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ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

引き裂かれたイレブン

南アフリカで開催されているワールドカップもいよいよ佳境に入り、
残すは決勝戦のみ。スペインVSオランダという夢のカードだ。
日本国内のワールドカップ・フィーバーもまだまだ冷めやらない。

そんなお祭り騒ぎに水を差す気はないが、今から僅か20年前の
1990年代に、東ヨーロッパのさるサッカー代表チームが自国の
激しい民族独立闘争と政争の渦に巻き込まれ、ヨーロッパ
選手権出場の権利を剥奪されたという事実をご存じだろうか?

そのチームはユーゴスラビア代表、エースでキャプテンだったのが
ドラガン・ストイコビッチ、現名古屋グランパス監督。
チームを率いていたのはあのイビチャ・オシムである。

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1945年、それぞれ異なる民族、宗教をもつ六つの共和国(スロベニア、
クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、
マケドニア)と二つの自治州(コソボ、ボイボディア)は、「建国の
父」チトー大統領によって「ユーゴスラビア連邦人民共和国」として
統合された。

「バルカンの火薬庫」と呼ばれ、歴史上常に文明の衝突する要所に
位置する同国は、国家として統一し列強の干渉・影響を排除することが
求められていたのである。

ところが1990年のチトーの死後、旧ソ連の崩壊に象徴される民族自立・
独立の世界的な気運が起きる。
ユーゴでも独立を求める各共和国と、それを阻止しようとするユーゴ連邦
政府との間で戦闘があちこちで勃発していた。
1992年に始まったサラエボとの紛争では、サラエボをサポートするNATO
による空爆・軍事介入を招く。
同様の紛争がクロアチアとの間でもはじまり、同年国連はユーゴへの制裁
措置としてある決定を下した。

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ユーゴ代表は1990年のイタリアワールドカップで、前年優勝のマラドーナ
率いるアルゼンチンをPK戦に持ち込むまで苦しめ、1992年のヨーロッパ
選手権でも予選を無傷で突破。
チームとして最盛期を迎え、優勝候補の最右翼であった。

勇躍開催地ストックフォルムに到着した代表チームは、そこで1通の
欧州サッカー連盟からのファックスを受け取る。
そこには国連決議に基づくユーゴ代表チームのヨーロッパ選手権出場
資格剥奪、そして全ての国際試合の禁止が書かれていた。

意気消沈し祖国に引き返した選手たちを待っていたのは、ユーゴの代わりに
急きょ出場したデンマークが大躍進を遂げ、なんと優勝してしまうという
皮肉なニュースだったのである。

その後各共和国が一つ、一つとユーゴ連邦から離脱していく。
昨日まで同じチームでプレーしていた仲間と引き剥がされ、選手たちは
ばらばらに散っていく。
祖国では民族間を血で血を洗う戦闘がおきている。昨日まで同胞だったのに、
一夜明けたら隣近所が敵になり殺戮が繰り広げられているのだ。

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イタリアのラツィオに所属し、セリエAでの試合でフリーキックのみで
ハットトリックを決め、ギネスにも載ったシミシャ・ミハイロビッチ
のように、父親がセルビア人、母親がクロアチア人という人々も多い。
彼は戦闘が終わり戦禍で踏みにじられた実家に戻ると、自室に飾って
あったユーゴ代表選手の集合写真の中で、自分の写真の頭部だけが
弾丸で撃ち抜かれている光景を目のあたりにする。

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DVD「引き裂かれたイレブン」のラストでは、後にこのミハイロビッチ
所属のユーゴ代表と、1998年フランスワールドカップで得点王に輝いた
ダボー・シューカー所属のクロアチアが国際試合で戦った時の事の
シーンがある。
二人は元ユーゴ代表の親友同士。退場者が続出する激しい試合中、
惜しいフリーキックを外したミハイロビッチにシューカーが駆け寄り、
お互いのポジションに戻りつつ微笑みながらハイ・タッチを交わすのだ。

ぐっとくるシーンだ。「サッカーっていいな」と素直に感動してしまう。
そして同時に、世界中のあちこちでこのユーゴスラビアがたどったような
民族自決・国境紛争が今も起きていることに思いを馳せる。

地元のサッカーチームを応援する事だけが民族のアイデンティティを
維持する唯一の手段である人々について、考えてみようと思う。
サッカーの持つ意味について。

「単一民族こそのチームワーク」「単なるボール蹴り」と自国代表チーム
やサッカーを表現する一部メディアがある国に住むと、本当に平和だな
とつくづく思う。
サッカーがボール蹴り以上の意味を持つ人々にとって、こういう国の
サッカー・フィーバーはどう映っているのだろう?

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写真上から、1997年3月、Jリーグでの試合中の得点直後、"NATO STOP
STRIKES"「NATOは空爆をやめろ」と書かれたTシャツをアピールする
ストイコビッチ。(はてなキーワードより)

旧ユーゴスラビア連邦。(www.fujita.org/widculture/dnames/
yu.html より)

ミハイロビッチとダボー・シューカー。シューカーをシュケルと書く
メディアもある。彼はワールドカップ初出場の日本のゴールにシュートを
叩きこんだストライカーだ。

DVD「引き裂かれたイレブン」

(参考文献:「オシムの言葉」集英社文庫 木村元彦
「日本サッカー偏差値」じっぴコンパクト 杉山茂樹
「ワールドカップは誰のものか」文春文庫 後藤健生
「オシムからの旅」理論社 木村元彦 
DVD「引き裂かれたイレブン」アルバトロス・フィルム )
by Mikio_Motegi | 2010-07-11 09:20 | サッカー、スポーツ