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ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

ヘッドハンターのルーツを求めて

「ヘッドハンター」という名称は誰がつけたのだろう?
直訳すれば「首狩り族」であり、およそ我々の仕事の実態とはかけ離れて
いる呼び名だ。

私も自分の職業を「ヘッドハンター」と呼ぶことは少ないが、マーケットを
意識して、例えば当ブログのタイトル等はSEO/"Search Engine
Optimiization" (検索エンジンヒット数最適化)の為にこの名称を
使用する事もある。

さて本日は、本物の「首狩り族」について。

まず最初にハッキリしておきたいのは、首狩り / head hunting も
食人・人肉食/anthropophagy, cannibalism も、儀礼・祝祭的な意味、
或いは人間が食物の無い極限状態に追い込まれた際、生理的欲求・つまり
飢餓状態を充たす為の行為であり、最初から人肉を主食とする人種・民族の
存在は人類学の歴史上実証されていない、という事実である。

インドネシアのカリマンタン(ボルネオ)島奥地に住むダヤック人イバン族では
確かに首狩りの風習があった。イバン族の男は青年になると首狩りの為の
放浪の旅に出る。そして首を持ち帰ると求婚の資格を得られるのである。
この放浪の旅のことを現地語で"bejalai" という。
現在では流石に首を狩る人はいないが、代わりに狩猟をしたり、或いは都会で
一時就労し賃金を得て帰ってくることをbejalai と呼ぶ。
日本のTV番組でも時々紹介されるが、今でもイバン族の住居に行くとミイラ化
した首が天井から吊るされている。村のお祭りの際にはそれらの首はキレイに
化粧をされ、祭壇に飾られることもある。
亡くなった先祖の首をこうして保存して供養する、という意味もあるとのことだ。

ヘッドハンターのルーツを求めて_c0094556_2215494.jpg


人肉食については、戦時中の北海道・知床での事件を描いた武田泰淳の
小説「ひかりごけ」や、1972年南米チリで起きた飛行機事故の生存者の
手記を基にバルガス・リョサが脚本を書き映画化した「アンデスの聖餐」
が有名だ。
これらは発表当時大変な反響を呼んだ。私も中学生の時に父が購読して
いた文藝春秋に「アンデス・・・」の抄訳が掲載されたのを、
恐れおののきながら読んだ記憶がある。

「ヘッドハンター」とか「人肉食」とかいうと、おどろおどろしい物語、例えば
「羊たちの沈黙」や「ハンニバル」等を連想してしまうが、実態は極めて
祝祭的或いは偶発的な現象、と言っていいようだ。

もっとも私の商売を説明する際、「エグゼクティブ・サーチです」と言って
も理解してくれる人は全体の一割もいない。仕方なく「ヘッド・ハンターと
呼ばれることもあります」と小声で補足するのだが。

先日、久しぶりに会った年長の親戚に現在の私の仕事を問われ、上記の
ように説明をしたところ、彼は私の顔をまじまじと見て暫く考えてから
「それで、キミは何の首を狩るの?」と真顔で尋ねてきた。
実はその際のショックが未だ抜け切らず、傷ついた心を癒す為にこんな
トピックを書いてみた次第である。

写真上は大槻重之『インドネシア専科」 
http://www.jttk.zaq.ne.jp/bachw308/ よりイバン族の兵士。
by Mikio_Motegi | 2008-01-12 21:54 | 人材・ホテル