人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

APECの思い出

横浜で開催中のAPEC"Asia Pacific Economic Cooperation"も
首脳会議がはじまり、会場であるパシフィコ横浜に隣接する
ヨコハマのインターコンチネンタルホテルのオペレーションもいよいよ
佳境に入った。

APECの思い出_c0094556_20544852.jpg


私がAPECというとまず思い出すのが、1996年の3月に初めての
海外勤務地としてに赴いたジャカルタのシャングリ・ラ・ホテルでの
着任早々の出来事だ。
総支配人である故ジョン・セグレッティは私を自室に呼び出し開口一番、
「ミキオ、キミのミッションはジャカルタの日本大使館との関係改善だ」
と私に告げたのである。

事前の数度にわたる面接では、私のミッションはジャカルタの日本人
マーケットの開拓、取り込みと言われており、私もそのつもりで
準備していた。
それが「関係改善」とは?

傍らに控えていた営業部長の説明により、1年半前のジャカルタ近郊・
ボゴールで開催されたAPECで、シャングリ・ラは日本の代表団の予約を
締め出した、Kick Outしてしまったという衝撃の事実を告げられた。

もちろん理由もなく締め出したのではなく、ホテルにも言い分はあるの
だが、コミュニケーションの「不幸な」欠如があったのは事実。 
しかし日本大使館の怒りは凄まじく、「シャングリ・ラ出入り差し止め、
日本企業の利用自粛要請」という最悪の事態を招いてしまったのである。

APECの思い出_c0094556_2055124.jpg


これは文書で正式に通達されたわけではない。
おそらく一握りの大使館員がパーティーなどの折に漏らした言葉を聞いた
人が、口コミで日本人社会に流布したものだった。

私は困惑した。アジア通貨危機前の当時のジャカルタは世界中から投資が
集まり、経済は大変な隆盛を迎え「バブル」の様相を呈していた。
だから手薄な日本マーケットを取り込む為に私のようなセールスマンが
採用されたのだが、これでは話が違う。
そもそも日本人のホテル利用が禁止されていたのでは私の売り上げ目標は
達成できず、やがて「お払い箱」になってしまう・・・。

しかし私は開き直り、楽観視することにした。
当時の自社さ連立政権下の出来事であり、またいくら大使館員が怒って
いても、人事異動で2-3年もすれば事情を直接知る人はいなくなる。

元々日本人マーケットに浸透していたという土台があったのと、
決定的なのは、シャングリ・ラには日本料理の老舗「なだ万」がオープン
予定で、ジャカルタの日本人社会から大いに期待されている事は
わかっていた。
私が早速翌日からコミュニケーションの欠如を克服すべく、日本大使館や
日系企業に日参しはじめたのは言うまでもない。

幸いある人を介し一等書記官と会う事ができ、彼が新参者の私に対し
寛容な態度を取ってくれたのはありがたかった。

そして多少の紆余曲折はあったが、期末までにGeographic Chartで
日本人の宿泊者数をアメリカに次いで2位になるまで急伸させる事が
できた時は嬉しかった。

APECの思い出_c0094556_20554492.jpg


インターコンチ以外にも横浜周辺のホテルで、今のこの時点で私の
ブログなど読んでいる時間のあるスタッフは少ないだろう。
現場を離れた者だけが語れる昔話・与太話である。

APECの思い出_c0094556_2056746.jpg


写真は上からAPEC横浜のHPより。
1994年ボゴールでのAPEC。
ジャカルタ市内。真中の尖塔のあるビルの直ぐ右手がシャングリ・ラ
ジャカルタ。
APEC参加国。
# by Mikio_Motegi | 2010-11-13 21:03 | 東南アジア

三島由紀夫の40回忌

今年の11月25日(木)はあの三島由紀夫の40回忌にあたるそうだ。
市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で衝撃の割腹自殺を遂げ、日本中が騒然となった
あの事件は、当時小学校5年生だった私も鮮明に覚えている。

三島由紀夫の40回忌_c0094556_2155280.jpg


三島の文学作品と言えば「仮面の告白」「金閣寺」「豊饒の海(4部作)」
といった緻密な構成の長編が代表格だろう。
「金閣寺」は間違いなく彼の代表作だが、あれは読むほうも相当のパワー
とエネルギーが要求される。中途半端な気持ちで読み始めると、作品の
吸引力に負けて、自分がどんどん主人公・「私」こと林養賢に同化して
いってしまうのだ。そしてその先にどんな運命が待っているかと思うと、
空恐ろしくなる。
だから私は個人的には「午後の曳航」「憂国」「青の時代」のような
中短編が好きだ。

また彼の数あるエッセイのうち「不道徳教育講座」は小市民のケチな常識・
人生観をあざ笑うかのような諧謔に満ちていて、今も愛読している。
たしか私が中学生の時、この単行本を家の本棚で見つけ読んでいたら、
亡父に「こんな本は読むな」と怒られた記憶がある・・・じゃ、何で
自分は読むのさ?と大いに不満だったが。

そこにはこんな事が書いてある:

・友人を裏切らないと、家来にされてしまう場合が往々にしてある。
たいへん長く続いた美しい友情を調べると、一方が主人で一方が家来の
事が多い。

・「実るゆえ、頭の垂るる稲穂かな」。
高い地位にいる人は安心して謙虚を装える。

・約束に縛られる人は人物の器量の小さい証拠。

・金持ちがいかにケチをしても「貧乏だから」と思われる心配が無く、
堂々とケチができる。

・・・なるほど、中学生には読ませたくない内容である。

三島由紀夫の40回忌_c0094556_2162342.jpg


「牡丹」(「花ざかりの森・憂国」に収録:新潮文庫)という6ページに
みたない短編は、太平洋戦争中の中国での残虐な行為で名を成した軍人の
物語。
彼は戦争裁判から逃げおおせた後、東京の郊外に広大な土地を購入し、
そこに見事な牡丹園を造園する。咲き誇っている牡丹の数は、580本。
その580という数字は、彼が戦争中に中国で、手ずから念入りに虐殺した
女性ばかりの中国人死者の数と全く同じ。
つまり彼は美しい牡丹を愛玩することで、自分の悪行を余人に知られず
秘かに思い出にし、顕彰することに成功したのである、というお話。

本当の大悪人は自らの行状を反省したりしないものだ、という人間の本性を
シニカルに、且つ見事に描いている、妖しいまでの佳品だ。

三島由紀夫の40回忌_c0094556_21214358.jpg


「盾の会」を創設し、自衛隊によるクーデターを呼び掛け、果たせず
自決したた三島。
私ごときが三島の生き様をどうこう言える立場ではないのは十分承知
している。ただ現在の日本の状況、尖閣問題や沖縄米軍基地問題で
顕著になった行政府の堕落、覇気の無い次世代、またそれを許してしまった
私たちの責任といったもろもろの状況を三島は40年前から察知し、
憂えていたのだ。
しかし身をもってそれを国民に訴えた三島の遺言は、その後の日本では
埋没してしまったままだ。

三島由紀夫の40回忌_c0094556_2164854.jpg


写真は上から三島の肖像。

新潮文庫「金閣寺」の限定版黄金のカバー。没後40年なので、各出版社は
もっと派手に「三島フェア」を開催すると予想していたが・・・。

朝日新聞の夕刊記事。当時我が家で購読していた「週刊朝日」には
三島と、共に割腹自殺した森田必勝の血まみれの生首が陸上自衛隊総監室
に安置してある写真が掲載されていた。

毎年三島の命日である11月25日に東京の九段会館をはじめ、全国で
執り行われる「憂国忌」のHPより。
# by Mikio_Motegi | 2010-11-07 10:33

読書週間2010

昨年11月1日のエントリーで記したように、私は「読書ノート」なる
物を書いている。読んだ本の気にいったフレーズを抜粋し、簡単な感想を
書き留めるだけのものだが、これを続けるのがなかなか難しい。

私の読むスピードが遅いのに、1冊が読み終わらないうちに新しい本に
つい手を出してしまうので、読了しないのだ。
こうしてせっかく購入したのに常に3-4冊が読み終えられず、その辺に
置きっぱなしになっている。

読書週間2010_c0094556_1348012.jpg


さて昨年同様、再読を含みこの1年で読んだ中で、良かったもの、
「くだらねえ」と思ったものを数冊記してみる。


良かったものベスト10 (順不同)

1.散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道 
  硫黄島 栗林中将の最期         梯久美子

2.スクランブル 「イーグルは泣いている」 夏見正隆

3.こころの王国 菊池寛と文芸春秋の誕生 猪瀬直樹

4.古代への情熱                 シェリーマン

5.ヴェニスの商人                シェイクスピア

6.マルタの鷹                   ダシール・ハメット

7.オシムからの旅                木村元彦

8.不道徳教育講座               三島由紀夫

9.菊池寛短編集
  「恩讐の彼方に」「忠直卿行状記」     菊池寛
  
10.ポー名作集                エドガー・アラン・ポー
                          (訳:丸谷才一)
  
・・・・・・・・・・・・・・・・

1.米軍による本土空襲から愛する家族と日本を守る為、劣悪な環境下で
鬼人の如く硫黄島を防御する栗林中将とその部隊。
「あとがき」で、「私たち次世代の為に、言葉に尽くせぬ辛苦を耐え、
ふるさと遠く離れて亡くなったすべての戦没者の方たちに、あらためて
尊敬と感謝を捧げたい」との一文に、思わず涙した。

2.著者は航空自衛隊の戦闘機パイロットであるだけに、コックピット内の
描写、表現は秀逸。憲法9条や自衛隊法と現実の矛盾を平明に説き、
日本の防衛のありかたを考えることができた。

3.菊池寛の偉大なところは、物書きとしての自分の才能に見切りをつけ、
自分より優秀な作家たちのプロデュ―サーに徹した事。

4.並みはずれた努力と、懸命に働けば辛い現在から解放されるという
確実な見通しが、シュリーマンを偉大な発見へと駆り立てた。

5.現代においても尚主人公シャイロックの人間像に新解釈がされるあたり、
シェイクスピアは多くの未知数をはらんだ人物像を提供してくれる。

6.「ハードボイルド」の古典。レイモンド・チャンドラーも
ロバート・B・パーカーも北方謙三も皆ハメットの影響を受けた。

7.「バルカンの火薬庫」に生まれ育ち、超一流のサッカー監督として、
同時にいくたびの戦乱を生き抜いた不屈の人として、オシムは常に
尊敬に値する人物。サッカー監督は哲学を持ち、それを語らなければ
ならない。

8.没後40年。ミシマへの評価は固まったのか?「金閣寺」「憂国」
と併せ読むと、底知れぬ人間性、森の奥の沼に佇むようなシニシズム、
ウルトラ保守という多面性が伺える。

9.タイトルの他、「俊寛」「蘭学事始」等、小学校から高校までの
教科書で取り上げられた作品が並び、入りやすい。
ただ「俊寛」の結末等、教科書に抜粋されたものとオリジナルでは
読後感がまるで違う事に気づかされた。

10.「モルグ街の殺人」「黒猫」等、ロンドン、パリ、ニューヨークの
古く暗い石畳の街の情景が脳裏に浮かぶ。重厚な丸谷才一の名訳も。

読書週間2010_c0094556_13415461.jpg



読むんじゃなかったと、お金と時間を返してほしくなる本


1.「走ることについて語るときに僕の語ること」    村上春樹

2.「芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか」  市川真人

3.「『言語技術』が日本サッカーを変える」       田嶋幸三

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.彼は何をぐだぐだとくだらない理屈を書き連ねているのか?
かつてのシャープな切れ味は何処へ?ノーベル賞が遠のいた駄作。
 
2.最近流行りの「・・・はなぜ・・・なのか」というタイトルの新書は、
読むだけ時間のムダと悟らせてくれた一冊。

3.こんな人が日本サッカー協会の要職に就いたら、現場は混乱する
だろうなと心配になる。「言語技術」の卓越した理論と、彼の
サッカー界における素晴らしい経験、知見が全くリンクしていない。
ただし挿入されたエピソードは面白い。

・・・・・・・・・・・・・・

・・・私はビジネス書、特に新書版はあまり読まない事にしているが、
今年はいよいよその傾向が強まった。
自分に足りない何かを読書で得ようとすると、何十年、時には何百年と
版を重ね読み続けられるモノにこそ不変の価値感があり、それしか
頼れないと思うからだ。

ただし、今年のベスト10に一冊もビジネス書が選ばれないというのも、
明らかに偏りがあると言えるだろう。来年はもうちょっと意識して
ビジネス書を読んでみようか・・・。

読書週間2010_c0094556_13421732.jpg


写真は上から フラゴナールの「読書する娘」

私の今年のベスト10冊

映画 "You've Got Mail" の1シーン。
ニューヨークの老舗と新興チェーン書店の争いと、お互いの身分を知らず
恋に落ちた両社の経営者の物語。
メグ・ライアンとトム・ハンクス主演、1998年作品。
# by Mikio_Motegi | 2010-10-30 21:15 | ブレイク

アディダスVSプーマ

先日のメディアに、日本サッカー協会が代表チームの背番号"10"の座に、
エースの本田圭佑ではなくサイド・アタッカー香川真司を指名する
という記事が載った。
その理由は彼らの実力云々ではなく、香川が普段からアディダスの
スパイクを愛用する一方で、本田はミズノのスパイクを履いていて、
協会は代表のユニフォーム類を長らく支援しているアディダスに気を使い、
エース番号を香川に与える、というもの。

アディダスVSプーマ_c0094556_20232191.jpg


私はその記事を読み、義憤にかられた。サッカー選手にとって背番号"10"は
ペレやプラティ二、マラドーナに代表されるように、絶対的エースのみに
着用が許される聖なるナンバー。
それをたかが道具メーカーの顔色を伺って・・・などと、抗議のブログを
書こうとPCに向かった。

ところが参考資料にしようと今年4月に刊行された「アディダスVSプーマ」
を購入し読み進むうち、唖然・呆然としてしまった。
私の義憤がいかに子供じみたもので、実はスーパースターであるペレも
マラドーナも、そしてあのベッケンバウアーとクライフも、世界の
スポーツ・ブランドが繰り広げる経済「戦争」に手を、いや足を貸して
いたという事実を知ったからである。

アディダスVSプーマ_c0094556_20234828.jpg


アディダスとプーマは、ご存知の方は多いだろうが元々アディとルドルフ
の兄弟が戦前から経営する「ダスラ―兄弟商会」が出発点だ。
しかし兄弟間の確執から兄のルドルフが離脱し「プーマ」を設立。
ダスラ―兄弟社を引き継いで「アディダス」を設立したアディと共に
次第にスポーツ用品マーケットの覇権を争うようになる。

アディダスVSプーマ_c0094556_20242917.jpg


そして自社の「広告塔」となり得る有名選手たちを次々と手中に納めようと、
札束が飛び交う経済戦争を繰り広げ事になる。
彼ら有名選手を利用し、あの手この手で自社製品をアピールする手法には
あっけにとられる。

例えば普及しつつあるテレビの視聴者をターゲットに、サッカーの試合中に
ゴールを決めた選手にスパイクを脱いで頭上に掲げながらピッチを走り
回らせる、或いは脱いだスパイクにテレビカメラの前でキスをさせるなんて
演出は日常茶飯に行われたという。
あの感動のシーンは実は「やらせ」だったのだ。

アディダスVSプーマ_c0094556_202526.jpg
 

凄いのは、プーマを履いたあのペレが、試合開始の直前に審判に対し
スパイクの紐が解けたと伝えてキック・オフの笛を数秒間遅らせ、その間に
かがみこんで紐を結び直す、という演出。
その数秒間、ペレがゆうゆうと紐を結びなおすプーマのスパイクは、
テレビ画面を通し世界中の何千万人という視聴者が注視する事になるのだ。

ヨハン・クライフは本当はアディダスが大好きなのに、マネージャーが
プーマと契約してしまった為、仕方なくアディダス製のスパイクを、
あの三本線を靴墨で塗りつぶして履いていた事もあるという。
私などクライフが履いているからずっとスパイクはプーマと決めていたのに。

アディダスVSプーマ_c0094556_20252239.gif


厳しいアマチュア憲章、まだまだスポーツに対する経済的サポートが少ない
という時代背景。それらに目をつけたのがアディとルドルフで、は窮乏した
選手や協会役員に巧みに近付き、高価なスパイクやボールを現物供与する事
からはじまり、家族ぐるみの豪華な接待、「実弾」攻撃により人間関係を
構築、マーケットに浸透したのである。

この本では、アディダスとプーマという2大スポーツブランドが、選手たち
のみならず各競技団体やオリンピック委員会、FIFA(国際サッカー連盟)
といった巨大組織に対し「スポーツ・ポリティクス」を導入し取り入り、
浸透していった過程を読み取れる。

アディダスVSプーマ_c0094556_20254298.jpg


省みて、現代の我々の周囲のホテル・マーケティング戦略はどうだろう?
確立されたブランドや、交通至便といったアドバンテージに胡坐をかき、
大きなものに挑戦することを忘れ、小さな満足に溺れている経営者は
いないだろうか?
IT媒体での浸透に力を注ぐあまり、人間臭い、どろどろとした関係構築を
避け、結果として活力を失う事態に陥っていないだろうか?

「全ては人間関係に尽きる」と公言するダスラ―兄弟の凄まじい接待攻勢も、
現代の希薄な顧客とセールスマンとの関係と比べれば、妙に懐かしく
且つ羨ましく思える。とにかくルドルフもアディも顧客情報獲得の為、
粉骨砕身の努力を惜しまず全力投球し続けたのだ。

サッカーを始めて40年、今まで私がこだわっていたアディダスやプーマの
イメージは根底から覆された。
そんな背景を知ってしまったからには、冒頭の日本代表の背番号"10"も、
誰が着用してもどうでもよくなってしまった。
どうぞご自由に、何だったら希望者がじゃんけんで決めたら?

アディダスVSプーマ_c0094556_2025581.jpg


写真は上から本田と香川。

イメージ。

ホルストとアディのダスラ―兄弟。

1974年西ドイツワールドカップの決勝、西ドイツ対オランダでの
ベッケンバウアーとクライフ。
私が初めてTVで「ナマ」観戦し、最も印象に残っているワールドカップ。

スーパースター、ヨハン・クライフ。ビジネスマンとしての嗅覚も
抜群で、アディダスとプーマを両天秤にかけ、巧みに契約料を
吊り上げた。

フランツ・ベッケンバウアー。ドイツサッカー界の「皇帝」にして
2006年ワールドカップドイツ大会組織委員長。
同時にアディダスの終身大使としても収入を得ているという臆面の
無さも皇帝級。

「アディダスVSプーマ」(バーバラ・スミット著 RHブックス刊
820円)の表紙。
やや冗漫で翻訳がこなれていない部分も散見するが、そこは読み
飛ばしてもいいだろう。
# by Mikio_Motegi | 2010-10-24 15:22 | サッカー、スポーツ

女は世界の奴隷か!

少々刺激的なタイトルだが、私の言葉ではないのでお許し願いたい。
あのジョン・レノンの歌の題名である。
原題は"Woman is the nigger of the world!"
1972年の作品で、オノ・ヨーコに触発されフェミニズム、女性解放に
ついて歌ったもの。

女は世界の奴隷か!_c0094556_12114479.jpg


先日メディアの記事で、日本女性の社会進出の度合いの低さが話題に
なった。「世界経済フォーラム」によると、日本女性の社会進出度は
世界134カ国中94位だそうである。ちなみに中国は61位。
これは各国女性の経済面での進出度合い、教育水準、政治参加、健康
について数値化したものだそうだ。
この現実について、日本の女が悪いのか、男があるいのか私はわからない。

ただ蓮舫参議院議員の国会内での"Vogue"誌写真撮影を巡る一連の意見を
聴いている限り、女性の足を引っ張るのは女性、弱者を苛めるのは弱者という
古来からのセオリーがそのまま当てはまるという感を強くした。
あれこそまさに上記の「女性の政治参加」を阻む行為、すなわち嫉妬に
他ならない。
そして、この世に弱者から受ける嫉妬ほど怖いものは無い。

女は世界の奴隷か!_c0094556_1427982.jpg


「社会進出の度合い」という標準に照らせば確かに日本は遅れているが、
では「男と女とどちらが強いか?」という疑問に対し、私は個人的には
「女の方が強い」と答えたい。

人材に関わる私のような商売をしていると、キャリア相談だか
身の上相談だかわからなくなってくる事が時たまある。
キャリア相談はキレイ事だけではない。現状の不満、不遇を語るうちに
激してくる人は多くいるが、時には泣きだしてしまう人もいる。
そして私が今まで遭遇したケースでいえば、それらは全て男性だ。
女性の涙は、私は職務上で出逢った事が無い。

古来、女性は強い男性の庇護の下でのみ生き永らえることが事ができた。
厳しい自然環境や獣たちの襲撃、他部族からの略奪に対し、自分を
守ってくれる男を本能的に嗅ぎわけ、その腕の元に飛び込んで
したたかに生きてきた。それが女性である。

現代社会は、弱いとされる女性や子供を守らなければならない男の
「マチズモ」を貫くには、いささか厳しい時代と言えよう。
女はそんな弱い男を見限って、他所の強い男についていける。
男にはそんな芸当はできず、悲嘆にくれるしかない。
そう考えると、「女性の社会進出」という尺度がどれほど意味の
あるものか、私にはわからなくなってしまうのである。

女は世界の奴隷か!_c0094556_12123514.jpg


閑話休題。「働く女性の環境改善」をスローガンに、ACCJ
(在日アメリカ商工会議所)関西部会が主催する「ウォーカソン」が
明日10月16日(土)に神戸のメリケンパークで開催される。
ご興味のある人は是非足を運んで下さい。

健康に良く、為になるイベント、美味しい食事が盛りだくさんです!

女は世界の奴隷か!_c0094556_12125480.jpg

# by Mikio_Motegi | 2010-10-15 14:39 | ブレイク