引き裂かれたイレブン
2010年 07月 11日
残すは決勝戦のみ。スペインVSオランダという夢のカードだ。
日本国内のワールドカップ・フィーバーもまだまだ冷めやらない。
そんなお祭り騒ぎに水を差す気はないが、今から僅か20年前の
1990年代に、東ヨーロッパのさるサッカー代表チームが自国の
激しい民族独立闘争と政争の渦に巻き込まれ、ヨーロッパ
選手権出場の権利を剥奪されたという事実をご存じだろうか?
そのチームはユーゴスラビア代表、エースでキャプテンだったのが
ドラガン・ストイコビッチ、現名古屋グランパス監督。
チームを率いていたのはあのイビチャ・オシムである。

1945年、それぞれ異なる民族、宗教をもつ六つの共和国(スロベニア、
クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、
マケドニア)と二つの自治州(コソボ、ボイボディア)は、「建国の
父」チトー大統領によって「ユーゴスラビア連邦人民共和国」として
統合された。
「バルカンの火薬庫」と呼ばれ、歴史上常に文明の衝突する要所に
位置する同国は、国家として統一し列強の干渉・影響を排除することが
求められていたのである。
ところが1990年のチトーの死後、旧ソ連の崩壊に象徴される民族自立・
独立の世界的な気運が起きる。
ユーゴでも独立を求める各共和国と、それを阻止しようとするユーゴ連邦
政府との間で戦闘があちこちで勃発していた。
1992年に始まったサラエボとの紛争では、サラエボをサポートするNATO
による空爆・軍事介入を招く。
同様の紛争がクロアチアとの間でもはじまり、同年国連はユーゴへの制裁
措置としてある決定を下した。

ユーゴ代表は1990年のイタリアワールドカップで、前年優勝のマラドーナ
率いるアルゼンチンをPK戦に持ち込むまで苦しめ、1992年のヨーロッパ
選手権でも予選を無傷で突破。
チームとして最盛期を迎え、優勝候補の最右翼であった。
勇躍開催地ストックフォルムに到着した代表チームは、そこで1通の
欧州サッカー連盟からのファックスを受け取る。
そこには国連決議に基づくユーゴ代表チームのヨーロッパ選手権出場
資格剥奪、そして全ての国際試合の禁止が書かれていた。
意気消沈し祖国に引き返した選手たちを待っていたのは、ユーゴの代わりに
急きょ出場したデンマークが大躍進を遂げ、なんと優勝してしまうという
皮肉なニュースだったのである。
その後各共和国が一つ、一つとユーゴ連邦から離脱していく。
昨日まで同じチームでプレーしていた仲間と引き剥がされ、選手たちは
ばらばらに散っていく。
祖国では民族間を血で血を洗う戦闘がおきている。昨日まで同胞だったのに、
一夜明けたら隣近所が敵になり殺戮が繰り広げられているのだ。

イタリアのラツィオに所属し、セリエAでの試合でフリーキックのみで
ハットトリックを決め、ギネスにも載ったシミシャ・ミハイロビッチ
のように、父親がセルビア人、母親がクロアチア人という人々も多い。
彼は戦闘が終わり戦禍で踏みにじられた実家に戻ると、自室に飾って
あったユーゴ代表選手の集合写真の中で、自分の写真の頭部だけが
弾丸で撃ち抜かれている光景を目のあたりにする。

DVD「引き裂かれたイレブン」のラストでは、後にこのミハイロビッチ
所属のユーゴ代表と、1998年フランスワールドカップで得点王に輝いた
ダボー・シューカー所属のクロアチアが国際試合で戦った時の事の
シーンがある。
二人は元ユーゴ代表の親友同士。退場者が続出する激しい試合中、
惜しいフリーキックを外したミハイロビッチにシューカーが駆け寄り、
お互いのポジションに戻りつつ微笑みながらハイ・タッチを交わすのだ。
ぐっとくるシーンだ。「サッカーっていいな」と素直に感動してしまう。
そして同時に、世界中のあちこちでこのユーゴスラビアがたどったような
民族自決・国境紛争が今も起きていることに思いを馳せる。
地元のサッカーチームを応援する事だけが民族のアイデンティティを
維持する唯一の手段である人々について、考えてみようと思う。
サッカーの持つ意味について。
「単一民族こそのチームワーク」「単なるボール蹴り」と自国代表チーム
やサッカーを表現する一部メディアがある国に住むと、本当に平和だな
とつくづく思う。
サッカーがボール蹴り以上の意味を持つ人々にとって、こういう国の
サッカー・フィーバーはどう映っているのだろう?

写真上から、1997年3月、Jリーグでの試合中の得点直後、"NATO STOP
STRIKES"「NATOは空爆をやめろ」と書かれたTシャツをアピールする
ストイコビッチ。(はてなキーワードより)
旧ユーゴスラビア連邦。(www.fujita.org/widculture/dnames/
yu.html より)
ミハイロビッチとダボー・シューカー。シューカーをシュケルと書く
メディアもある。彼はワールドカップ初出場の日本のゴールにシュートを
叩きこんだストライカーだ。
DVD「引き裂かれたイレブン」
(参考文献:「オシムの言葉」集英社文庫 木村元彦
「日本サッカー偏差値」じっぴコンパクト 杉山茂樹
「ワールドカップは誰のものか」文春文庫 後藤健生
「オシムからの旅」理論社 木村元彦
DVD「引き裂かれたイレブン」アルバトロス・フィルム )

