エンパイア・ステート・ビルを所有していた日本人
2008年 09月 15日
一時的にせよ日本人が所有していた事はご存知だったろうか?
その日本人の名は「横井英樹」。
1982年の冬、赤坂のホテル・ニュージャパンで起きた火災で33人が死亡
した大惨事があったが、その所有者で後に業務上過失致死傷罪で投獄
された、日本の実業界で最も悪名を馳せた男だ。
エンパイア・ステート・ビルは1931年竣工、高さ449メートル、102階建て。
1933年と2005年にキングコングが登り(もちろん映画の世界)、飛び降り
自殺の名所として名を馳せ、9・11同時多発テロで標的にされたとデマが
流れて大騒ぎになったビル。
2001年には米国土木学会制定「20世紀世界10大モニュメント」の高層
ビル部門で1位に輝いた、ニューヨークを、いや世界を代表する摩天楼である。
それまで所有していたプルデンシャル生命が、バブル崩壊後の不動産不況
で逼迫(ひっぱく)した財務体質を立て直す為競売に出した-それも
なんと新聞広告で-のが1990年。
ところがこの世界で最も有名な摩天楼は、114年という超長期で投資組合
に賃借されていた。
所有者には23万平米のオフィス賃貸料の中から、毎年僅か190万ドルの
賃料しか支払われないスキームが存在していたのだ。
これはどんなに不動産市況が良くても年間7.5%、平均で5.5%、悪ければ
2%台にしかならない額だ。
つまりこの摩天楼の所有者は「私がかのエンパイア・ステート・ビルの
オーナーです」と吹聴できる権利以外、一ケタ台の利回りしか期待できない
のである。
当然入札は不調で、多くの希望入札価格が2500-3000万ドル台のところ、
唯一4000万ドル台の価格提示をしたのが「中原キイ子」と名乗る日本人
女性、つまり横井の愛妾の子で横井の代理人だったのである。
こうして1991年8月23日、正式の調印式を持って横井英樹がこの摩天楼の
オーナーになった。
実はその後横井とキイ子が所有権を巡り血みどろの法廷闘争を引き起こし、
その後漁夫の利を狙うニューヨークの不動産王ドナルド・トランプが絡んできて、
さながら暗黒小説の趣になるのだが。
この顛末をつぶさに描いたのが「エンパイア」である。
ミッチェル・パーセル作、実川元子訳、文藝春秋刊、411ページ、3150円。
ノンフィクションだが、不動産にまつわるビッグネーム達のエゴがうごめく姿を
見事に描写している。
私はこの3日間の連休で読了した。
非常に興味深かったのが、不動産についての先に挙げた投資組合の存在だ。
実はこの存在が摩天楼を巡る生臭いドラマを生むのだが、この組合の
パートナーであるハリー・ヘルムズリーは実に巧妙に摩天楼の利益を
からめとった。
所有者は運営に関して口をはさめず、114年の固定賃貸契約で収益が
上がっても請求権は無く、ビルの価値が上がろうとも利得は与れない。
ヘルムズリー達がテナントの賃貸料を設定し、賃料を集める。
改修工事は所有者が負担する。よってヘルムズリー達は摩天楼の所有者
という肩書きは有しない。
しかしヘルムズリー達はこの契約をきっかけに全米で何億ドルもの不動産を
買い集め、帝王の名を欲しいままにしたのである。
オーナ-と経営会社、オペレーターの関係はホテル業界でも同じといえる。
将来はホテルのGM(オペレーター)に立ちたいと希望しているホテリエに
とって、大いに参考になる書と言えるだろう。
写真は上から故横井英樹。http://homepage3.nifty.com「東洋精糖事件」
ドナルド・トランプと23才年下の妻、メラニア、2006年に生まれた愛息バロン。
http://thestarcelehttp
「エンパイア」翻訳者実川元子氏のブログより。