭」でも「足漬けの神事」
というけったいな行事がある。
また五山の送り火もあれは精霊送りだし、お盆に市内の辻々で行われる
「お地蔵さん」も起源は悲しい物語から来ている。
関東っ子である私が理解するには、まだまだ深遠すぎる京都の
諸行事の数々である。
写真は上から www.culinary-academy.com
www.rakutabi.com
www.kanda-isamikai.com より

