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ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

安宅(あたか)コレクション 2

よく、良いホテリエは良いお客が育てる、と言われる。
私が「良い」ホテリエであるわけはないが、20年以上前の一人の
紳士との出会いが無ければ、私はこのホテリエ稼業を続けることに執着を
持てず、とっくに足を洗っていただろう。

その紳士の名は高木重雄、という。
彼は安宅産業で、同社を崩壊に追いやった石油・エネルギー部門の
総責任者で、元安宅アメリカの社長。
安宅崩壊を描いた故松本清張の「空の城」の主人公の実在のモデルに
なった人である。
ちなみの「空の城」はNHKで故和田勉プロデューサーにより「ザ・商社」
として1980年にドラマ化され、山崎努、故夏目雅子、先代片岡仁左衛門
出演で放映され大変な話題になった。

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私は当時勤務していたホテルで、全くの偶然で高木さんという人物を知る
ことができた。
彼は「B」という偽名を使ってそのホテルを利用していたので、私以外の
殆どのスタッフはBさんの素性について知らない。

高木さんがあの頃、ホテルでどんな活動をしていたか、元ホテリエとして
私はここに記すことはできない。
だが、あれだけの大事件、大騒動の張本人であるとされる高木さんは、
一介のホテルの現場スタッフにすぎない私たちにも実に真摯に向き合って
くれたのは事実である。

そのホテルは多くの地方財界の名士たちが顧客であり、皆それぞれ
気高く個性的だった。中でも個人で貿易業を営むとされていた高木さん
の存在は、その出自の不明さと醸し出す独特のオーラで群を抜いていた。

高木さんの、ホテルのスタッフが気を抜いたミスをしたときに怒鳴りつける
迫力は相当なもので、彼がロビーに姿を現したときはスタッフ全員に
緊張が走る。
もっとも手荷物を運んだりちょっとした頼まれ事に対してのチップの気前の
良さも群を抜いていた。

眼光あくまで鋭く、ネイティブ並みの流暢な英語(実際彼はネイティブだった)
いつも銀髪を綺麗になでつけ寸分なりともスキの無い身のこなし。
素性を知らなくても人間のオーラというものは伝わるもので、高木さんは
文字通りホテルのスタッフだれもが「畏敬」する顧客だった。

高木さんが張本人とされる安宅産業の崩壊で、その後の人生を大きく
狂わされた人々の数は膨大なものだ。
だから私は高木さんについて手放しで礼賛するつもりは無い。
ただ、少なくとも下位に位置する総合商社、安宅産業を上位に引き揚げるべく
「石油メジャー」「国際情勢」に全力で立ち向かい戦った彼が、
破れ傷ついた後も真剣に人生を全うしようとしていた、これは紛れも無い
事実である。

かように、メディアを通してしか知らなかった人物や事柄を、実像に
多少なりとも近づくことのできる商売。これがホテリエである。
現場を辞めて4年経つ私が、いまだにホテルにこだわり続ける理由
はここにある。
そういった人物や事象に対しミーハー的に接するか、或いは掘り下げて
観察し、多少なりとも自分の肥やしにし投影するかで、そのホテリエの
人生は決まると言ってもいいだろう。

私にとって高木さんとの出会いは僥倖(ぎょうこう)そのものであったように、
安宅コレクションも奇跡的に散逸を免れ、20数年たった今もその全貌を
私たちに見せてくれる。
コレクションの数奇な運命もまた、膨大な芸術品の価値を高める一助と
なっているのは事実だ。
これからも私は安宅コレクションの名を聞くたびに、高木さんという人物を
僅かでも知り得たホテリエとしての幸運を噛みしめる事になるだろう。

写真は上がNHKドラマ「ザ・商社」のDVDパッケージ。
下がコレクション所蔵の国宝「油滴天目茶碗(ゆてき てんもく じゃわん)」
秀吉に自害を命じられた豊臣秀次が所蔵していたことでも有名だ。
光線の当たり具合で、油滴と例えられた色調が微妙に変化する逸品である。

(追記) 安宅コレクションは本年10月13日から12月中旬まで、日本橋の
三井記念美術館でも展示される。
場所はマンダリン・オリエンタル東京のすぐ隣。ホテルに寄ったついでに
ご覧になってみるのも良いかと思う。

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by Mikio_Motegi | 2007-09-16 14:45 | 人材・ホテル