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ホテル、レストランなどホスピタリティ・インダストリに特化したヘッドハンター茂木幹夫(もてぎ みきお/ www.kyotoconsultant.net)の「非首狩族的な」日々。


by Mikio_Motegi

若者よ、旅に出よう

若い世代の「旅行離れ」が進んでいるようだ。リクルートの調査では
2009年度に国内で宿泊旅行をした20-34才の男女は前年比7.3%減の
述べ3750万人。6年連続で下落し、2004年と比べると17%以上
落ち込んでいるという。

また海外旅行も、2007年度の25-29才男女の海外出国率は21.6%と
2000年に比べ4.1ポイント減、なのだそうだ。

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せっかく政府が観光事業をこれからの成長産業として強力にサポート
しているのに、シルバー世代やインバウンドばかりに頼っていたのでは
情けない。
国内マーケットの成長には、若い世代がもっと積極的に旅行に行く事が
欠かせないのは言うまでもない。

若い世代が旅行に行かなくなった理由として、「携帯やインターネット
にお金がかかる」「長引く不況で子供の頃に家族旅行に行った楽しい
思い出が無く、旅行に興味が湧かない」等が挙げられる。
これは「車離れ」にも共通する理由だが、彼らは総じて行動半径が
狭くなって来たのだろうか。

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その後の大ブームが来る直前の、今から30年前の大学生の時に習得した
スクーバダイビングに熱中し、私は20代の夏休みは殆ど沖縄か小笠原に
出かけていた。
東京のホテルに勤務していたのにもかかわらず、沖縄で泊まる所は
常に民宿。
スクーバに出るにはその方が便利で安く、且つ食事がホテルとは
比べ物にならないくらい新鮮で美味しいから、という理由からだ。

また色々な人々との触れ合いも刺戟的だった。
民宿の御主人に太平洋線戦争の沖縄上陸戦の話を聞いたり、東京から
ハーレーダビッドソンに乗って久米島まで辿り着き、地元の
ダイビングショップで居候(いそうろう)兼手伝いをしている粋人の
武勇伝を聞いたり、ひと夏の経験を経て
「夏に燃えた恋は、秋が来ると飽きが来る」というダジャレ格言を
噛みしめたり、いい人生経験をしたと思っている。

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また危険な目にも数多く遭遇した。
三宅島でのボートダイビングでは、海中から浮上し船に乗り込む際に、
急な気圧の変化で発生した大波に持ち上げられた船体に押し潰され
そうになった事があった。
持ち上げられた船体がすぐ真下に入ってしまった私めがけて落ちてくる
寸前、偶然にも次の大波が打ち寄せた為に船体がバランスを保ち、
その瞬間に私は海中に潜り込み事なきを得たのだ。
あの第2の波が来なかったら、私の頭がい骨は30トンの船体に打ち砕かれ
海の藻屑になっていただろう。

沖縄の伊江島ではカツオの群れに遭遇する僥倖にも恵まれたドリフト・
ダイビングのさ中、すぐ脇を流れていたジェット・ストリームに
私だけ巻き込まれ、深度45メートルまで一気に持って行かれた事もあった。
どうあがいても流れには逆らえない事は分かっていたので、その深度で
ものは試しに手にはめていたグローブを外してみると、水圧で
私の手の筋肉は押しつぶされ、骨が浮き出て皮を突き破りそうに
なっていたのを、案外と冷静に観察していたが(この症状は深度が
浅くなれば元に戻る)。

むしろ大変だったのは浮上の時で、減圧症を避けるため、あの時ほど
時計と残圧計を真剣に見やった経験は無い。

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スクーバに限らない。全てのアウトドア・アクティビティに通じる
危険と隣り合わせの魅力、バーチャルな世界では絶対に体現できない
あの自然の圧倒的な存在感を、若い世代にはもっともっと味わってほしい。

こういう経験が人生をより豊かにし、活力源になるのだと思う。
また私たち年長者は、アウトドアの楽しみを何度でも、口を酸っぱくして
若い世代に伝え、体験できるようサポートしなければならないだろう。

リクルート調査の数値は本年9月21日の読売朝刊より。
写真は全てイメージ。一番上は flight 2005 より拝借。
2番目は沖縄・離島の民宿。

3番目は小笠原諸島南島。国内はもちろん、世界にも稀な位相の島だ。
この浜にたどり着くには、沖合に停泊した船から岩の割れ目を泳いで
渡るしかない。
ちなみにこの浅い海の底には「ドチザメ」がうようよといる。

4番目は沖縄・本部沖の伊江島。島の3分の1が米軍基地で、垂直離発着機
「ハリアー」の発着訓練に使用されており、この空港の周囲の海には
訓練が休みになる週末しか潜れない。
よって海が荒れておらず、カツオの大群にも遭遇できたのである。
# by Mikio_Motegi | 2010-10-09 21:14 | 京都・紀行

コンプレイン

東南アジア諸国のホテルの現場で働いていた頃は、日本人客による様々な
コンプレインに遭遇したものだ。

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館内の通路表示が分かりづらくて迷った、ホテルの前に停まっていた
タクシーに乗ったらぼったくられた、チェックイン時に前金を取られた、
ノースモーキン・ルームでタバコを吸ったらいけないのか、
深夜に素っ裸でジャグジーに入っていたら男性スタッフに注意された
(女性客)、女房がマッサージ師に胸を触られた・・・

いい年をした大人が、よくもこんなしょうもない事にエネルギーを
費やして執拗に文句を繰り返すものだと、呆れを通り越して憐れみを
感じてしまったものだ。

もちろんホテル側に間違いがあれば真摯に謝るが、そうでない場合は
非を認める事はありえない。特にお金が絡むコンプレインには、
断固として対処するというのが私のいたホテルの方針だった。

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ところで最近、私が利用客としてホテルにコンプレインを起こすという
事件があった。

都内の某ホテルAで、チェックイン時に私をアップグレードしてくれたのは
いいが、予約時に指定した「眺望の良い部屋」というプランだったのが、
部屋は広いが眺望の無いタイプに変わってしまったのである。
私は翌朝のチェックアウト時に支配人を呼び、簡単に注意を促した。

ところがその支配人は恐縮し、その場で私に昨夜の宿泊代金を全額返金
すると言い出したのである。
私は思わず椅子からずり落ちそうになった。
一旦売り上がった宿泊金額を、原因調査もせず、交渉もしないで
いとも簡単に全額差し引くなんて、私にはとんでもないことだったので
ある。

もちろん支配人の申し出を辞退した。
たかが2万円に充たない金額ではあるが、ホテル業において2万円を
稼ぎだすのにどれだけの人が努力し苦労をするか、私は理解している
つもりだ。
だから逆に、一度売り上げた金額を簡単に返金するというこの日本の
ホテルのシステムに困惑してしまう。

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一般論だが、日本のホテリエにコンプレインに対処する
コミュニケーション力が落ちてきているのでは、と危惧してしまう。

確かにネットの氾濫もあり、あまりにも執拗で醜いコンプレイン、
クレーマーが多く、スタッフが疲弊しているのは理解できる。
だが、そんなコンプレインの迅速で的確な処理こそが優秀なホテリエの
証左、素晴らしいホテルの組織力の証明とも言えるのだ。

・・・ちなみにその某ホテルAには次回宿泊の優待券を頂いていた。
そして私は実際に翌々週、都内のホテルが閑散となる日曜日の夜に
優待料金で再び泊まり、ついでに私と帯同した知人の為にもう1部屋を、
これは真っ当なプランで利用した。
こういう形でコンプレイン客に帰って来てもらうのが最良の処理だという事
を示唆したつもりだが、このホテルは分かってくれただろうか?

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30年近く前に刊行された村上春樹と村上龍の対談集
「ウォーク・ドント・ラン」で、ジャズ喫茶を経営していた経験のある
村上春樹が「一度来たお客が二度目も来る確率は10分の一にも満たないが、
それで良いのだ」という趣旨の事を語っているが、その通りだと思う。

ちなみに村上龍はそれに対し、「僕はお客が10人来たら、次回もその
10人が来てくれなかったら悲しくなってしまう」と答えていた。

写真は全てイメージ。
# by Mikio_Motegi | 2010-10-03 21:28 | 人材・ホテル
イージス艦の“AEGIS"とは、ギリシャ神話に出てくる最高神ゼウスが、
愛する娘アテナイへ与えたる盾(たて)の名称が語源だ。
AEGISはあらゆる邪悪な敵を退けるという。

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まさに日本を他国からの侵略から守る盾の役をしてくれるイージス艦
「あたご」の艦内を見学する機会が訪れた。
京都商工会議所観光部会の日帰りツアーでの事である。

日本海に面する京都府舞鶴市には海上自衛隊舞鶴地方隊があり、「あたご」
と「みょうこう」の2艘のイージス型駆逐艦の他、5艘の通常型駆逐艦、
2艘のミサイル搭載艦、その他護衛艦、補給艦、掃海艇等16艘の艦艇が
配備されている。
地政学上、日本海を挟んで対峙する中国や北朝鮮等の脅威に対しての
防衛を意図しているのは明白だ。

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日本国海軍舞鶴鎮守府としての歴史は1901年にさかのぼり、初代司令長官
は、後に日露戦争でバルチック艦隊を撃破したあの東郷平八郎元帥である。

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イージス・システムはアメリカが開発した、レーダーを使ったセンサー、
CPUを使った情報処理システム、ミサイルや魚雷を使った攻撃システムを
有する。
このシステムは敵からの数々の脅威(ミサイル、爆撃機、潜水艦、戦闘機等)
に対し128の攻撃を同時捕捉し、脅威のプライオリティを即座にはじき出し、
10ヶ所以上を同時に迎撃対応する事ができる

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そのような大変高度なシステムゆえ、アメリカ以外に輸出、ライセンス生産
が許されているのはアメリカと強固な関係にある同盟国だけだ。
日本は計6艘を有しアメリカ以外の諸外国では最大、他にスペインと
ノルウェー、韓国が4艘を保有、オーストラリアと台湾、ギリシャが
現在建造中だ。

「あたご」をはじめとする舞鶴地方隊は、尖閣諸島の明白な領海侵犯等、
相変わらず強引な中国をけん制する重要な役目を担っている。

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「あたご」後部甲板より、ミサイル搭載艦「はやぶさ」をバックに。
日章旗がはためき、プチ国粋主義者になった気分。

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「あたご」の管制塔。左右のダイヤモンド型の覆いの中にイージス・
システムが設置されている。

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VLS/Vertical Lunching System。MK41ミサイル垂直発射装置。
3枚上の写真はアメリカでの発射演習。

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管制塔内部。

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精悍な水雷長と。

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まだ若い運行士官と。

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艦内を案内してくれた士官たち。日本国海軍の伝統を受け継ぎ、
皆スマートだ。

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対潜水艦魚雷。

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対潜水艦魚雷の発射演習。

「戦争反対」「世界を平和に」を旗頭にし、現実に起きている外国からの
脅威に目をそむけ、こうした防衛の最前線を知らないで日本の軍備に
反対している人々に言いたい。

日本が他国に攻められたら、あなたはどうするのか?と。
彼らが盾になっているからこそ、日本の平和は保たれている。

私の世代の男子なら、子供の頃に軍隊や戦争への憧れを抱いた経験の
ある者は多い。
1960年代には戦記物のマンガ「紫電改のタカ」「あかつき戦闘隊」
「ゼロ戦はやと」やアニメ・ドキュメンタリー「決断」を毎週楽しみ
にしていたものだ。
昔を思い出し、興奮して写真を撮りまくってしまった。

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最後のショットは、午前中に訪れた日本三景のひとつ、おなじみの
「天橋立」。
この平和な光景がいつまでも続きますようにと願う気持ちは、
誰も同じ。
だが他国からの無理難題の言いがかりに対し、
唯々諾々(ゆいゆいだくだく)と従っていたのでは、平和は得られない。

ところで「あたご」は2年前に海難事故を起こしている。「その件については
『武士の情け』、なるべく触れないであげてください」とは、我々を案内
してくれた陸上自衛隊広報官の言葉。
# by Mikio_Motegi | 2010-09-24 23:16 | 京都・紀行

ジャカルタの犬事情

我が家で犬を飼い始めて思い出したのが、ジャカルタで経験した
犬に関する諸事情である。

その1)

ジャカルタで私と家内は、「シンプルック」という高級住宅地の
コンドミニアムの一室を勤務先のシャングリ・ラホテルから提供されて
いた。

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ジャカルタに来て最初の週末、ジョギングが趣味の私は、濃いガジュマルの
並木が続き、車も人通りも少ない住宅地周辺を早速走ったが、途中で
散歩中の欧米人夫妻に呼び止められた。

「ハーイ、いい天気だね。ジョギングが趣味なの?」
「はい、日本から来たばかりなので、今日初めて走るのです。ここらは
静かで走りやすいですね」
「うーん、でも気をつけた方がいいよ。ここらにいる野犬はmad dog
だからね。じゃ元気で、バーイ」
「・・・mad dog?「狂犬病」??」

日本では狂犬病なんて、マンガや映画の世界の話だと思っていた。
が、調べてみると、発展途上国では結構の数の人が命を落としている
とのこと。
以来ジャカルタにいた1年半の間、趣味のジョギングは完全に封印された
のである。

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その2)

ある日いつものようにホテルの車で帰宅途中、後部シートに座っていた私は
家の近くの路上で「グニャッ」という衝撃を感じた。
スピード防止のバンプを越えたのとは違う、何か柔らかいものを踏んだような
妙な感触なので訝っていると、運転手が何やら嬉しそうにして車外に出る。

「トアン(旦那)、犬を轢きました。多分野良犬です」
「あっそ、じゃほっといたら?」
「トアン、持って帰りますか?」
「・・・轢いた犬を?なんで?」
「私が頂いていいですか?」
どうも話がかみ合わない。

「いいけど、どうするの?」
「オラン・チナ(中国人)が犬肉を食べるので、高く買ってくれるんです。
この犬、私が頂いてもいいですか?トアン、犬肉食べますか?」
「・・・いらない。持って帰っていいよ」

運転手は嬉々としてぼろきれに犬の死体を包み、トランクに放り込むと、
何事もなかったかのように私を送り届け、そしてそそくさとどこかへ車を
走らせジャカルタの闇に消えた。

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その3)

親しくなった某日系企業の重役が、一時帰国した際に日本で飼っていた
御自慢のゴールデン・レトリーバー2頭を赴任先のジャカルタに
連れてきた。
2頭は親子で、血統書つきの大変立派なものだ。

ある日彼から連絡があり、日本から持参したドッグ・フードが底をついたので、
今度の週末にデパートに買いに行くから付き合って、という。
そこで日曜日に、地元の金持ちと外国人専用の「プラザ・セナヤン」という
デパートに行き、レトリーバー用のドッグ・フードを探しにいった。

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ペット・ショップでお目当ての輸入ドッグ・フードは直ぐに見つかったが、
貼られている値札を見て、その人は考え込んでしまった。
「うーん、茂木クン、これはちょっとこのまま持って帰れないよ」
「どうしました?」
「ご覧よ、このドッグ・フードの値段。我が家で雇っている犬の世話係
の月給の2倍だよ」
「・・・ほんとだ。つまり、ドッグ・フード1袋分の金額で地元の人間が
2人雇えるという事ですね」
「そういう事になるねえ。少なくともこの値札は彼らには見せられないなあ」

その頃の円対ルピアのレートは忘れたが、現在は1円が100ルピア。
通貨価値が100倍違うという事実が、私たち外国人の置かれた立場、というか
発展途上国の凄まじいインフレ事情を改めて認識させられたものだ。

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・・・日本の犬って、幸せだな。

写真は全てイメージ。3枚目は「大連雑学事典」に掲載されている
中国・大連の狗肉(犬肉)料理店。
イスラムの国インドネシアでは、当時は屋外看板にイスラム語以外の
サインボードを掲げる事を禁止している。
最近はこの規制も緩和されたようだが。
# by Mikio_Motegi | 2010-09-19 21:13 | 東南アジア

新しい家族が増えました

我が家に新しい家族が増えた・・・といっても人間の赤ん坊ではない、
残念ながら。9月10日にやって来た柴犬の「コテツ」の事である。

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血統書付き、生後40日のオス。名前の由来は、家内が結婚前に実家で
飼っていた同じく柴犬のオス「テツ」から来ている。

実は私は小学校3年の時にお祭りの縁日で買ったハツカネズミを三日で
餓死させて以来、哺乳動物を飼ったことがない。
それ以降はマレーシアのコンドミニアム内の池から釣ってきた野生のグッピー、
ネオンテトラ、クリーニング・フィッシュ。

京都に来てからは沢ガニのカニ吉(これは4年経つが今も健在)、
ミドリガメ(カニ吉と同じ水槽に入れていたら、カニ吉にいじめられ
ストレスで死んだ)、
カブトムシ(家内が勤務していた京大医学部の教授室に迷い込んだIQの
高そうなモノ。繁殖に成功したが全て近親相姦で生まれたので山に帰した)、
金魚、嵯峨野の広沢の池で獲って来た由緒あるモロコとザリガニ
(モロコは金魚に食われ、ザリガニは脱走し行方不明)と、すべて
変温動物たちだ。

私の実家の母が茶道をやっている為、庭を荒らされたくないという理由から、
我が家に侵入して来た犬猫共を駆逐する「犬猫狩り」に明け暮れた少年時代を
過ごした私だ。だから犬猫の類を飼うのは正直言って苦手だった。

だが家内や娘たちの強い要請があり、対価として課した娘たちの学校の
成績もまずまずだったので、遂に飼うことを決心したのである。

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先代のテツは、近頃の人間だかペットだかわからないような贅沢な
飼われ方はしていなかった。エサは人間の残飯、寒くても暑くても犬小屋
住まいで家になんて上げない、大抵は敷地内に放し飼い。
我が家もそのやり方を踏襲することにしている。

古来より犬は人間のかけがいのない仲間だった。
だから昨今の浅はかな愛情をかけ、本来の野生を喪わせる飼育に、人間の
自己満足以外の何の意味があるというのだろう、というのが我が家の意見。

私が犬を飼う決断をする後押しをしてくれたのが、下の言葉である。

「子供が生まれたら子犬を飼うがいい。子犬は子供より早く成長して、
子供を守ってくれるだろう。
そして子供が成長すると良き友となる。
青年となり多感な年頃に犬は年老いて、死ぬだろう。
犬は、青年に教えるのである。死の悲しみを」

(ゴルゴ13 130巻 「黄金の犬」)
# by Mikio_Motegi | 2010-09-10 22:19 | ブレイク