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ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

渋谷「ブラック・ホーク」伝説

現在の渋谷・道玄坂の百軒店(ひゃっけんだな)界隈は、
完全な風俗の街だ。
が、1970年から80年代初頭にかけて、ここに
「ブラック・ホーク」という超個性的なトラッド系ロック喫茶が
存在していたことを知る人は多くない。



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          ザ・バンド 「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」

ブラック・ホークは暗い穴蔵の様な場所でロックの轟音に身を
委ねる、という店ではない。むしろクラシック喫茶の趣きがあった。
ここでのロックは、例えば音量ギンギンのヘビメタ全盛期に
アコースティック系を、西海岸のアダルト・ポップな音楽が席巻すると
ゴスペル色の強い南部音楽を流すというもの。
かなりへそまがりで世の流れに同調しない、それでいて専門的で
特別な空気に満ちているものだった。

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           ライ・クーダー「チッキン・スキン・ミュージック」

コンサート会場で聴く場合と違い、メディアを通した音楽鑑賞とは
そもそも独りで楽しむものだ。だがロックやジャズ、クラシックを
専門的に流す喫茶店は、いわばお客と店側が価値観を共有する
場だった。
主に常連客同士で流れてきた曲に対しお互い顔を上げて
「いいね、これ・・・」と目配せしたり、逆に不満顔をアピールしたり
する、つまり曲を選ぶ店側、及びその曲をリクエストするお客の
感性をも厳しくチェックするという修練の場、とも言えた。

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           二ール・ダイヤモンド「ジャズ・シンガー」 

リスナーであるお客に緊張を強いる独特の雰囲気があり、流行を
全く追わない店だったので、下手なリクエストなどとてもできなかった。
店員さんもどこか謎めいていて怖かった。
私など当初は隅の席で音楽を「聴かせて頂いています」という状態。

リスナーにも高いハードルを設定していて、ブラック・ホークの
価値観にあった音楽のみを流し、「ブラック・ホークはただ今
こういった曲を流しています。(ついてこれるかい?)」
と冷ややかに眺めている感があった。

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           ピーター・グリーン&フリートウッド・マック
             「フリートウッド・マック」


ある時私と同じような「シロウト」のカップルの一見客が、当時
大流行していたAORのボズ・スキャッグスをリクエストした場面に
遭遇した。
その時店員さんは全く無視。そのお客と目も合わさない。
「ウチではこのような曲は扱っていません」と説明するでなし、
「はあ?」とあからさまに馬鹿にするでなし。とにかく完全無視。
そして気付くと常連客の冷たい視線が彼らにいっせいに注がれて
いる。
・・・そのカップルがすごすごと退散したのは、言うまでも無い。

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           ハリー・ニルソン「夜のシュミルソン」

そのようない緊張感溢れる店なので、お客同士のお喋りも禁止。
ちょっと大きな声で喋ろうものなら「お静かに」と書かれたカードを
店員さんにつきつけられる。

最近の言葉で言えば、時代・流行の空気を全く読まない曲ばかりを
かけ続け、それでいてリスナーに店の空気を読むことを求めていたのだ。

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           ブルース・コバーン「ハイ・ウィンズ、ブライト・スカイ」
             (原題)


1985年に閉店。ビルは壊され、往時の面影は全く無い。
すぐ隣のカレーの「ムルギー」、百軒店入り口のラーメン「喜楽」
そしてストリップ小屋の「道頓堀劇場」は今も残っているが。

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           トム・ウェイツ「オン・ザ・ニッケル」

今回掲載した写真は、私がブラック・ホークで知り、或いは
影響されて聴くようになった作品のジャケットの一部だ。
一般的にはかなりマイナーだろうが、ブラック・ホークでは
「やや商業的な」に部類されていたもの。
私は店内にいる常連客の顔を見て、怖そうでない人ばかりの時を
見計らってこれらをリクエストしたものだ。

 
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           ディブ・メイソン「スプリット・ココナッツ」

・・・最後になるが、私にブラック・ホークと、トラッド系ロックの
素晴らしさを教えてくれた桐生高校サッカー部の先輩である柿沼政之
さんが、今月5日急逝された。享年52才。
今回のブログは彼の死にインスパイアされてエントリーしたものである。

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           ジャクソン・ブラウン「ザ・プリテンダー」

・・・これは1976年のブラック・ホークのリスナーが選ぶ
ベストアルバムに輝いた作品。が、当時のレコード室の松平維秋氏
が「ブラック・ホークのリスナーも堕落した」と嘆いたいわくつきのもの。
西海岸の良質なシンガー・ソング・ライターだったジャクソン・ブラウンが
商業主義に走った作品として松平さんは酷評していたのだ。

柿沼先輩は松平さんの意見に同調しつつも、このアルバムの
ジャケット写真の素晴らしさを私に語ってくれたものである。

(参考文献)「渋谷百軒店 ブラック・ホーク伝説」
(株)音楽出版社 2007年12月発行 2000円税込み 
by Mikio_Motegi | 2009-08-22 22:00 | ブレイク