晩秋の11月というのに生暖かい日が続く。読書に勤しむには、木枯らしが
吹く寒い夜、温かいストーブの傍らでページを開くというシチュエーションが
望ましい、と言ったらステレオタイプ的だろうか。
さて3年前から続けている「読書ノート」を基にしたこ時期のブログのテーマ
「読書週間」だが、今年は私の読書量が例年に比べ減っている。
理由は二つ。311震災と東電原発の放射線漏れという大災害・大事故を
目の当たりにし、フィクションを遥かに凌駕するノンフィクションに圧倒されて
しまった為。
もう一つは大流行のフェイスブックに本来読書に充てる時間の大部分を
とられた為。これに尽きる。
・・・ごたくはさておき、昨年11月から今日まで読んだ本、再読を含め
ベスト10は以下の通り (順不同):
1.アディダスVSプーマ バーバラ・スミット RHブックスプラス
2.文明の生態史観 梅棹忠夫 中公文庫
3.食通知ったかぶり 丸谷才一 中公文庫
4.生還 石原慎太郎 新潮文庫
5.花の生涯 舟橋聖一 祥伝社文庫
6.鏡子の家 三島由紀夫 新潮文庫
7.リチャード3世 シェイクスピア 岩波文庫
8.昭和天皇独白録 寺崎英成(編) 文春文庫
9.ドリアン・グレイの肖像 オスカー・ワイルド 新潮文庫
10.高熱隧道 吉村昭 新潮文庫
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以下は短い感想と、印象に残ったフレーズ。
1.スポーツ用品メーカーから巨大ブランドビジネスに発展した両社の
歴史。スポーツ界にダイナミックなポリティクスを導入した際の経緯を
たどるビジネス書でもある。
サッカーのエースナンバー「10」を巡るエピソード、ペレが
試合開始直前にわざとかがみこみスパイクの紐を直す事で、プーマの
ロゴが世界中に放映されるという演出を企てるなど、印象深いシーンの
舞台裏のエピソードの連続。
両社の今の隆盛が、実は極めて地道で泥臭い「営業」活動から
成り立っているという記述も興味深い。
「(商売の成否は)全て人間関係に尽きる」
「新興国に於いては、スポーツの勝利はどんな政治的事業より
大衆の熱気をかきたてる。政治家は自らの政治的立場を強固に
する為、優れたスポーツ選手を求め、アディダスはそれに協力した」
2.50年も前の書だが、文化、習慣、諸現象の日本と諸外国の比較は
いまだに色あせていない。
官僚機構の本質について、「責任回避、不親切、形式主義、非能率。
(インドは)長くイギリスの支配下にあり、自己の決断と努力の結果が
自らの身の上に実りとなって返ってこない社会で、誰がきびきびと
働くか?」
「日本はアジアではない。日本の社会現象は西ヨーロッパとのみ比較
可能」
「岡倉天心の『アジアはひとつ』思想が、むしろ大東亜共栄圏思想
を生んだ」
3 今年の文化勲章受章者のエッセイ。散りばめられる美文の数々に
圧倒される。
「鴨は、まだ赤いくらゐが柔らかくておいしい。緋いろのにじむ熱いやつを
卵にくぐらせて口に入れると、それはほのかに土の香りを漂わせながら、
滋養に富んだ肉の味を口蓋に、舌に、歯茎にしみこませ、やがて、もっと
ほのかに、ごく微量の灰の味を口中に残す。そのとき人間は、この鴨が
かつて踏んだ土地の精気と彼が飛び翔けた空の風の匂ひとを体内に
取り入れるのである」
こんな文章、丸谷の他に誰が書けよう?
4.末期ガンに罹った男が、仕事、家族、友人、文字通り全てを捨てて
民間療法にかける鬼気迫る姿。男が最後に勝ちえた生とは?
「抗がん剤を飲み、千に一つの奇跡を期待しながら色々の合併症の中
で苦しみ、貴重な残り数カ月の命を半年なり一年延ばすのか?」
「動物には胃痛はない。痛くなったら彼らは治るまで飲みも食べもしない。
結局それが一番」
5.「桜田門外の変」で倒れた井伊直弼の生涯。思いもかけず井伊家を
継ぎ、やがて幕府の大老職に就く直弼。折しも突然の黒船襲来に、
沸き起こる攘夷論、開国論。直弼は広い世界に目を向けるべきという
信念から開国を決断、「安政の大獄」を引き起こす。
親友にして俊才の長野主膳を腹心に、絶世の美女村山たか女を密偵に
配し、維新前夜に生き抜いた波瀾、絢爛の人生を描く。
「怒りを物にうつすは小人の常、罪なきを人を罰すると同じ」
「主戦論のほうが非戦論より景気よく聞こえる。国民の大多数は
どちらが正しいかわからないが、煽動的な好戦論に何となく無責任な
拍手を送りたがるもの」
6.商社のエリート社員、ボクサー、画家、俳優。個性的な若者達が
毎夜サロンのように集う資産家令嬢の主人公・鏡子の邸で繰り広げ
られる青春悲喜劇。三島のシニカルな人間観察がセリフとなって
胸に刺さる。
「画家たちが、自分の絵を買ってくれそうな実業家を喜ばすのに用いる
殺し文句。『あなたのお仕事のお話を伺っていると、芸術家の方法と
根本的なところで共通するものがありますね』。すると相手は
必ず喜色をたたえ膝を乗り出してくる。実業家の、芸術家に対する
コンプレックスを利用して絵を高額で売りつける常套手段だ」
7.「ハムレット」と並び、歴史的名優たちがこぞって演じたがる異形の
主人公。恐るべき残忍、知謀、豪胆を併せ持ち、妻、友、部下、
幼い皇太子を殺し、国王に上り詰めるリチャード。
重層的な人間像、心理と、コンプレックスという行動原理を描き切る。
「早咲きの花の後には短い夏。きれいな花はゆっくリと、雑草は
急いで伸びるもの」
「悪魔を演じきっている時こそ聖人に見える」
「どうして不幸は口数を多くするのだろう?喋ったところで何にも
ならないが、気持ちだけは楽になる」
8.柳田邦夫「マリコ」で名高い外交官、寺崎英成が書き取った、
終戦直後の昭和天皇のお言葉。
印象的なのは、松岡洋右や東条英機、西園寺公望への独自の辛辣な
評価。
「他人の立てた計画は常に反対し、条約など破棄しても構わない男」
(国際連盟の脱退宣言をした松岡洋右)
「・兵法の研究不足 ・余りに精神に重きをおき、科学を軽視した事
・陸海軍の不一致 ・常識ある首脳の不在、専門家ばかりで大局観が
無く、統率力に欠いた」 (敗戦の原因)
9.美貌の青年ドリアンは、彼の肖像画に否が応でも年老いて行く自分
を照らし合わせ、変わらぬ美貌を求め耽美で背徳的な生活を享受する。
ところが彼自身が罪悪を重ねるごとに、肖像画が醜く変わり果てていく
という不思議な現象が起きる。
焦燥するドリアンは遂に・・・
「善も悪も芸術家にとっては芸術の素材にすぎぬ」
「司教様は80の歳になっても18の時に教えられた事を後生大事に
繰り返す。だからいつまでもおっとりと美しい顔をしていられる」
「他人の悲劇というものは、いつもきまってひどく安っぽい」
「女が再婚するのは前の夫が嫌いだったから、男が再婚するのは前の妻
が好きだったから」
「女は素晴らしい原始本能の持ち主。男は女を解放してやった、が、女は
依然として主人を求める奴隷。支配される事が好きな動物」
「他人の過ちの重荷を我が身に背負うには、人生はあまりに短い」
10.戦前の黒部第3ダム建設途上、圧倒的な自然の猛威と、トンネル貫通
に取りつかれた男たちの執念が極限でぶつかり合う。人間は自然に
打ち克てるのかという根源的テーマに取り組んだ記録文学。
技師と人夫、エリートと非エリートとの関係を描いた章も、正鵠を得ている。
「技師と人夫。監督する者と従属する者という関係以外に、根本的に
異なる世界に住む違和感が潜んでいる。技師は生命の危険にさらされる
ことは少ないが、人夫は死が前提になっている。だが、人夫たちは技師との
間に潜んでいる矛盾に関心を持とうとしない」
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・・・昨年、もう少しビジネス書も読むべきだったと自省したにもかかわらず、
今年もいわゆるベストセラーのビジネス書は書店で手に取る事もしなかった。
よってランクインしたのは「アディダスとプーマ」のみ。
大震災を目の当たりにし、既存の価値観を大転換期しなければならない今、
ビジネス書の内容はあまりにも頼りない。
それより永い時を経て読み継がれた名作にこそ未来への指針がある、
と私は信じている。
もっともベストセラーのビジネス書を自分が追随して読んでも、あまり
リターンは得られないだろうという打算もあるが。
ただ新刊が1.と8.のみというのもつまらない。永遠のベストセラーになる
書を新刊の時点で見いだす先見性も私には必要だろう。
来年のテーマとしたいと思う。
とにかく読むべき名作はこの世に余りにも多く、私の読書量は全く
追いつかない。
写真は上から、京都生まれの日本画家 中村大三郎の「読書」
Flicker より 書店のイメージ
今年の10冊。私は電車での移動の際に本を読む事が多い。よって
殆どが文庫本
Flickerより、カルカッタの本屋