頑張れ芝パークホテル!
2008年 02月 16日
数名の負傷者がでたというニュースを聞いた。
ご存知のように芝パークホテルは1983年に私が新卒で入社したホテル
である。
あのホテルの防災体制は大変厳重だった。
ホテルや大使館等の外国人が利用する施設の多い港区の防災体制は
ただでさえ厳しく、大規模な防災訓練が年に2回は開催されていた。
その中でも芝パークホテルの緊急消火隊の技量は群を抜いていて、
港区が主催するホテルや商業施設を対象とした防災コンテストの
上位入賞の常連だった。
私たち一般社員の防災訓練もそれはそれは厳しいものがあり、小規模な
ものは毎月、全館挙げての大訓練は年に2回あった、と記憶している。
大訓練では実際に客室で発炎筒を焚き、通報を受けて我々フロント係が
エレベーターを使わず最上階の現場に駆け上がり、実際に消火栓を
開けて初期消火に当たるという、迫力・臨場感満点のものだった。

今でも私は度々芝パークホテルを訪れるが、私がいた頃と防災に対する
士気は変わっていない、と感じている。
だから現時点では今回の火災の原因は特定されていないが、芝パーク
だからこそ火災の被災者・被害を最小限に食い止めることが出来た、
と信じたい。
1982年2月、赤坂山王下のホテルニュージャパンの大火災の際は
被災した宿泊客を一手に引き受けたのが芝パークホテルだった。
今回は不幸にして逆のケースになってしまったのだが、近隣のホテルの
サポートはどうだったか、心配だ。
芝パークホテルの社長の柳瀬連太郎君は私と同期入社の48才。
入社当時から芝パークの将来を担うと嘱望されていた逸材だ。
また総支配人の林義明さんは2年先輩。帝国ホテルの名ホテルマンだった
お父様の血を受け継ぐ根っからのホテル好きで親分肌の人。
火災の様々な後処理に陣頭指揮を執っているだろう彼らに直接連絡を
取ることは遠慮したいので、代わってこのブログで彼らと芝パークホテルに
エールを送ることにする。
また負傷された方々の一刻も早い快癒を願い、被災された方々、
近隣の企業・住民の方々にご迷惑をおかけしたことを、同ホテルOBの
一人としてお詫び申し上げたい。
写真は「予約名人」のサイトwww.yoyaku-meijin.com より。

